コカ・コーラにまつわる話コカ・コーラとオリンピック_01

コカ・コーラとオリンピックの歴史は、1928年のアムステルダム大会にさかのぼります。
この年、米国オリンピック代表団とともに、1,000ケースのコカ・コーラが太平洋を横断し、記念すべきデビューを飾りました。
日本が初めてオリンピックの舞台となったのは、1964年の東京大会でした。
日本のコカ・コーラ社は、道路標識、ガイドマップ、観光案内、日英会話集を用意し、何万人もの外国人選手団や報道陣、観光客を温かく迎え入れました。
この対応はたいへん好評で、その後の大会でも取り入れられました。
1972年のミュンヘン大会では、ザ・コカ・コーラカンパニーが公式清涼飲料に認定されるなど、オリンピックとのつながりはさらに強まります。
そのなか、できるだけ多くの人びとに、オリンピックの感動や興奮をお届けしたいという思いから、コカ・コーラでは、観戦以外の形でもオリンピックを体感できるイベントを行っています。
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1988年カルガリー大会で登場以来、大人気なのが、「コカ・コーラ ピン・トレーディング センター」。
その昔、選手たちが友好の証としてピンを交換したことに始まるピン・トレーディング。
現在では、人びとが気軽にセンターに立ち寄り、ピン交換を通じて、言葉や文化を超えた交流を楽しんでいます。
オリンピックの幕開け、「聖火リレー」。
ザ・コカ・コーラカンパニーは、1992年バルセロナ大会から支援を開始。開催国以外からも聖火ランナーを募るなど、オリンピックを地球規模で盛り上げています。
2004年アテネ大会では、5大陸33都市をつなぐ聖火リレーを実施。
日本での開催地東京では、聖火リレーの沿道のごみを回収する「グリーンチーム」を結成。
約300人のボランティアが清掃活動を行いました。
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2005年、ザ・コカ・コーラカンパニーは、オリンピックのスポンサー契約を2020年まで延長。
そのパートナーシップは企業としては最長の92年となりました。
コカ・コーラはこれからも、世界中のオリンピックファンや選手を支援し、オリンピックがかけがえのない思い出として残るように、取り組んでいきます。

ギャラリー:オリンピック・ピンバッジ

大会ごとに趣向をこらしたピンバッジは、会場の人気者。大会マスコットや開催国の自然や文化遺産など、そのバリエーションはさまざまです。
なかでも人気は「ピン オブ ザ デー」という限定版。大会期間中、毎日1種類ずつ限定発売されるピンバッジを組み合わせると、コンツアーボトルの形になるというもの。このような限定版目当てのファンが、会場で長い列を作ることもありました。

Slide show:オリンピック・ピンバッジ