成功要因その6:製品を多様化させたこと(1960年代)

コカ・コーラ カンパニーは1960年に、米国の清涼飲料市場で3割のシェアを占めていたミニッツメイド コーポレーションを買収し、非炭酸飲料事業に乗り出しました。この買収を皮切りに製品の多様化が加速し、レモンライム味の炭酸飲料「スプライト」、会社初のダイエット飲料「TaB」、糖分フリーの柑橘系飲料「Fresca」といった新製品は米国を中心に人気を博しました。ザ コカ・コーラ カンパニーの製品は現在3,800点以上に及び、2015年だけで、600を超える新製品が発売されています。

 

成功要因その7:「ダイエット・コーク」を発売したこと(1982年)

コカ・コーラ カンパニーは1970年代後半から、低カロリーの清涼飲料を求める消費者の声に応えるべく、新製品の開発に着手しました。そして1982年に鳴り物入りで市場に投入されたのが、「ダイエット・コーク」でした。発売前にあった、「コカ・コーラ」というブランドの価値を傷つけるのではないかという懸念を一蹴するかのように、「ダイエット・コーク」は発売から1年足らずで、米国で一番人気の低カロリー飲料の座に躍り出ました。こうしてザ コカ・コーラ カンパニーは、リスクを負ってでも消費者の嗜好に合ったイノベーティブな製品を展開していく、新しい時代を切り拓いたのです。

 

成功要因その8:「ニュー・コーク」を発売したこと(1985年)

1985年、コーラ飲料のさらなる飲用者の拡大を狙ったザ コカ・コーラ カンパニーは、オリジナルの「コカ・コーラ」に代わって「ニュー・コーク」という新製品を投入しました。「コカ・コーラ」誕生99年目にして、初めてその味が変更されたのです。これは、20世紀最大の経営上の判断ミスと見なされることもある一方、当事者の意図と結果はともかく、天才的なマーケティング手法だったと評価する専門家もいます。「ニュー・コーク」に対するメディアの批判、消費者の抗議行動、苦情の手紙や電話、そしてオリジナルの「コカ・コーラ」の買い占めといったあらゆる反応は、「コカ・コーラ」と消費者の間に築かれていた心理的な絆を、図らずも証明する形となったのです。「コカ・コーラ」を元の味に戻すことを発表したドナルド・R・キーオ社長は、記者会見で「オリジナルの『コカ・コーラ』に対するみなさまの情熱は、私たちの想定をはるかに超えていました」と述べました。そして誰もが慣れ親しんだ味に戻された「コカ・コーラ」は、米国でトップの清涼飲料の座に返り咲いたのでした。

 

成功要因その9:総合飲料企業への発展を遂げたこと(1990年代後半~2000年代前半)

1990年代後半、ザ コカ・コーラ カンパニーは炭酸飲料の製造・販売を事業の中核とする企業から、清涼飲料全般を製造・販売する企業へと移行する方針を打ち出しました。1999年には米国市場の飲料水ブランド「Dasani」、2001年にはジュースのシリーズ「Simply」、06年には紅茶飲料「Gold Peak」を発売したほか、07年には「グラソー ビタミンウォーター」と「smartwater」を買収しました。ここに挙げたブランドは現在、それぞれ年間10億ドル以上の売り上げを誇り、ザ コカ・コーラ カンパニーの事業を支える主要ブランドに成長しています。

 

成功要因その10:消費者の期待に応え続けていること(現在~未来)

今日、世界中の消費者は、ワクワクするような新しい製品を求めています。そのような状況を鑑みて、ザ コカ・コーラ カンパニーは、成長著しい飲料ブランドを積極的に獲得することで、ビジネスチャンスを掴んでいます。2007年には、コカ・コーラ ノースアメリカが成長の見込めるベンチャー企業への投資やブランド強化を行う専門の部署を立ち上げました。その部署ではこれまでに、「Honest Tea」「Zico」「Suja」「Core Power」といったブランドの買収や投資を行ってきました。そして中南米や西アフリカ、中国などでも、大豆飲料や乳飲料、ジュースなどのブランドを次々に獲得しています。

製品のバリエーションが広がる一方で、オリジナルの炭酸飲料の新製品も増え続けています。ザ コカ・コーラ カンパニーの原点であり、かつ世界中の人々に最も愛されているブランドである「コカ・コーラ」も、これからますます成長し続けていくであろうことは言うまでもありません。

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