文=テッド・ライアン

 

■一筋縄ではいかない自称“天才”

コカ・コーラ」の130年を超える歴史は、壮大なビジョンを掲げた指導者、恐れを知らない改革者、批判をものともしない異端者、臆面もない冗談好きなど、さまざまな個性を持った人々によって紡がれてきました。その中には、誰もが天才と認める人物も一定数います。

ザ コカ・コーラ カンパニー(米国本社)で働いてきた人物の中で私が最も敬愛するデロニー・スレッジも、そんな天才の一人でした。彼のオフィスには、「静かに。天才が仕事中」というサインが掲げられていたほどです。

……とはいっても、実際のスレッジは、自分自身が目立つことを徹底的に避ける、謙虚な人物として知られていました。このようなひねりの効いたユーモアは、20世紀後半の「コカ・コーラ」の広告戦略を描いた彼の多面的な魅力を示すエピソードだと言えるでしょう。

 

■異色のキャリアを経てコカ・コーラ社へ

1900年にジョージア州アセンズで生まれたスレッジは、いくつかの職業を経て1933年にザ コカ・コーラ カンパニーに入社。1965年に退職するまでの30年強のキャリアのうち、20年近くにわたって、ザ コカ・コーラ カンパニーの広告担当バイスプレジデントを務めました。

読書家でスピーチ上手、古典文学に造詣が深く、シェイクスピアと演劇の大ファンだったスレッジは、機敏な行動力と深遠な思想を持ち合わせた人物でした。最初に入学した大学はジョージア大学でしたが、1年後にはジョージア工科大学に移籍し、二つの学位を取得しています。卒業後はカリフォルニアのヨセミテ国立公園でパークレンジャー(*国立公園で自然環境の保護をする人)の仕事をし、その後複数の企業で営業マンとして働きました。転機が訪れたのは、フレックスルーム・サザンという看板メーカーに勤めていたときのこと。ザ コカ・コーラ カンパニーがスレッジの才能を見抜き、自社の広告部門に引き抜いたのです。

デロニー・スレッジ

 

スレッジは入社後わずか7年で、広告部門のトップに昇進。第二次世界大戦の兵役によるキャリアの中断はあったものの、1946年に復帰し、1952年にはバイスプレジデント、1959年には広告担当ディレクターの座に上り詰めます。

 

■広告とは、製品を売り込むことではない

そもそも、スレッジはなぜ、ザ コカ・コーラ カンパニーでそれほど躍進することができたのでしょうか?

私は彼の手掛けた広告や書いた文章に目を通し、その秘密は、彼の「製品」と「ブランド」に対する独自の考え方にあると思うに至りました。そのような考え方の由来を理解するために、20世紀前半の「コカ・コーラ」の広告戦略を率いていたロバート・ウッドラフ社長と、広告代理店ダーシー・アドバタイジングアーチー・リーの功績を振り返ってみましょう。

1923年以降、ウッドラフリーは「The Pause that Refreshes」(さわやかな憩いのひととき)などのスローガンや、ノーマン・ロックウェルのような人気画家を起用したビジュアルによって、消費者に強烈な印象を残す広告を次々に打ち出しました。1931年に画家ハッドン・サンドブロムに依頼して描かせたサンタクロースの絵が、現在に至るまでサンタクロースのイメージとして定着しているのは、その顕著な例と言えます。二人の下で、ザ コカ・コーラ カンパニーは米国で最も影響力のある広告主としての立場を確立していったのです。

二人の仕事を引き継いだスレッジは、「広告の本質は製品を売れるようにすることではなく、『他人に自分を好きになってもらう』ことと同じである」というウッドラフの思想を受け継ぎ、自身が広告部門の責任者になると、すぐさまそれを実行し始めました。

 

■「コカ・コーラ」の広告はどうあるべきか

1956年、スレッジは自らの考えを『The Philosophy of Coca-Cola Advertising』(『「コカ・コーラ」広告の哲学』)という文書にまとめました。これは、スレッジの「コカ・コーラ」という製品への愛情と、過去の広告担当者から受け継いだ仕事への愛情が反映された、8章からなる規範的な手引書でした。スレッジウッドラフの哲学を引き継ぐ形で、「すべての広告は、人々の心の中に『コカ・コーラ』に対する好意的な気持ちをいかにつくり出すか、という問いに対する合理的な説明であるべきだ」と記述しています。これは、ブランドがいかにファンを獲得し維持していくかを考えるうえで、重要な示唆に富んだ言葉ではないでしょうか。

スレッジの才能と哲学を理解するためのいちばんの方法は、彼自身の言葉や逸話に触れることだと思います。ザ コカ・コーラ カンパニーのアーカイブ庫に保管された、スレッジによる記述や発言内容をまとめたファイルから、彼らしさがよく表れた言葉やエピソードをご紹介しましょう。

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