1970年、日本コカ・コーラは東京都渋谷区渋谷に本社拠点を構えました。
以来、渋谷の街は日本コカ・コーラにとって、
いちばん身近で特別な場所であり続けています。
一方、そんな渋谷(渋谷区)を世界に誇る『成熟した国際都市』にすべく
官民一体の街づくりにも積極姿勢を示すのが、若きリーダー・長谷部健 渋谷区長。
渋谷区の行政サービスを担う責任者として、
長谷部さんは渋谷区をどのようにしていこうと考えているのか。
また、渋谷区を拠点にする民間企業として日本コカ・コーラができることはどのようなことなのか。
幅広くお話をうかがってきました。

文=庄司里紗
写真=前康輔

 

■文化は、いつも渋谷の街角から生まれてきた

──渋谷で生まれ育った長谷部さんにとって、長年渋谷に拠点を置く日本コカ・コーラはとても身近な企業だったそうですね。実際、区長になる前から「浅からぬ縁」があったと聞いています。

長谷部 もともと日本コカ・コーラさんには、私が立ち上げたNPO法人グリーンバードの活動を支援いただいていたんです。グリーンバードはポイ捨て防止キャンペーンや街の清掃活動を行っている団体なのですが、そんな私たちの活動に注目しお声がけいただきました。当初は単発のキャンペーンでのコラボレーションのお話でしたが、実際に清掃活動に参加してくれたマーケティング担当の方(当時)が「この活動は、一過性のもので終わらせてはいけないよね」と言ってくださって。それ以来オフィシャル・スポンサーとして継続的な支援をいただいています。

──区長になってからも、昨年7月の日本コカ・コーラ新社屋のレセプションに登壇されたり、昨年末の渋谷区の公式カウントダウンイベント『“YOU MAKE SHIBUYA” COUNTDOWN 2016-2017』(*1)でも協働したりするなど、良好な関係が続いていますね。

長谷部 カウントダウンイベントは区としては初めての試みで、準備段階ではいろいろと難しい部分もあったんですが、ぜひ実現したいという思いがありました。結果的には、官民が一体となって、誰もが楽しめる安全・安心なイベントになったと思っています。

──まさに、渋谷が掲げる「エンタテインメントシティ」としての強みを最大限に活かした取り組みでした。

長谷部 渋谷の最大の強みは、街角やストリートから醸成されてきた文化にあると思っているんです。僕は渋谷区の原宿で生まれ、ずっとこの街が発信するカルチャーにもまれながら育ってきました。竹の子族(*2)ブームに始まり、DCブランド(*3)ブームや渋カジ(*4)ブーム、音楽シーンを席巻した渋谷系(*5)ムーブメントもありました。20世紀末には渋谷にITスタートアップが集積し、ビットバレー(*6)という言葉も生まれましたよね。要するに、時代を牽引するムーブメントの多くが、この渋谷の街角から生まれたものだったんです。

──たしかに、渋谷は常に文化や流行の発信地というイメージがありますね。

長谷部 渋谷には、新しい人を柔軟にどんどん受け入れたり、区民が新しいものごとに挑戦していくことにも寛容な「文化的な土壌」があると感じています。つまり、人々の想像力を刺激し、時代を動かす文化を生む、クリエイティブなエコシステムがあるんですね。それは何百年にもわたる歴史や伝統を誇る京都市や鎌倉市とは違った魅力です。2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて世界中の目が東京に注がれる今、これから街づくりをしていく上で、渋谷ならではの強みを理解し、積極的に発信していくことは非常に重要です。

長谷部健 渋谷区長とコカ・コーラ社とで考える。 「渋谷の未来」

長谷部区長は大手広告会社出身。
まるで民間企業のプロジェクトをプロデュースするかのように
渋谷区のさまざまな課題解決のための
プロジェクトをさらりと起ちあげてしまう

 

■「未来の渋谷のあるべき姿」とは

──長谷部さんが目指す「未来の渋谷のあるべき姿」とは、どのようなものなのでしょうか。

長谷部 一言でいえば「成熟した国際都市」ですね。グローバル化が進み、アジアの各都市がそれぞれ存在感を高める中では、東京も今以上に国際競争力を意識しなければならない。もちろん、東京を代表するエリアである渋谷も例外ではありません。今、渋谷では大小さまざまな都市の再開発プロジェクトが進行中ですが、そのようなハード面での街づくりだけでは、マーケットの大きさや税制など、ソフト面で上をいく上海やシンガポールには勝てない。だから僕は街づくりのもう一つの文脈として、「渋谷のアジアのクリエイティブ・センター化」を標榜しているんです。

