フィル・ムーニー:ピントレーディングで世界とつながる

私は主に、アトランタ市内の2ヵ所に設置された「コカ・コーラピン・トレーディング・センター」の担当をしていました。そして毎日、世界各地からやって来た人々と会い、ピンのやり取りに励んでいたんです。当時13歳だった私の息子と一緒に会場で過ごす日もありました。そのとき手に入れたピンは、今でも大切に持っています。
*ピントレーディング=その昔、オリンピック出場選手が友好の証としてピンを交換したことに始まります。現在では、オリンピックの観客が気軽にセンターに立ち寄り、ピン交換を通じて、言葉や文化を超えた交流を楽しんでいます。

私が担当した企画の一つに、「ピン・オブ・ザ・デイ」プログラムがありました。大会期間中、毎日異なる限定ピンを配布し、それらをすべて集めると「コカ・コーラ」ボトルの形になる、という特別プログラムです。これは大変な人気を博し、配布場所には毎日長蛇の列ができていました。ピントレーディングにおける唯一のルールは、ピンを売買してはいけないということです。そのように決めたのは、たとえ言葉の通じ合えない者同士であっても、ピンの交換を目的にしてコミュニケーションを図れば、交流を深めることにつながると考えたからです。私たちはピントレーディングを通じて、人種の壁や性別、年齢の違いを越えた、人々の交友を促したと言えるでしょう。

コカ・コーラ」ブランドを代表して、自分たちの地元で開催された世界的なイベントに関わることができたのは、忘れられない経験となりました。オリンピックで出会った世界中の人たちと「コカ・コーラ」談議に花を咲かせるのは本当に楽しく、ブランドの力を肌で感じましたね。

 

スーザン・ストリブリング:アートで各国の個性を発信

私が所属していたチームは、オリンピック期間中にアトランタ市内で開催された展覧会「コカ・コーラ フォークアート展」を主宰しました。「コカ・コーラ」ボトルをテーマとしたこの展覧会の狙いは、「コカ・コーラ」をモチーフにして、それぞれの国の文化や伝統を表現したアートを展示することで、スポーツの強豪国以外にもスポットライトを当てることにありました。最終的に作品は、59の国から集まりました。予想を遥かに超えた素晴らしい作品が続々と届き、送られてきた包みを開ける瞬間は、まるでクリスマスの朝のようなワクワク感を覚えていました。トリニダード・トバゴからやって来た作品は幅が4メートル近くあり、ブラジルの作品の重さは1.8トンもあったんです!

とある南米の国から来た人は、このように言っていました。
「私たちの国には傑出したオリンピック選手はいないかもしれませんが、素晴らしいアーティストはいるんですよ」

私がコカ・コーラ社に在籍する25年の間に関わったプログラムの中でも、この展覧会は最も斬新で個性的なプログラムの一つだったと思います。メダルを勝ち取ったことのない小さい国の中には、アトランタ市への作品の輸送を国家行事にしたところまであったんです。

私は「コカ・コーラ オリンピックピン・トレーディング・センター」のPRも担当しました。オリンピック期間中には無料のピントレーディング教室を開催し、参加者にピントレーディングの歴史、ピンの人気や価値が高まる理由、トレーディングのマナーなどを、ユーモアをたっぷり交えて講義しました。

フォークアートの展覧会とピントレーディング教室は大成功を収めました(上の写真の通り、当時ザ コカ・コーラ カンパニー会長兼CEOを務めていたロベルト・ゴイズエタも子供たちとピントレーディングを楽しんでいました)。それは、競技の観戦チケットを持っているいないにかかわらず、オリンピック会場を訪れた誰もがオリンピックを楽しめることを願うコカ・コーラ社の姿勢が、みなさんに支持された結果なのではないでしょうか。

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