グローバルカンパニーであるコカ・コーラ社が、
日本と南アフリカ共和国(以下、南アフリカ/南ア)の社員交換制度を立ち上げました。
目的は、次世代のグローバルリーダーを育てること。
日本から南アへ、南アから日本へ、2人の社員が旅立ちました。
文化も働き方も違う異国のコカ・コーラ社で2人が得たものとは何か?
日本コカ・コーラCoca-Cola Japan Company)の高木正子さんと、
南アフリカコカ・コーラCoca-Cola South Africa)のRamona Sewlalさんに聞きました。

文=小山田裕哉
写真=村上悦子

 

■1人の女性の意思を、未来につなげたい!

2015年秋に始まったコカ・コーラ社の社員交換制度「Shelley De Villiers Memorial Talent Development Program」は、日本と南アフリカの友好の架け橋になるべく奮闘した、1人の女性の思いを未来につなげるために企画されたプロジェクトである。

“1人の女性”とは、南アフリカ出身のShelley De Villiersさん。働き盛りの年齢で亡くなった彼女は、日本コカ・コーラで「コカ・コーラ」ブランドの統括責任者として働き、国籍も人種も異なる多くの社員から慕われていた。日本コカ・コーラShelleyさんの部下だった高木正子さんが、こう振り返る。

Shelleyはいつもパワフルで明るく、パッションをもって意欲的に仕事に取り組み、たくさん笑う、周囲の人をハッピーにする人でした。日本と南アフリカのどちらの国も愛し、コカ・コーラ社での仕事を通じて、互いの国の友好の架け橋になろうとしていたのです。今回のプロジェクトは、そんな彼女のようなグローバルリーダーを育てるために始まりました」

Shellyさんに会ったことはありませんが、彼女の話を聞くと、人生を精一杯生きることの大切さに気づかされます」とRamonaさんは話している。

高木正子たかぎ・まさこ)さん / 2004年、日本コカ・コーラ入社。非炭酸の清涼飲料のマーケティング担当を経て、現在は「コカ・コーラ」のマーケティングと製品開発を担当する

 

社員交換の期間は半年。やりたいことがあれば、所属部署も年齢も問わない。全世界のコカ・コーラ社でも初めての試みだったが、日本でも南アフリカでも、この機会をキャリアアップのチャンスと捉えた多くの社員の立候補があった。

そして、社長面談も含む厳しい審査を経て選ばれたのが、日本コカ・コーラ高木正子さんと、南アフリカコカ・コーラRamona Sewlalさんだった。社員交換に手を挙げた理由について、2人はこう話す。

「日本コカ・コーラでは製品開発やマーケティングに携わってきましたが、『コカ・コーラ』のブランドチーム(*『コカ・コーラ』の販売戦略やコミュニケーション戦略など、ブランドに関する全てを統括するセクション)に所属するようになって、よりグローバルな視点で市場を考えることの重要性を感じていました。しかし、自分は海外に住んだこともなく、日本以外の市場についての知識もなければ人脈もない。そんなときに、今回のプロジェクトが立ち上げられた。これは海外の市場を自分の目で見て、異文化を肌で感じる絶好の機会だと思ったんです」(高木さん)

「南アフリカではフランチャイズ部門(*ボトラー社の窓口として、コカ・コーラ社のビジョンと戦略を基にボトラー社にとって実行可能な計画を立て、販売数量や利益などの主な目標値を達成できるようにする部署)に配属されています。私の場合は、ナイジェリアで過ごした3年で視野が大きく広がりました。社員交換制度による配属で異文化に身を投じることになると分かっていましたが、今回は仕事です。自分が海外勤務に伴う変化にどう対応していけるのかを見極めるチャンスでした。コカ・コーラ社のグローバルな全体像を把握し、日本コカ・コーラの独自の取り組みを自分の目で見ることができれば、私も南アフリカコカ・コーラの発展により貢献できるようになります」(Ramonaさん)

Ramona Sewlalらもーな・せうらる)さん / 南アフリカのボトラー社でアカウントマネージャーを担当した後、2013年から南アフリカコカ・コーラに入社。現在はボトラー社向けのオペレーション・マーケティング・マネジャーを担当する

 

■南アの人々が底抜けに優しい理由

最初に異国へ旅立ったのは高木さんだった。2015年12月から半年間、彼女は、南アフリカのヨハネスブルグで暮らした。今でこそ南アフリカを「心のふるさと」と語っている彼女だが、実際に訪れる前は、南アフリカで暮らすことに対して不安も沢山あったと言う。

