世界各国で親しまれているコーヒー。
ところが、私たちにとって身近なこの飲み物の歴史は
意外と知られていません。
缶コーヒー市場売上本数シェアNo.1ブランド
ジョージア」(*)を提供する
コカ・コーラ社ならではの
コーヒーに関するウンチク、歴史などを厳選してお届けします。

文=門間雄介

[トリビア1]

コーヒーの語源はワインである。

[解説]

コーヒーという名称のもとになったのはアラビア語の「カフワ」だが、カフワはもともと軽い白ワインの別名でもあった。カフワの語義は「欲望を減らす」。かつて白ワインは食欲を断つために飲まれており、コーヒーもまた食欲や眠気を払うために飲まれたことから、カフワの名で呼ばれるようになった。


[トリビア2]

コーヒーはもともと食用だった。

[解説]

コーヒーの起源には諸説あるが、その一つにエチオピアのヤギ飼いの少年がコーヒーの実を発見したというものがある。コーヒーの原産地であり、世界で初めてコーヒー栽培が行われたエチオピアでは、古くからコーヒー豆を煮て食べる習慣があった。またエチオピアの一部の部族では、子供や家畜が誕生した際、コーヒーと大麦をバターで炒める儀式が行われていた。


[トリビア3]

世界最初のコーヒー・ハウスが誕生したのはトルコのイスタンブールだ。

[解説]

1554年、オスマン・トルコ帝国の首都イスタンブールで、ハクムシャムスというシリア人がコーヒーを提供するお店を開業した。これが世界初の「コーヒー・ハウス」(喫茶店やカフェの原型)である。社交場としての性格も兼ね備え一気に普及したコーヒー・ハウスは、スレイマン2世の統治下(1566~74)には既に600もの店舗数を数えたという。


[トリビア4]

現存する最も古い喫茶店は1720年にヴェネチアで開店した『カフェ・フローリアン』である。

[解説]

コーヒーを飲みながら菓子やケーキを食べるお店という、現在の喫茶店に近いスタイルが確立されたのは、中世に都市国家として繁栄したヴェネチア。古来、砂糖貿易の中心地だったヴェネチアでは、1648年にヨーロッパ大陸初の喫茶店が生まれて以降、喫茶店でコーヒーシュガーやケーキをコーヒーのお供として提供した。現在もサン・マルコ広場に残る『カフェ・フローリアン』が創業されたのは、そんな喫茶店文化が花開いた1720年のことである。


[トリビア5]

アメリカにコーヒーが持ち込まれたのは、日本の江戸時代のこと。場所は、バージニア州である。

[解説]

『ポカホンタス』の物語で有名なイギリスの軍人、ジョン・スミスが北アメリカ大陸に入植し、現在のバージニア州を英国王ジェームズ1世にちなみジェームズタウンと命名したのは1607年のこと。その数年前、オスマン・トルコでコーヒーと出会い、その虜になっていたスミスが、この時持ち込んだコーヒーがアメリカ初のコーヒーと言われている。


[トリビア6]

アメリカ人の間でコーヒーが飲料として広まるきっかけになったのはボストン茶会事件だ。

[解説]

宗主国だったイギリスの影響で紅茶を飲む習慣が広まっていた18世紀の北アメリカ。だが植民地争奪戦で負債を抱えてしまったイギリスは、アメリカに重税を課し、茶の貿易も独占することで国家収入を増やそうとした。1773年、憤りを覚えたマサチューセッツ植民地・ボストンの住民は、港に停泊中のイギリス船を襲い、積荷の紅茶箱を海に投棄した。この有名なボストン茶会事件は、後のアメリカ独立戦争につながる重要な事件と言われるが、同時にアメリカ人が紅茶からコーヒーへと嗜好を変えることになった象徴的な事件でもあった。


[トリビア7]

アメリカン・コーヒーは和製英語である。

[解説]

アメリカン・コーヒーと言えば浅炒りで焙煎した濃度が薄めのコーヒーのこと。しかしアメリカのカフェでアメリカンと注文しても、アメリカン・コーヒーが出てくることはおそらくない。なぜならアメリカン・コーヒーは和製英語で、日本でのみ通用するメニューだからだ。エスプレッソ・コーヒーをお湯で薄めてつくるアメリカーノとは別のメニューである。


[トリビア8]

英語でブラックと言えばミルクを入れないコーヒーを指すのが一般的だ。

[解説]

日本でブラック・コーヒーと言えば、砂糖やミルクなどを入れない抽出されたままの状態のコーヒーのことだが、もともとブラックという呼称はミルクを入れない色合いから付けられたもので、英語でブラックと言えば、単にミルクを入れないコーヒー(砂糖入り)を指すのが一般的だ。


[トリビア9]

インスタント・コーヒーを発明したのは日本人化学者だ。

[解説]

1899年、日本人化学者の加藤サトリがインスタント・コーヒーを発明し、1901年にニューヨーク州・バッファローで開催されたパンアメリカン博覧会においてソリュブル・コーヒーとして発表した。ソリュブルとは「溶ける」の意味。加藤はもともと留学先のシカゴで水に溶けるインスタント緑茶の開発を行っていた。


