■『アメリカン・グラフィティ』

泉麻人が語る!日米の名作映画と「コカ・コーラ」で振り返る“懐かし”のあの風景

1886円(税別/Blu-ray)/1429円(税別/DVD)
発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント
(C)1973 Universal Studios. All Rights Reserved.
<ストーリー>
スケートを履いたウェイトレスが、「コカ・コーラ」やフードを運んで行き来する。そんな、1960年代のアメリカを代表するような光景が繰り広げられるドライブイン「メルズ」は、車を手にしたばかりの青年たちで賑わっていた。

明日には町を出て、都会の大学へと進学する予定のカートリチャード・ドレイファス)とスティーブロン・ハワード)もその一人。ただ、スティーブは都会での生活に憧れを抱くものの、恋人を町に残すことに悩んでいる。一方、カートは大人の期待を一身に受け、奨学金を手にするほどの優等生だが、内心ではこの町に残ろうと決めていた。

やがて、仲間のテリーチャールズ・マーティン・スミス)や走り屋ジョン・ミルナーポール・ル・マット)も姿を現し、4人そろって同じ町で過ごす最後の夜が過ぎていく。その中で彼らは高校生活を締めくくるにふさわしい、新たな出会いと別れを経験するのだった。

泉麻人さんの思い出~
コカ・コーラ」グッズを集めた青春時代

『アメリカン・グラフィティ』が公開された1970年代中頃、若者たちの間ではアメカジ(編集部注:アメリカンカジュアル)が流行り始めた。上野のアメ横でメイドインUSAのジーンズを探したり、スニーカーを履いてみたり。映画がヒットしたのもあると思うけど、1950年代風のアメリカンな店ができたのも、ちょうどこの頃かなぁ。原宿に「シンガポールナイト」と「キングコング」、新宿にも「クリームソーダ」という店(編集部注:1950年代のロックンロールをテーマにしたカジュアルウェアなどを扱うショップ)があったっけ。映画に出てきたチェリーコークとか、矢沢永吉が歌っていたウイスキーコーク(編集部注:「コカ・コーラ」のウィスキー割)なんかはたぶん、そこで初めて飲んだ気がする。

泉麻人が語る!日米の名作映画と「コカ・コーラ」で振り返る“懐かし”のあの風景

『アメリカン・グラフィティ』について、「もう今までに何回も見ていますよ」(泉さん
だから僕もこの映画を見に行ったのは、舞台になった1960年代のアメリカのオールドファッションを見たいというのがきっかけ。本物のリーバイスとか、その時代の501なんかに興味があったんだよね。当時まだアメリカの軍人ばかりが歩いていた横須賀のどぶ板通りに行って、日本には無い色のコーデュロイなんかを買っていたし。でも、実際に見てみたらストーリーがすごく好きになって、もう今までに何回も見ていますよ。映画に影響を受けて、大学の文化祭でも「メルズ」をマネたような模擬店をやったっけ。

ファッションの小道具として、アンティークな「コカ・コーラ」のグッズも人気だったかな。ちょっと部屋にアメリカンな小物を置くのがオシャレだったわけ。東銀座に海外モノ中心のアンティークショップがあって、当時大学生だった僕にはとても手が出ないような値段で売られていたなぁ。それで、僕が集めるようになったのがクラシックなボトル(編集部注:“コンツアーボトル”の名で知られる『コカ・コーラ』ボトル)。当時はガラスのボトルの「コカ・コーラ」が主流で、それらの中に、古いボトルが混ざっていたんです。それが珍しいからとコレクションすることが大学の仲間内でも流行っていたんだよね。田舎なんかに行くたびに、ガラス製の「コカ・コーラ」のボトルを探して回っていたのをよく覚えているなぁ。

当時はアメリカ文化への憧れみたいなものを、多くの若者が持っている時代だった。その流れで、大学の卒業旅行も迷わずアメリカの西海岸に行きました。

<作品情報>
[監督・脚本]ジョージ・ルーカス
[製作]フランシス・フォード・コッポラ
[共同製作]ゲーリー・カーツ
[共同脚本]グロリア・カッツウィラード・ヒュイック
[視覚コンサルタント]ハスケル・ウェクスラー
[キャスト]リチャード・ドレイファスロン・ハワードポール・ル・マットチャールズ・マーティン・スミスキャンディ・クラークマッケンジー・ウィリアムスシンディ・ウィリアムスウルフマン・ジャックハリソン・フォードほか

●プロフィール
泉麻人いずみ・あさと)/1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストに。東京や昭和に関する著作多数。近著に『大東京23区散歩』(講談社)、『昭和マンガ少年』(復刊ドットコム)、『昭和40年代ファン手帳』(中公新書ラクレ)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)などがある。