世界のトップアスリートから夢を持って努力することの大切さを学ぶプログラム、
アクエリアス 未来への夢 はじめよう。」プロジェクト。
同プログラムでリーダーを務めるのは、北島康介さんです。
なぜ、北島さんは子どもたちに対して、
「夢を持つこと」や「目標を持って努力すること」の大切さ、
「チャレンジし続けることの大切さ」を伝え続けているのか。
その胸のうちと、北島さん自身の夢を叶えるまでのプロセスについて、うかがいました。

文=細江克弥
写真=渡邊龍平

自分より速いヤツがいる。それが楽しかった

 1982年9月22日、北島康介は東京都・荒川区の下町、西日暮里に生まれた。
 水泳を本格的に始めるきっかけは、5歳の頃に通い始めたスイミングスクール。しかし「友だちと一緒にいたい」という単純な動機で始めた水泳で「真剣勝負」を繰り返すうちに、天性の負けず嫌いに火がついた。「自分より速いヤツに勝ちたい」、「どうすればもっと速く泳げるんだろう」。探究心を掻き立てられながら、北島少年は水泳の魅力にどっぷりとハマっていく。
──初めて水泳教室に行った時のこと、今でも鮮明に覚えていますか?
北島 うーん、何となくですね。幼稚園の同級生と一緒に行ったんですけど、それ以前から両親にプールに連れて行ってもらうことが多くて、もともと好きだったということもありました。お台場にある「船の科学館」にプールがあったの、知ってます? あそこによく連れて行ってもらっていて、すごく楽しかったんですよ。だから「泳いでみたい」と思ったんでしょうね。
──初めて水泳教室に通い始めた頃は、水に対する恐怖心のようなものはなかったんですね。
北島 もう慣れちゃっていたと思いますよ。僕が通っていた東京スイミングセンター(東京SC)には、きちんと選手を育てるコースがありました。だから毎日通うような子も多くて、僕自身もその雰囲気に少しずつ飲まれていったんです。泳ぐための基礎技術を知って、進級して、自分の記録をどんどん更新していくというサイクルの中で、泳ぐレベルの階段を上がる楽しさを覚えてしまったんでしょうね。
スペシャルインタビュー
北島康介
「だから僕は、子どもたちに夢を語る」

──水泳を習い始めると、水が怖くなってしまうような経験をすることがあります。北島さんも、一度や二度はそういう経験があったのではないかと思うのですが。
北島 ありました。水を飲んでしまうとか、海で波に巻かれるとか。でも、不思議と泳ぐことが嫌いになることはなかったかな。
──それは、どうしてでしょう? 選手コースともなるとかなり厳しい指導もされていたと思うのですが。
北島 単純に、怖さより楽しさのほうが強かったんだと思いますよ。水泳は個人競技だけど、一緒にやる友だちや同級生の輪が、自分の学校以外のところでどんどん広がっていきますよね。都大会に出れば都内の子たち、関東大会に出れば関東の子たち、全国大会に出れば全国の子たちと競争して、それを通じて輪が広がっていくことがすごく楽しかった。もちろん、練習自体がそれほど好きなタイプではなかったですけど。
──それは少し意外です。
北島 僕らの時代の練習は質より量。そこをグッと我慢するのはつらかったけど、そういうものだと受け入れることはできました。水泳って、普通はある程度泳げるようになったら辞める子が多いですよね。なぜなら、ものすごく苦しいから。でも、僕の場合は小学生の頃から全国大会に出場するようになって、それがきっかけで水泳の魅力にハマってしまったんです。自分より速いヤツがいる。自分より強いヤツがいる。それが分かって、「どうやったら勝てるか」を考えながら練習していたことを覚えています。
──小学生にして、すでに競技者のメンタリティーを持っていたんですね。
北島 そんなに大袈裟なものじゃないですけどね。ただ、自分より速いヤツに勝ちたかったし、どうやったら速く泳げるのかを考えるのが楽しかった。それが努力するためのモチベーションになったのかな。