ハッドン・サンドブロムによる1959年の作品

 

いよいよ、クリスマスシーズン。クリスマスといえば「サンタクロース」ですが、「サンタクロース」と聞いて誰もが思い浮かべるのは、赤い服を着て白いひげをたくわえた、陽気なおじさんのイメージです。しかし、昔からずっとそのような風貌だったわけではありません。1931年以前に描かれたサンタクロースは、背の高いやせた男性から不気味な雰囲気の妖精まで、さまざまな姿をしていました。聖職者のローブを着ているものもあれば、北欧の狩人のような毛皮をまとっているものあり、その身なりもバラエティーに富んでいたのです。

そのような時代を経て、現代では皆さんが思い浮かべる“あの”サンタクロースが万国共通のイメージになっています。そのことに「コカ・コーラ」が関係していることを、ご存知の方も多いかもしれません。では、皆に愛されるサンタクロース像は、一体どのようにして確立していったのでしょうか? その秘密を、5つのトリビアにまとめてご紹介します。

文=コカ・コーラ ジャーニー(グローバル版)編集部

 

[トリビア1]

1920年代の「コカ・コーラ」広告に登場したサンタクロースは、陽気なおじさんではなかった。

ザ コカ・コーラ カンパニー(米国本社)は1920年代、『サタデー・イブニング・ポスト(*1)などの雑誌にクリスマスシーズンの広告を掲載するようになります。初期の広告に登場するサンタクロースは、“厳格そうな男性”として描かれていました。これが、当時では一般的なサンタのイメージだったのです。

サタデー・イブニング・ポスト』の1930年12月号に掲載された広告には、デパートの人混みの中で「コカ・コーラ」を飲むサンタクロースを描いたフレッド・マイゼン(*2)のイラストが使用されました。広告の中でサンタクロースがいる場所は、ミズーリ州セントルイスのフェイマス・バー・カンパニーというデパートにあった、世界最大のソーダファウンテン(カウンター形式の喫茶店)がモデルとなっています。

*1 『サタデー・イブニング・ポスト』:1920~60年代にかけて米国の中間所得層に広く読まれた総合誌。ノーマン・ロックウェル作品をはじめとする、魅力的なイラスト入りの表紙で知られている。
*2 フレッド・マイゼン(1888~1964):シカゴ出身の画家。米国西部の風景・風俗画を得意としたほか、「コカ・コーラ」をはじめとする大手ブランドの広告イラストを幅広く手掛けた。

 

[トリビア2]

現代のサンタクロース像の原点は、1931年の「コカ・コーラ」広告にある。

恰幅が良く優しそうなサンタクロースが描かれた1931年の広告

 

1931年に「コカ・コーラ」のクリスマスキャンペーンを担当したのは、広告代理店ダーシーの役員を務めていたアーチー・リーという人物です。彼は、リアルでありながらも、クリスマスの象徴となり得るサンタクロース像をつくり出し、キャンペーン広告に登場させたいと考えました。「サンタの衣装を着た男性ではなく、サンタクロース自身を描いてほしい」というリーの思いは、ミシガン出身のイラストレーター、ハッドン・サンドブロムに託されることとなります。

作品を制作するにあたり、サンドブロムクレメント・C・ムーアによる1822年の有名な詩「A Visit From St. Nicholas(聖ニコラウスの訪問)」を参考にしました。そして、この詩で描写されている聖ニコラウス像が、陽気で親しみやすく、恰幅の良い、人間味あふれるサンタクロースのイメージの土台となったのです(ちなみに、サンタクロースの服が赤いのは『コカ・コーラ』を象徴する色だからとよく言われますが、サンドブロムが描く前にも、赤いコートを着たサンタクロースの絵は存在していました)。

サンドブロムが描いたサンタクロースの登場する広告は、『サタデー・イブニング・ポスト』『ナショナル・ジオグラフィック』『ニューヨーカー』といった人気雑誌に掲載され、米国中の消費者が目にすることとなりました。

動画:サンタクロースの画家、ハッドン・サンドブロムの功績
(*英語のみ)

 

1931年から64年にかけての広告では、サンタクロースは家々におもちゃを届けたり、届けるはずのおもちゃで遊んだり、「コカ・コーラ」を飲みながら子どもの書いた手紙を読んだり、訪れた家の子どもたちと共に過ごしたり、はたまた冷蔵庫を物色してみたりと、人間味あふれるユーモラスな姿で消費者を楽しませました。サンドブロムが描いたサンタクロースの絵は、雑誌広告だけでなく店舗ディスプレイ、看板、ポスター、カレンダーなどのアイテムにも登場。サンタクロースの人形もつくられました。それらの多くは、現在貴重なコレクターズアイテムとなっています。

