■傑出したブランドであり続けるために

ピカデリーサーカスに設置中の「コカ・コーラ」広告看板

 

1959年、当時「コカ・コーラ」の輸出事業を手掛けていたエクスポート カンパニーのポール・オースティン社長が、ロンドンのピカデリーサーカスに設置されていた「コカ・コーラ」広告看板に関する助言を得るべく、スレッジに手紙を書きました。巨大な広告看板は維持費がかさんでおり、その費用対効果に疑問を抱いたオースティンは、スレッジの意見を求めたのです。

このときのスレッジの返事は、オリジナルの手紙ごと、何世代にもわたってザ コカ・コーラ カンパニー内で受け継がれてきました。少し長くなりますが、イメージを掴みやすいように一部を以下に引用します。

ポール

私が意見を伝え終わるまでに、あなたは私の「哲学」談議にすっかり飽きてしまうかもしれませんが、いただいた質問は単純に「イエス」か「ノー」で答えることができるものではありません。それでも、私はなるべく簡潔に考えを述べようと思います。もしも、言葉足らずで初歩的なことを述べているように感じられたなら、ご容赦いただけると幸いです。

ありきたりの人物とは、ありきたりの方法でありきたりのことをする人のことであり、傑出した人物とは、傑出した方法で傑出したことをする人のことである、というのは完全に妥当な考え方だと思います。もし「コカ・コーラ」をお客様に提供する私たちが、ありきたりのことをありきたりの方法でやるだけで満足するならば、「コカ・コーラ」がありきたりの製品と見なされても仕方ないでしょう。一方、傑出した方法で傑出したことをやろうと決心したならば、私たちは安心して、消費者の意識の中に傑出した製品のイメージをつくり出せると確信できます。米国で何十年も前に、「コカ・コーラ」は後者の道を選びました。私は「コカ・コーラ」が今日有している特別なイメージと高い評価(激しい市場競争の中でもそれは維持されています)は、この選択の結果得られたものであると信じています。

高い評価を得るための王道はありません。それは狭く、険しく、コストのかかる道であり、結果がすぐ目に見える形で現れるわけでもありません。人はその一生をかけて、自身の個性を形成していきます。製品の個性も同じくらいゆっくりと形成されますが、いったん形成された個性は解消するのにも同じくらい長い時間がかかるわけですから、難攻不落と言えるような立ち位置を獲得し、維持するためには、それだけのコストをかける意味があるのです。

まだ具体的に考えを述べられていないようなので、もう一度やってみます。いかなる仮説を検証しても、ピカデリーサーカスのネオンサインを撤去するという解には至りません。これまで世界中で築かれてきた「コカ・コーラ」ブランドの価値を、このネオンサインがさらに比類なきものへと高めていると、私は確信しています……これこそ、競合他社が容易には太刀打ちできない、われわれの強さの証といえるでしょう。当然コストはかかりますが、それだけの価値はあるのです。

 

言うまでもなく、オースティンはピカデリーサーカスの広告看板を維持する道を選びました。そしてそれは、大幅なリニューアルを経てなお、現在も同じ場所に掲げられています。上の文章は、3枚に及んだ手紙のほんの一部ですが、「ブランドとは単なる製品を超えたものである」というスレッジの哲学が伝わってくる好例ではないでしょうか。

 

■「コカ・コーラ」の味を言葉で表現できるか?

1971年のTVCM「Hilltop」の制作で知られる、広告会社マッキャンエリクソンのクリエイティブ・ディレクターだったビル・バッカーは、スレッジが史上最も優れた広告マンの一人であり、ブランドの本質を理解し、行動を起こす意志を備えていたと証言しています。バッカーは自著の中で、スレッジの前で「コカ・コーラ」の味を表現しようとしたときのことを振り返り、次のように記述しています。

コカ・コーラ」ブランドを担当したことのあるすべての広告担当者と同様、私も「コカ・コーラ」の味を言葉で表現することで、自分の腕を試してみたいと考えた。デロニー(・スレッジ)がそのような文章を依頼してきたわけではなかった。私は自分でその文章を書き、取締役会の終了後、空になった役員室で彼と二人きりで対面し、それを披露する機会を得た。私が読み終えると、まるで永遠のように思えるくらい長い時間、彼は黙りこんでいた。そして、ついに沈黙を破って、こう言った。「ウィリアム・フォークナー(*ノーベル文学賞受賞の米国人作家。代表作に『響きと怒り』など)もこの製品を言葉で表現しようと試みました。ジェームズ・ディッキー(*ジョージア州アトランタ生まれの作家。代表作に『救い出される』など)もです。あなたの同業者たちも、長年にわたってこれに挑戦してきました。しかし、私はそれが可能だとは思っていません。そのような言葉が存在するとは思っていないのです。私にとっては、それが人類によってこれまでに誕生したすべての飲料の中で最高の味だということが分かっただけで十分です……」。そう言い終わるころには、デロニーは立ち上がって役員室のドアの横に立っていた。「……いや、神によってつくられたものを含めても、ね」。スレッジはそう言うと部屋を出て、会議は終わった。

 

■天才の引き際

スレッジは、引退の際も自分らしさを貫きました。65歳の誕生日が近づいたころ、スレッジは退職祝いの意味合いを帯びそうな行事を徹底的に避けたのみならず、引退する予定であることを自分の上司以外には秘密にしていました。

スレッジの65歳の誕生日に、マッキャンエリクソンはお祝いのメッセージに代えてアトランタ上空に飛行機を旋回させました。それから間もないある日のこと。スレッジは1日中働いた後、オフィスに残っているのが自分だけであることを確認すると、「静かに。天才が仕事中」と書かれたいつものサインを外し、「静かに。天才はお払い箱になりました」と書き換えました。

そして、彼がオフィスに足を踏み入れることは二度となかったのです。

 

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