元『広告批評』編集長が、独自の視点で
コカ・コーラ社製品に関するクリエイティブを分析します。
連載第4回目は、「デザイン」を軸 としたコカ・コーラのクリエイションについて。


文=河尻亨一


「デザイン」とは、わかるようでいてすぐにはわからない難しい言葉だ。たとえば、スタイリッシュなパッケージや目立つポスターをつくったからといって、それだけで企業や製品が人びとに愛されるようになるとは限らない。長年愛されるブランドには、デザインに対しても確固たる哲学と戦略があるもので、それらを含めて初めて本当の「デザイン」になる。

 では、愛され続ける清涼飲料コカ・コーラは、どのような考え方やスタンスでデザインにアプローチしているのだろう? クリエイティブによるコミュニケーションの成果を、ブランドにどのようにフィードバックしているのだろう?

 前々からコカ・コーラ社のご担当の方に直接うかがってみたいとは思っていた。そこで今回は、同社のデザインを統括する、Hide氏こと松永秀隆さん(日本コカ・コーラ:デザインイノベーション/クリエイティブディレクター)にインタビューをさせていただくことにした。

 以下は、筆者の疑問に対するHide氏の解答である。

Hide「私たちが取り組む領域は、ロゴやポスター、映像といった視覚面のコミュニケーション分野に限りません。コカ・コーラは、味覚はもちろん、触覚や聴覚といった五感すべてに訴えるブランディングを志向しています。

 たとえば聴覚に関しても、たんにコマーシャル内で使用される音楽だけではなく、栓を開けたときの音、炭酸のバブル音などに関しても細かなガイドラインが設けられています。コマーシャルの最後に流れる5音のサウンドロゴ(5トーン)にも使い方の規定があります。

 触覚面でもっとも重要なのはボトルです。コカ・コーラに使われている「コンツァーボトル」という形状は手に馴染みやすいつくりですが、製品を手にする方々には、ボトルを持っただけでコカ・コーラだと無意識のうちに感じてもらえるデザインになっているんです。

 その意味では、デザインとは製品の周りにある環境のすべてを整えることです。言い換えれば、消費者のあらゆるエモーションとブランドとのエンゲージを図っていくことだとも言えるでしょう。

 そのようなすべてのエレメントを統合することで、人びとの記憶の深いところに残っていくブランド体験を提供する。それが、私たちのミッションです。そしてコカ・コーラ社は明確な意志のもとに、それを実行してきた企業と言えるでしょう。だからこそ127年にもわたって世界中で親しまれる製品になったのだと思います」

 このコメントから、デザインを通じたコカ・コーラのブランディングに対する基本的な考え方が読み取れる。「音ひとつにもガイドラインがある」といったエピソードからもわかるように、そのスタンスは徹底している。広告はもちろん、ユーザーとのあらゆるタッチポイントから“ブランドのメッセージ”を社会に向けて発信・定着させようとするコミュニケーション戦略なのだろう。

 そして、そのメッセージとはいうまでもなくHAPPINESSだ。Hide氏は次のように言う。

Hide「コカ・コーラには、HAPPINESS(幸福)とOPTIMISM(楽天主義)というふたつの根本的な理念があります。世界にそれを望まない人はいません。しかし、文化背景や世代などにより『何に幸福を感じるか?』という価値観は異なります。世界各国のコカ・コーラ社が、トレンド調査やマーケティングリサーチを入念に行うのは、ローカリズムや多様化する人びとのライフスタイルと価値観に敏感でありたいと考えていることが、大きな理由として挙げられるでしょう。

 私たちはサイエンスを重視しており、クリエイティブの判断も感覚のみにゆだねません。キャンペーンに関してもさまざまな指標を集めた上で実施しますし、その成果もデータ化しています。その一方で、『コカ・コーラ』という製品そのものに関してだけはリサーチを行わないんです。なぜなら、HAPPINESSを提供しライフスタイルをリードするコアのブランドとしてそれを位置づけているからです。製品ブランドは、私たちの意志なんです」

Coca-Cola ADventure―そのクリエイティブ・ストーリーに見るHAPPINESSの届け方
第4回 五感に響くブランド体験を生み出すデザイン

HAPINESSとOPTIMISMという理念が表現されたキャンペーンビジュアル。


 この連載でこれまでご紹介してきた、世界中の楽しいコカ・コーラCMやグラフィックの印象から言うと少し意外にも思えるコメントだが、Hide氏によれば、「コカ・コーラの制作物はすべてロジカルな発想に基づいてデザインされている」という。

Hide「ダイナミックリボンは、コンツアーボトルを互い違いに組み合わせることによってできるスペースの形をベースにデザインしています。ディスクロゴは、上から見た王冠をリファインした結果、いまのシンプルな形になりました。このようにコカ・コーラのデザインパーツは、ボトルからさまざまな要素を引き出してつくられています。つまりデザインのすべてに必然性があるのです。

 そのような強いロジックに基づいて発想しないと製品に対するイメージが分解してしまい、同一ブランドとして世界中に展開することが難しくなってしまいます。

 その一方で、すべてのクリエイティブをルールでがんじがらめにしているわけではないんです。コカ・コーラのデザインに対する考え方として、まず“Freedom within Framework”という大原則があります。『枠の中での自由』ということですね。

 それを基に以下に挙げる4つのデザイン目標があります。

(1) Bold Simplicity(勇敢なまでにシンプルであること)
(2) Power of Red(ブランドカラーである赤色の力が示されていること)
(3) Familiar yet Surprising(親しみやすく、かつサプライズのあるもの)
(4) Authenticity(本物であること)

 これらのルールをしっかり意識し、ガイドラインに沿っているのであれば、あとはクリエイターに自由に発想を羽ばたかせてほしい、というスタンスなんです。ロジカルなクリエイティブだけでなく、クリエイティブによるジャンプの部分もないと輝くものは生み出せませんから」

Coca-Cola ADventure―そのクリエイティブ・ストーリーに見るHAPPINESSの届け方
第4回 五感に響くブランド体験を生み出すデザイン

コカ・コーラ社製品のクリエイティブは、すべてガイドラインに沿って表現されている。


 話を聞いているうちに、コカ・コーラの考える「デザイン」は、私が思っていた以上に大きな概念なのだということがわかってきた。それは、ブランドの社会的存在をつくる機能とさえ言える。クリエイティブに対する強くしなやかな信念と、リサーチを重ねた上で計画を着実に実施しようとする意志、それが世界中で展開される数々の歴史的キャンペーンを生み出す原動力になってきたのだろう。

 そしてブランディング方法も、進化している。Hide氏がいま力を注いでいるメディアのひとつは自動販売機で、現在も「自販機AR」のプロジェクトが実施されている(スマートフォン専用アプリをダウンロードし、ピークシフト自販機にデバイスをかざすとキャラクターのポーラーベアが動きだすなど)。

Coca-Cola ADventure―そのクリエイティブ・ストーリーに見るHAPPINESSの届け方
第4回 五感に響くブランド体験を生み出すデザイン

今後のブランディングの鍵を握る自動販売機。これは、街中に設置された「体験型メディア」だ。


 言うなればこれは「かざす」というアクションを通じて、カスタマーのHAPPINESSを生み出す仕組みのデザイン(計画)だ。最新技術を用いたプロモーション施策という部分に目がいきがちだが、その背景には、今日うかがった話に重なる、ブランドの普遍のストーリーが存在している。