サンドブロムが最後にサンタクロースを描いたのは1964年ですが、その後数十年にわたって、「コカ・コーラ」広告にはサンドブロム作品を基にしたサンタクロースが登場し続けました。サンドブロムの手によるオリジナルのイラストは、ザ コカ・コーラ カンパニーのアーカイブ庫の中でも、最も貴重な作品群と見なされています。世界中で巡回展も開かれており、これまでに、パリのルーブル美術館、シカゴの科学産業博物館、東京の伊勢丹などで展示されてきました。現在、オリジナル作品の多くは、アトランタにあるワールド・オブ・コカ・コーラ博物館で目にすることができます。

1932年の広告に登場したサンタクロース第2作。
コカ・コーラ」に添えられているのは、「ここで一休みしてね。ジミーより」と書かれた手紙

1935年の作品。
コカ・コーラ」片手に一息つく、何とも人間味あふれるサンタクロース

サンタクロースと一緒に子どもがはじめて登場した1938年の作品

 

[トリビア3]

サンタクロースのモデルは、二人いる。

サンドブロムは最初、友人のルー・プレンティスという現役を引退した営業マンをモデルにサンタクロースを描いていました。プレンティスが亡くなった後は、自分自身をモデルにして、鏡を見ながら絵を描きました。そして最後には、自分自身の写真を参考にしながら描くようになっていきます。

コカ・コーラ」広告に登場するサンタクロースは人気者となり、サンタクロースに何か変わったことがあると、ザ コカ・コーラ カンパニーに手紙を送ってくるほど熱心なファンも出てきました。たとえばある年には、サンタクロースの大きなベルトが左右逆向きについていたことがあります(おそらく、サンドブロムが鏡を見ながら描いたためでしょう)。また、ある年には、サンタクロースがそれまでしていた結婚指輪をつけずに登場したことがあります。そのようなときには、目ざといファンから「サンタクロースに何かあったんですか?」とか、「サンタクロース夫人に何かあったんですか?」という問い合わせが届いたそうです。

モデルを巡るエピソードをもう一つご紹介しましょう。上の絵で、サンタクロースと一緒に描かれている子どもたちのモデルは、近所に住んでいた二人の女の子ですが、サンドブロムはそのうち一人を男の子として描きました。また、犬はサンドブロムの自宅近くの花屋で飼われていた灰色のプードルがモデルになっています。しかしサンドブロムは、絵の中で犬が引き立つようにあえて黒い毛並みで描いたのだそうです。

 

[トリビア4]

1942年に誕生したサンタクロースの相棒は、妖精の男の子。

1949年の広告で、サンタクロースとともに登場するスプライト・ボーイ

 

1942年、コカ・コーラ社は、「スプライト・ボーイ」と呼ばれる少年のキャラクターをサンタクロースと一緒に広告に登場させました。この少年はサンドブロムが生み出したキャラクターで、1940年代~1950年代にかけて、サンタクロースの相棒的な存在として広告に頻出しています。ちなみに、彼の名前「スプライト」は妖精を意味する言葉です(コカ・コーラ社が『スプライト』という清涼飲料を発売したのはこれより後、1960年代に入ってからのことです)。

 

[トリビア5]

2001年には、サンドブロムの描いたサンタクロースがアニメ化されている。

アニメのベースになった1963年の作品。
「『コカ・コーラ』に添えられた子どもからの手紙」という1932年のモチーフを踏襲しているが、
こちらには子どもたち自身も姿をのぞかせる

 

2001年には、1963年のサンドブロムの絵をベースにしたサンタクロースを主役に据えたアニメーションのTVCMが制作されました。TVCMの制作を担当したのは、アカデミー賞受賞歴もあるアニメーターのアレクサンドル・ペトロフです。サンドブロムの描いたサンタクロースが、時代を超えて普遍的な存在になったことを示す、象徴的な出来事だと言えるでしょう。

以上、サンタクロースと「コカ・コーラ」にまつわる5つのトリビア、いかがでしたでしょうか? これからのホリデーシーズンの話題づくりに、友人や家族とぜひシェアしてみてくださいね。