■これから始まる第二の人生。楽しみでしようがない

──2000年 シドニーオリンピックから2012年 ロンドンオリンピックまで、オリンピックには4度出場しました。

北島 オリンピックに対する思いは、毎回違いました。シドニー大会*1は出場することが目標で、その後の3大会はどれも金メダルを目指しましたけど、それぞれに感じていたことは違います。5回目を目指した今回に関しては、正直に言えば、本大会に出場できたとしても世界と“勝負”するのは難しい状況でした。だから、出場権を勝ち取ることで、これまでお世話になった人たちに少しでも恩返しできればいいなと思っていたところがあって……。つまり、そういう“甘さ”が導いた結果なんです。それは、自分でも分かっていました。

──自分自身と向き合い続けてきた競技生活だったと思うのですが、その中で知った自分自身の“弱さ”はありますか?

北島 弱さ……。なんだろう……。たぶん、“適当”なところかな(笑)。何でもフィーリングでやっちゃうところがあって、「もうちょっと繊細にやればいいんじゃないの?」と自分で思えるところもある。決められたことに対して、それとは違うことをやりたがるんですよ。

──なんとなく、想像できます(笑)。

北島 そういう部分をうまくコントロールしてくれていたのが、平井コーチでした。僕は、「明日になれば大丈夫」と考える。平井コーチは、「でもこの瞬間こそが大事なんだ」と言う。そうやってバランスを取ってもらったことが、僕にとってはすごく大きかった。ずっと気を張り続けることは、僕にはできません。ただ、それは自分の良い部分でもあったという気もするんです。

──そういう性格だったからこそ、“本番に強い北島康介”が生まれたのでは?

北島 自分ではよく分からないけど、言われてみるとそういうところもあるかもしれないですね。熱くなったり、興奮したりすることって、人生でそう何度もあるわけじゃない。勝負の瞬間に自分でピントを合わせられるということは、ある意味では特殊技能と言えるのかもしれません。

──水に入った瞬間に“変身する”という感覚はありました?

北島 いや、水の中でも外でも、僕の場合は変わらないと思います。変わるつもりもなかった。練習では「早くプールから出たいな」とか「朝早いなあ」とか、そんなことばかり考えてましたよ(笑)。ただ、最近は「朝5時に起きなきゃ!」ということもなくなったので、やっぱり、すごく楽ですよね。

──これから迎える新たなステージ、楽しみですか?

北島 もともと楽しみにしていたんですよ。現役を引退してから、自分がどういう生活を送るのかということに対して。水泳以外のことにも興味を持っているし、知らなきゃいけないことも増えていくけど、それが楽しみ。そこに「怖い」という感情はありません。



■「コカ・コーラ」とともに歩んでいきたい

──今年6月には、日本コカ・コーラの「コカ・コーラ・チーフ・オリンピック担当・オフィサー」に就任されました。夏のキャンペーンではラベルに「世界でいちばんの○○」と書かれたゴールドボトルが登場しましたが、その中に「プライド」という言葉がありました。北島さんにとって、「プライド」とは?

北島 プライドって、他人がつくり上げるものだと思うんです。たとえば、「金メダリストの北島康介はこうじゃなきゃいけない」というイメージがあって、それが、その人にとってのプライドになってしまうことがある。でも、僕自身が変わらなければそんなプライドを持つ必要はない。今の僕が持っているのは、プライドというより覚悟かな。今までつくってきた自分を、これからも背負っていくという覚悟。

──同じく、ラベルに記されている「男泣き」とは?

北島 キャリアの後半ほど、よく泣きましたね。でも、涙を流せるって、すごく幸せなことだと思うんです。最初は強がって涙を流さないようにしていたけど、感情を素直に出せるということは、それだけ水泳を愛していたということだと思うから。

──最後のレース直後のインタビュー、あのときの男泣きがとても印象的でした。

北島 あのときは本当に、自分が泣くタイミングが分からなくなっちゃうくらい、周りの人たちが涙を流してくれていたのでね(笑)。ああいうのって、本当に、すごく幸せなことですよね。

──最後に、これまでも、これからもともに歩んでいく「コカ・コーラ」に対してメッセージをお願いします。

北島 11年前からサポートしていただいて、“水泳選手・北島康介”を本当に力強く支えてもらいました。「オリンピックと言えば『コカ・コーラ』」というブランドで、その看板を背負わせてもらったことが、プロ選手になってから一番の喜びでしたし、「『コカ・コーラ』に恥じない泳ぎを」と思いながらいつも水の中に入っていたんです。現役を引退してからも新しい役割を与えていただいて、またオリンピックにかかわらせてもらえるということが、本当に幸せ。僕はオリンピックと「コカ・コーラ」に成長させてもらったようなものなので、これからも、大事なパートナーとしてともに歩んでいけたらいいなと思います。

 

 インタビューの途中、北島は「特にキャリアの後半は、最後まで目標を落とさずにやれたことに対して『よくやったな』と褒めてあげたい」と口にし、笑いながらこう続けた。
「年齢を重ねるほど、褒めてもらわないと続けられない。自分で自分を納得させるポイント、自分で自分を褒めるポイントをつくってあげないと、次のステップには進めなかった」
 誰の目にも完全無欠に映ったトップアスリートは、しかしその内面では、自分自身を高め続け、高めた自分を維持するために精神と肉体をすり減らしていた。気持ちよく、清々しく水から出た今だからこそ、冗談交じりに素の自分を明かすことができる。

 さあ、いよいよ“第2の人生”のスタートだ。

 スーツを着た北島は、日本コカ・コーラとの新しい取り組みや、現役時代に設立した会社の業務で忙しい日々を過ごす傍ら、“水泳人”としては自身の泳ぎをデータ化して次世代に残す取り組みに協力するほか、水泳教室の運営を通じて子どもたちに泳ぐことの喜びを伝えている。
 これから先の自分がどんな自分になるのか、その変化が待ち遠しくて、始まったばかりのセカンドキャリアが「楽しみで仕方ない」。水から出て、陸を歩き始めた北島康介の進化は続く。


きたじま・こうすけ / 5歳から水泳を始める。2000年 シドニーオリンピックに出場、100m平泳ぎで4位入賞。翌年の世界選手権では200m平泳ぎで銅メダルを獲得し、02年パンパシフィック水泳(*2)では100m平泳ぎで金メダルを獲得。直後のアジア大会(*3)で、日本水泳界30年ぶりとなる世界新記録を200m平泳ぎで樹立し、大会MVPも獲得した。03年7月の世界選手権で100m・200m平泳ぎと2種目を制覇し、日本人初の金メダル、2度目の世界新記録樹立の快挙を成し遂げた。2004年 アテネオリンピック及び2008年 北京オリンピック100m・200m平泳ぎで二大会連続金メダルを獲得した。16年4月、惜しまれながらも現役引退。6月には、「コカ・コーラ・チーフ・オリピック担当・オフィサー(Coca-Cola Chief Olympic Games Officer)」に就任。

 

*1 シドニー大会: 2000年 シドニーオリンピック
*2 パンパシフィック水泳: 2002年 パンパシフィック水泳選手権
*3 アジア大会: 2002年 アジア競技大会

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