コカ・コーラ」広告の黄金時代と言われる1970年代、
広告制作の中心にいたのは、クリエイティブ・ディレクターのビル・バッカーでした。
そのビル・バッカーが、昨年、亡くなりました。
ザ コカ・コーラ カンパニー(米国本社)の歴代製品や関連アイテムを保管する
アーカイブ庫の責任者、テッド・ライアンが、バッカーの偉大な功績と、
彼との思い出を振り返り、追悼の意を捧げます。

文=テッド・ライアンザ コカ・コーラ カンパニー ヘリテージコミュニケーション部門)

 

■傑作TVCM 「Hilltop」 を生みだした広告界の巨匠

2016年5月のある朝、受信ボックスに届いた1通のメールに記載されていたのは、とあるニュース記事のURLでした。私はすぐさまURLをクリック、リンク先の記事を読みました。そして、その瞬間、私の心は深い悲しみに覆われました。

記事は、広告会社マッキャンエリクソンのクリエイティブ・ディレクターだったビル・バッカーが亡くなったことを伝えるものでした。バッカーは、「コカ・コーラ」広告の黄金時代のことを私に教えてくれた、最後の人。その人の突然の訃報に接し、ミスター・バッカー(彼を気軽に“ビル”と呼ぶことが、私には最後までできませんでした)が長年にわたって教えてくれたことを次々に思い出し、私は改めて、彼に対して感謝の気持ちを抱くのでした。

振り返ってみると、バッカーが広告業界に残した最大の功績の一つに、ビリー・デイビス(当時、マッキャンエリクソンに所属していた音楽監督)と組んで制作した、「Hilltop」という愛称で親しまれている1971年の「コカ・コーラ」のTVCMがあります。私がこの二人に初めて会ったのは、ザ コカ・コーラ カンパニー(米国本社)のアーカイブ庫担当として、会社が保有する広告資料をアメリカ議会図書館(*)に寄贈するにあたり、この有名なTVCMの歴史を調べていたときでした。

バッカーデイビスとの対話からは、広告の修士号を大学院で取得できるほど多くのことを学ぶことができました。彼らは最終成果物としての広告の制作方法だけでなく、広告が完成するまでの過程やクリエイティブに込めた意図、広告のターゲットや戦略まで、すべてを包み隠さず教えてくれたからです。そして彼らの話は、ためになるだけでなく、思わず笑ってしまうような面白いエピソードにもあふれていました。

ちなみに、その話の一部は、1993年に初版が発行されたバッカーの著書『The Care and Feeding of Ideas(アイディアの育て方)』にも書かれていますが、これは私の座右の書であり、ボロボロになるまで読み込んでいます。

動画: 1971年のTVCM「Hilltop

 

*アメリカ議会図書館:アメリカ合衆国の国立図書館。蔵書数、予算額、職員数など図書館として世界最大の規模を誇る。書籍のみならず各種の原稿、映像や音声の記録、広告など多岐にわたる資料を収集、所蔵している。

 

■ピアノ演奏付きで語った、広告制作の裏話

私に広告制作の神髄を教えてくれた二人の師匠のうち、デイビスとは連絡が取れなくなってしまいましたが(2004年に死去)、バッカーとはその後も連絡を取り合っていました。私は、バッカーの広告業界における経験や仕事術を後世に残したいと考え、口述記録ができないかと問い合わせると、彼は快く応じてくれました。そこで私はヴァージニア州ザ・プレインズにある彼の農場を訪ね、6時間にも及ぶインタビューを実施したのです。

インタビューの中で、バッカーは1970年代の広告業界の状況や、ザ コカ・コーラ カンパニーをはじめとするクライアントとの仕事について、貴重な話を惜しみなく披露してくれました。その放映後に世界各国の消費者から、感謝を伝える大量の手紙が届くほど、「Hilltop」は爆発的な反響を呼んだそうです。これは、TVCMが放映された世界中の国々で、その普遍的なメッセージが受け入れられたことを意味しています。

特に感動的だったのは、「Hilltop」について話している最中にバッカーが立ち上がってピアノの前に移動し、TVCMで使われた曲「I'd Like to Buy the World a Coke」を演奏しながら当時の思い出を語ってくれたことです。その様子を動画に収めることができたのは、本当に幸運だったと思います。

動画:インタビューを受けるビル・バッカー(後半にピアノの演奏シーンがあります)
※英語のみ

バッカーの話の中で私が特に気に入っているのは、次のエピソードです。

あるときバッカーは、ザ コカ・コーラ カンパニーの広告部門を長年にわたって統括していたデロニー・スレッジという人物に、「コカ・コーラ」の味を文章で表現し、披露しようとしました。すると、スレッジはこう言いました。「過去にも多くのライターが表現しようとしてきたが、全員が失敗している。君も失敗するよ。……それが人類によって、いや、神によってつくられたものを含めても、これまでに誕生したすべての飲料の中で最高の味だということが分かっただけで十分だ」。その言葉を残して、スレッジは部屋を出て行ったそうです。

バッカーは自著の中でもこのエピソードに触れていたので、私はインタビューの時点でその話のオチを知っていました。でも彼自身が楽しそうに笑いながら、当時の様子を柔らかい南部訛りで語るのを聞くことができたのは、私にとって何事にも代えがたい体験でした。

バッカーの訃報に接してから、もうすぐ1年が経とうとしています。広告業界は、偉大な巨匠の一人=バッカーを喪い、ザ コカ・コーラ カンパニーは広告の黄金時代をけん引したリーダーの一人=バッカーを喪いました。そして私は、友人であり師でもあった大切な存在=バッカーを喪った悲しみを、今、改めて噛みしめているところです。