[トリビア10]

日本の文献にコーヒーという文字が登場するのは1782年である。

[解説]

17世紀末から18世紀初頭、長崎の出島にオランダ人がコーヒーを持ち込んだのが日本におけるコーヒーの始まりである。その後、出島のオランダ商館長と幕府関係者の対話をまとめた『和蘭問答』(1724年)の中にコーヒーと思われる「唐茶」の記述が登場するが、コーヒーという文字が初めて登場したのは1782年に長崎の蘭学者・志築忠雄が著した『万国管窺』だと言われる。その中でコーヒーは「形豆の如くなれど木の実なり」と紹介された。


[トリビア11]

日本で初めてコーヒーの食レポを行ったのは江戸の文人、大田南畝である。

[解説]

狂歌三大家と言われ江戸に狂歌ブームを巻き起こした天明期(1781~89)の文人、大田南畝はやがて支配勘定にまでなった幕府の官僚だった。彼は長崎奉行だった頃にオランダ船でコーヒーを飲み、その体験記を1804年の随筆集『瓊浦又綴(けいほゆうてつ)』にまとめている。いわく、「焦げ臭くして味ふるに堪ず」とのこと。彼の口には合わなかったようだ。


[トリビア12]

日本初の喫茶店『可否茶館』が東京・上野にオープンしたのは1888年である。

[解説]

1888年に明治時代の実業家、鄭永慶が東京・下谷(現在の台東区上野)に創業した『可否茶館』が日本初の本格的な喫茶店と言われる。鄭永慶は、江戸時代の長崎に置かれていた長崎唐通事(中国語の通訳)を代々務めた鄭家の出身で、エール大学に留学するなど、進取の気性に富む人物だった。「廃ハクハ仏蘭西芸文珈琲館ニ擬セン」と、フランスのカフェのような文人の集まる社交場を目指すも可否茶館は4年後に閉店した。


[トリビア13]

イギリスの世界的な保険会社「ロイズ」の起源はコーヒー・ハウスである。

[解説]

17世紀半ばから18世紀にかけてイギリスには数千を超えるコーヒー・ハウスが誕生したが、コーヒー・ハウスは単にコーヒーを楽しむだけでなく、新聞を読んだりさまざまな情報を交換する拠点でもあった。その点に目をつけたエドワード・ロイドは、1696年、自らが営む旅行者や船乗り相手のコーヒー・ハウス「ロイズ・コーヒー・ハウス」で、顧客サービスの一環として保険が必要な船舶をリストアップした「ロイズ・ニューズ」を刊行した。これが世界的な保険会社ロイズの起源である。


[トリビア14]

世界最大のコーヒー消費国はアメリカである。

[解説]

国際コーヒー機関(ICO)の調べによると、コーヒーの国別消費量で上位5カ国にランキングされるのは、5位フランス(5,789,000袋)、4位日本(7,131,000袋)、3位ドイツ(8,830,000袋)、2位ブラジル(20,178,000袋)、1位アメリカ(22,238,000袋)である(2013年8月時点/1袋=60kg)。


[トリビア15]

一人あたりコーヒー消費量世界一はルクセンブルクである。

[解説]

同じく国際コーヒー機関(ICO)の調べによると、世界の一人当たりコーヒー消費量で上位5カ国にランキングされるのは、5位デンマーク(8.60kg)、4位ノルウェー(8.70kg)、3位オーストリア(9.00kg)、2位フィンランド(12.00kg)、1位ルクセンブルク(24.40kg)である(2013年10月時点)。ルクセンブルクでは一人当たり1日に約6.7杯のコーヒーを飲む計算になり、他の国と比べて突出した数字になるが、これはルクセンブルクの税率が近隣諸国と比べて低いため、国外からやって来てコーヒーを購入する人も多いためと見られる。


[トリビア16]

日本人一人あたりのコーヒー年間消費量は約336杯である。

[解説]

日本の一人当たりコーヒー消費量は3.36kgである(国際コーヒー機関調べ/2013年10月時点)。コーヒー1杯を豆10gとして計算すれば、日本人は1年間で約336杯のコーヒーを飲んでいる計算になる。1日当たり約0.92杯という数字だが、これはあなたの消費量と比べて多い? 少ない?


[トリビア17]

女人禁制のコーヒー・ハウスが存在した。

[解説]

オスマン・トルコで誕生し、その後ヨーロッパ大陸に広がったコーヒー・ハウスだが、18世紀頃まではもっぱら男性だけが訪れることのできる女人禁制の場であった。しかも当時の男性たちは一度コーヒー・ハウスを訪れると、そこに長居してなかなか家へ戻らない。そのことに反発したイギリスの女性たちは1674年に『コーヒーに反対する女性の請願』というパンフレットを作成し、コーヒーが市民に与える害を訴えた。18世紀に入ってから女性も入れるティー・ガーデンがイギリスに出現し、女性の支持を背景にやがて紅茶が人気を得ていったのは、そのような理由もある。