1970(昭和45年)

■日本コカ・コーラ本社社屋(東京都渋谷区)竣工

1961 年(昭和36年)に飲料製品の製造や販売に関するあらゆる規制が解かれ、市場の需要が急激に高まりました。1962年(昭和37年)には60名ほどだった社員数が、業務の拡大にともない1970 年(昭和45年)には470名へと大幅に増加。そのため同年9月には、東京都渋谷区に本社ビル(現在地)を竣工し、社員が働きやすい環境の整備に努めました。


昭和45年完成の渋谷本社ビル

 

■缶自動販売機導入

缶容器に対応した日本コカ・コーラ初の自動販売機(三洋自動販売機社製のSVM-172C)を37台設置。缶容器用の自動販売機の導入は非炭酸飲料をはじめ、多種類の製品を販売することを可能にしました。自動販売機による販売は広く受け入れられ、コカ・コーラシステムはその後、自動販売機の展開を推進していきました。

 

1972(昭和47年)

■ミュンヘンオリンピックにて、「コカ・コーラ」が公式飲料として認定を受ける

ザ コカ・コーラ カンパニー(米国本社)は、世界で最も歴史あるスポーツの祭典であるオリンピック競技大会のワールドワイドパートナー企業です。アメリカで17種の大型記念メダルを製作し、その売り上げをアメリカオリンピック委員会へ寄付しました。また、ミュンヘン大会(夏季)では最初の企業スポンサーとなり、「コカ・コーラ」は、オリンピックの公式清涼飲料となりました。

 

■札幌オリンピックに協賛

「コカ・コーラ」とオリンピックのパートナーシップは、 1928 年(大正17年)のアムステルダム大会(夏季)に始まり、1972年(昭和47年)ミュンヘン大会(夏季)からは公式清涼飲料に認定されました。札幌オリンピックでは大会期間中に飲料協力を行うだけでなく、大会開幕の1ヵ月前には北海道内の中学校に「オリンピック記念世界地図」30万枚を寄贈。それは、若い世代にオリンピックを身近に感じてもらうための試みでした。

 

1973(昭和48年)

■「HI-C」新発売、日本市場で「果汁飲料」という新しい分野を創造

1973年(昭和48年)に果汁飲料「HI-C(ハイシー)」が登場。日本向けに企画されたもので、国産のミカンと夏ミカンをミックスした、日本コカ・コーラ社製品として初の非炭酸飲料でした。果汁飲料という新しいカテゴリーを創造し、果実飲料市場の成長への牽引役にもなりました。

 

1975(昭和50年)

■「ジョージア」新発売

当時の北九州コカ・コーラによる缶入りコーヒー「ジョージア」(250g缶)の発売を皮切りに、全国のボトラー各社が順次発売を開始しました。厳選された原材料による、ほど良い味が消費者に受け、年間を通じて安定した販売ができることで急成長をもたらしました。

 

■ホット&コールドコンビネーション自動販売機導入

缶コーヒー「ジョージア」の発売をきっかけに、“ホット&コールドコンビネーション機”として、カップベンディングマシンを開発。翌年の1976年(昭和51年)8月より市場に導入を開始しました。この機種は、1年を通して安定したコカ・コーラ社製品の販売を可能にした革新的な自動販売機となりました。

 

1978(昭和53年)

■FIFAワールドカップ™オフィシャルパートナーに

ザ コカ・コーラ カンパニー(米国本社)では、1978年(昭和53年)のアルゼンチン大会以降、FIFAワールドカップ™のオフィシャルパートナーを務めています。2005年(平成17年)にはその契約を2022年の大会まで延長することで合意し、パートナーシップの歴史は44年に及ぶことになりました。これは、FIFA ワールドカップ™のオフィシャルスポンサーとして長い歴史を誇る企業の一社 となります。