「南アフリカについて学校の授業やニュースで知っていたのは、アパルトヘイト(人種隔離政策)やHIVといった社会問題ばかりでしたし、友人からも『日本の女性には危険な街だから、気をつけたほうがいい』と忠告されました。『海外に住んだ経験もない自分が、英語もそこそこに仕事をするなんて、本当に大丈夫だろうか……』と心配になったものです。でも、いざ南アフリカコカ・コーラで働いてみると、そんな心配はあっという間になくなりました」

安全に暮らすための知識や行動、気をつけるべきエリアなどを教えてもらい、実際に生活を始めてみると、たくさんの新しい発見がある、素敵な世界が目の前に広がった。そして何より、南アフリカコカ・コーラの同僚たちが一様に明るくフレンドリーに迎えてくれたことが、高木さんの心配を杞憂(きゆう)にした。

実は南アフリカは11の公用語がある多文化国家だ。それぞれ違う言語と文化を持つ人たちが、互いの文化を尊重しながら暮らしている。それは、南アフリカコカ・コーラの社内でも同じだった。

「どうしてこの人たちは、こんなに寛容なんだろう?」

同僚のフレンドリーさに感銘を受ける一方で、なぜ、ここまで見ず知らずの日本人に優しくできるのか。それを不思議に思った高木さんだったが、アパルトヘイト撤廃のために闘ったネルソン・マンデラの言葉に、答えを見つけた。

「マンデラは『過去に起こったことを恨んで立ち止まるのではなく、これからはみんなで力を合わせて、社会を良くしていくのだ』と語っています。実際、南アフリカの人々はすごく前向きだし、違いがあることを当然のこととして受け止めている。仕事中も積極的に意見を言い合い、ユーモアたっぷりに話し、大声でよく笑う。文化の違いだとびっくりしたのが、全社員ミーティングの最後に歌が流れ出したら、みんなで立ち上がり歌い、踊りだすこと。上司と部下の垣根も感じないし、『みんなで南アフリカコカ・コーラだ』というファミリーのような感覚がありました」

南アフリカのマーケティンググループの集合写真。
みんな明るく、いつも他人のことを気遣い、情熱的に仕事をする

同僚Motsの祖母訪問で出会った、近所の子どもたち。
みんなとっても人懐っこい

 

常に違いを受け入れオープンな南アフリカの人々と触れあう中で、高木さん自身も周りに合わせようとするのではなく、自分の心をそのまま開いて、積極的に違いを楽しめばよいと感じるようになった。そこで高木さんは、日本でも趣味にしていた「釣り」の腕前を活かすことにした。

「実は、南アフリカには世界有数のマグロの漁場があるんです。でも、現地の人は生魚を食べる習慣がないので、自分で釣ったマグロを寿司にしてみんなに振る舞いたいと思いました。結局、マグロは釣れなかったんですけど(笑)。代わりに、毎回釣れる鯛を漬け丼にして鍋ごと持ち込み、オフィスのカフェテリアでスタッフまで含めてみんなに食べてもらいました。『鍋を持ち込んだ人は初めてだよ!』と驚かれましたけど、みんな喜んでくれましたね」

それだけではない。南アフリカらしさも受け入れようとした。11時間かけて全ての髪にエクステンションをつけ、現地の人々と同じ髪型にしたのだ。ズールー族(*南アフリカからジンバブエ南部にかけて居住するアフリカの民族)の結婚式に招待されたときには、伝統的な民族衣装を着て参加し、同じものを食べ、一緒に祝いのダンスを踊った。

ズールー族の友達の娘たちと一緒に、結婚式をお祝い

 

「異文化の中で暮らし、仕事をするためには、受け入れてくれるのを待っているだけでは十分じゃない。こちらから心を開いて、違いを楽しみながら相手の良い所を吸収する必要があります。そうやってお互いが進化していくことで、私にも、受け入れてくれているみんなにも、意味がある半年にしたい。半年という限られた期間の中でできるだけのことをしてみよう、と思ったのです。見た目を変えたことで、結婚式でも子どもたちが向こうから話しかけてくれたり、周囲の反応はかなり変わりました。本当の意味で仲間になれた気がしましたね。新しい環境に飛び込んで、自分の心を開いてみると、想像したこともないハッピーが起こるということを学びました」

 

次のページ>> Ramonaさんが驚いた、日本の市場環境とは?

「1」 「2」 次のページ≫