──ビジネスや金融ではなく、文化やクリエイティビティで勝負しよう、と。

長谷部 たとえば、僕らが若い頃、最先端のクリエイティブを学びたいと思ったら、行く先はニューヨークやロンドン、パリでしたよね? 渋谷もそれらの都市と同様に、アジアのクリエイティブな若者たちが憧れ、自然と集まってくるような街にしたいんです。多様な人々が集まり、さまざまな価値観が交差する場所でこそ、持続的なイノベーションが育まれると思うので。

──長谷部さんは、区の基本理念にも「ダイバーシティ(多様性)」を強く打ち出していますね。

長谷部 いわゆるマイノリティとされるLGBT、障がいのある人たち、外国人などが当たり前に区民と混ざり合い、違いを認め合いながら共に暮らせること。それは成熟した国際都市であるためには欠かせないことです。事実、先ほど例にあげた都市を始め、人々を惹きつけてやまない海外の都市は、どこもみな「ダイバーシティ=多文化共生」を実現しています。

 

■「民」のアイディア×「官」のサポート=イノベーション

──そんな渋谷の街づくりにおいて、民間企業が貢献できるとしたら、どのような部分でしょうか?

長谷部 行政の力だけでは対処できない問題は、それこそ山ほどあります。ですから、企業には資金的な援助だけでなく、独自の強みを活かした提案をどんどん仕掛けていただきたい。たとえば、ダイバーシティを実現するといっても、体の不自由な人でも歩きやすくするために街中の段差をなくしたり、LGBTに対して条例を整備したりするだけでは不十分です。なぜなら、これは、マジョリティの意識の変化が問われている問題ですから。とはいえ、行政がいくら「(多様性を受け入れるように)意識を変えましょう」と広報しても、人々の心にはなかなか届かない。そのようなとき、たとえばですが、日本コカ・コーラさんが「ダイバーシティを応援する」などとうたったキャンペーンを、飲料を通じて展開してくれたらどうなるか。みんな、関心を持ってくれるかもしれない。

──民間企業の製品やサービスの力で、人々の意識を変えるきっかけになったり、地域の課題解決につながる可能性があるわけですね。

長谷部 その通りです。企業には、日々ビジネスで培ったノウハウや知見がある。それらを行政サービスに結びつけることが、イノベーションを創造することへのきっかけになると思うんですよね。僕はこの街で育って、さまざまなカルチャーが自然発生的に生まれるのを間近で見てきました。それらは、行政が主導してつくったものではない。いつだって「民」のアイディアが、社会を変革するムーブメントをつくってきたんです。だから行政は、あくまでサポート役でいい。「民」のプレイヤーが活躍できる場や仕組みを用意することが、僕たちの役割だと思うんです。

長谷部健 渋谷区長とコカ・コーラ社とで考える。 「渋谷の未来」

渋谷区の人口は、22万人強(2017年3月21日現在)で23区中18位。
歳入総額は、21位(2015年度決算より)。
人口面で見ても経済面で見ても「小さい区」であるが、
こと認知度になると、23区ナンバーワンと言っても違和感がない。
これからは「認知度=渋谷ブランド」を活かした取り組みが必要になる

──なるほど。その結果、渋谷の街がさらに暮らしやすく、魅力ある街になるのであれば、 区民にとってこれほどありがたいことはないですね。

長谷部 もちろん、企業にとってもメリットはあります。僕は渋谷区を「全国的に知名度の高い街」と自負しているので(笑)、企業が渋谷区でCSR(企業の社会的責任)活動に取り組むことは企業価値の向上につながると考えています。そこで渋谷区は、企業がもっと行政との地域貢献活動をスムーズに行えるようにするため、「シブヤ・ソーシャル・アクション・パートナー協定」(包括連携協定)という取り組みをはじめています。

──地域貢献を実践するためのフレームワークをつくったことで、行政と企業との連携が強まり、具体的な取り組みが加速しそうですね。すでに実現しているプロジェクトはありますか?

長谷部 そうですね、まだ実用化されたものは限られていますが、たとえばLINEアプリを活用した子育て情報の提供などは、今年の2月からすでに運用が始まっています。開発段階のものでは、セコムさんと取り組んでいる高齢者の見守りサービスや、京王電鉄さんキユーピーさんと取り組んでいる「渋谷区こどもテーブル」(こども食堂)(*7)への支援計画などがあります。また、パートナー企業を中心に、渋谷区内の企業・行政・NPOなどから30名を集め、街の未来を考える「渋谷をつなげる30人」というプロジェクトも実施しています。現状、教育や防災、健康増進、観光支援、環境保全など、あらゆるセクターで民の力が求められているのです。

──日本コカ・コーラは、昨年末の年越しカウントダウンイベントに協力させていただきましたが、渋谷の未来を創造していくために、他にはどのような分野で協働ができそうか、長谷部さんのアイディアをお聞かせいただけますか。

長谷部 まず、国際的なネットワークを持つグローバル企業という強みを活かして、外国人の方々に向けたサービスの開発などが考えられます。また、日本コカ・コーラさんは「サステナビリティ」をビジネス戦略のコアに掲げていますよね。水資源管理や環境保全への取り組みも有名です。そのように考えると、「渋谷区こどもテーブル」を利用した子どもたちへの環境教育といった取り組みも可能かもしれません。

──大変勉強になります。渋谷の街の一員として、今後さまざまな形で街の未来をともに考えていけたら嬉しいです。

長谷部 街づくりは1年や2年でできるものではなく、長い時間をかけて取り組むものです。だからこそ、1度限りのコラボレーションでは終わってほしくない。日本コカ・コーラさんがグリーンバードの活動を長く支援してくださっているように、企業とのパートナーシップは継続することにこそ意味があると思うんです。そんな末永い関係を、これからもたくさんの企業と育んでいきたいですね。

*1 『“YOU MAKE SHIBUYA” COUNTDOWN 2016-2017』:2016年に策定した「渋谷区基本構想」の普及・啓発を図る “YOU MAKE SHIBUYA”キャンペーンの一環として開催されたカウントダウンイベント。大晦日の22時からスクランブル交差点を中心とする一帯の交通を規制。カップルやファミリー、外国人観光客など約6万7,000人の人々が集まって共に年越しを楽しんだ。日本コカ・コーラは特別協賛として渋谷109前にフォトブースを設置。撮影者には「コカ・コーラ」の限定ボトルのプレゼント配布なども行なった。
*2 竹の子族:独特の派手な衣装を身にまとい、ラジカセで流すディスコサウンドにあわせて、渋谷区原宿の歩行者天国を中心とした野外でステップダンスを踊る若者の総称。1980年代前半にブームを迎えた。
*3 DCブランド:DCとは、デザイナーズ&キャラクターズの略で、1980年代に日本国内でブームとなった衣服メーカーブランドの総称。代表的なブランドに『COMME des GARCONS』『BIGI』『NICOLE』など。
*4 渋カジ:「渋谷カジュアル」の略で、1980年代後半~1990年代に流行した若者のファッションスタイルのこと。個性的なDCブランドに相反し、ポロシャツ、ローファー、ジーンズといったシンプルなものであった。
*5 渋谷系:渋谷を発信地として1990年代に流行したJ—POPの1ジャンル。代表的なアーティストにはフリッパーズ・ギター、オリジナル・ラヴ、ピチカート・ファイヴ、カヒミ・カリィなど。
*6 ビットバレー:1990年代後半のITバブル期に、IT系ベンチャー企業が集中していた渋谷エリアを指した呼称。渋谷の地名から、渋い(Bitter)と谷(Valley)をかけて「Bit Valley」と命名された。Googleアマゾンジャパンもかつては渋谷に本社を置いていた。
*7 渋谷区こどもテーブル:「地域でこどもを育てる」をテーマに、食事を共有できる場の提供や、ワークショップの開催などにより、あらゆる世代の交流を通してこどもたちを地域で支える事業。

長谷部健 渋谷区長とコカ・コーラ社とで考える。 「渋谷の未来」

はせべ・けん / 1972年、渋谷区生まれ。博報堂に入社後、さまざまな企業広告を担当する。博報堂退職後の2003年、ゴミ問題に関するNPO法人green birdグリーンバード)を設立。原宿・表参道を皮切りに、全国60ヵ所以上に及ぶゴミのポイ捨て対策プロモーションを展開し、注目を集める。同年、渋谷区議に初当選。3期連続トップ当選を果たした後、15年より渋谷区長を務める。