今年の夏こそ日常から離れた「刺激的な恋」をしてみたい────
女性だったら、一度はそんな願いを心に秘めたことがあるはず。
まっ、現実的に、
願望だけで「非日常な恋」が実現することはありませんが、
妄想世界だったら、いつでも、どこでも、
誰とだって自由に「恋愛」が可能!
というわけで、作家のLiLyさんに、想像力の限りを尽くして
女性が憧れるゴージャスな「妄想夏休み」を描いていただきました。
コカ・コーラを飲んだその瞬間から始まっためくるめく世界。
さあ、皆さんも一緒に「妄想世界」へとトリップしましょう。

文=LiLy
イラスト=大橋美由紀


  ネイビーと白の、ストライプ柄のビーチタオル。を、敷いたプールサイドのデッキチェア。の、上に深く腰掛ける、目が覚めるような黄色のビキニを着た私。
 できれば誰かに“引き”で、この図を撮ってもらいたい。が、ひとりなのだから仕方ない。目の前で立てた両膝をくっつけたり離したりしてみながら、胸元で構えたiPhoneの画面越しに、太ももが最も細く見えるポージングを探っている。
 ツクツクボーッ、ツクツクボーッ、ツクツクボーッ。
 突然聞こえてきた蝉の声にイラッときたのは、自分の脚が太いから、に他ならない。下から突き出た二本の太ももが、インスタの正方形フレーム内にキリッとクールにハマらない。なんとも言えぬ苛立ちを抱えていると、
 ツクツクッ/ツクツクボーッ/ボーッ/ツクツクボーッ!!
 に、二匹いるのかよ、ツクツクボウシ。お、思わず、私は苦笑した。
 気を取り直し、すぐ真後ろの木に止まっていると思われる蝉の大合唱を浴びながら、ビーチバッグをたぐり寄せる。中から海外のゴシップ雑誌とコカ・コーラを取り出して、PETボトルを太ももにゴロンとのせた。あまりの冷たさに思わず声がでた。けど、うん。ラベルの赤と「Coca-Cola」の白いロゴは、やはり夏っぽくてサマになる。右手でかまえているiPhoneのアングルは死守したまま、もう片方の太ももの上に雑誌を開いて左手でせっせとレイアウト。“今まさに読んでいる風”に左手を雑誌に添えてみたら、おぉ。脚の太さが完全にカバーされた上に、ゴールドでジェルネイルされた爪も入って、イイ感じ!
 やっとキマったベストな構図がブレぬよう、iPhoneから親指のみをそっと浮かして、シャッターボタンをワンタップ。淡い光で全体のトーンが明るくなるフィルターを選び、『ガラガラのプールで時にはひとりで #夏満喫』とヒトコト添えて、インスタに写真をアップした。
 うんうん、いいね! 悪くない。早速タイムラインに浮かび上がった自分のポストを眺めていると、「仕事の都合上常に平日休みで友達と予定が合わないが故に仕方なくひとりで過ごしている休日」が、とてもオトナっぽくて素敵なものに思えてくる。
 すぐに「いいね!」が1件ついた。親友の、メグミから。仕事中にま~たSNSチェックしてるよ~、なんて心の中でメグミに突っ込みを入れながらもニヤけてしまう。ひとりでいても、こうやって友達と繋がっているのを感じる瞬間、心の隙間が満たされる。
 ふぅ。すっかり満たされた気持ちで、iPhoneをチェアの上に置いた。頭に乗せていたサングラスを目の高さにおろし、太ももの上でゴシップ誌をパラパラとめくる。
 うわ、やっぱり、かっわいい! 
 今、私とメグミが最も注目しているヤングセレブの私服特集のページで指が止まる。ペラッとしたオーバーサイズのTシャツにデニムのホットパンツ、足元はゴツいエンジニアブーツ。たったそれだけのシンプルコーデなのに、もし私が同じものを身につけたって何処からも出てきやしない、この眩しいオーラがたまらない。
 いや、オーラというよりもこれは、どこまでも細長い脚かもしれん。華奢なのにデカイ胸かもしれん。生まれつきのブロンドヘアと、私の手の平サイズの顔かもしれん。
 心の中でブツブツ言いながら、コカ・コーラの赤いキャップをひねると、シュワッと炭酸が抜ける音がした。液体を、乾いた喉に一気に流し込む。中でプチプチと泡が弾ける感触と共に、痺れるくらいの爽快感が体の中にツルンと滑り落ちる。
 プハーッ。息を吐き出しながらPETボトルを持つ手を下ろしたら、ふと視界に入ったiPhoneに目が釘付けになった。「いいね!」の通知で、トップ画面が埋まっている。いや、次々に通知が入って画面がどんどん流れてゆく。思わずサングラスで髪をかきあげた。iPhoneを手に取り、驚愕した。
 さっきあげたばかりの写真に、5561件の「いいね!」と189件のコメントがついている。インスタグラムがエラー起こしているのかもしれないと思い、自分のトップ画面を開いたら、腰を抜かした。38人だったはずのフォロワーが、2.8mになっている!
 「m」ってなんだ!? ミリオンか?! どんなに人気がある日本の著名人でも、いって数百kくらい。確か10kで1万人。2.8mってもしや、280万人か!?
 こうしている間にも途切れることなく「いいね!」がつきまくる。『あなたこそが世界一の美女』、『心の底から愛してる』、『今すぐにお前を抱きたい』・・・・・・など、男女両方からとみられる賞賛コメントも同時に止まらない。これはなにかの間違いだと頭では理解しながらも、頬が思いっ切りニヤけてゆくのが自分で分かる。コメントを追う目が止まらない。『ゴールドのネイルが最高にセクシー』、『ストライプのタオルのブランドを教えてください』、『どこのプール? 今すぐにそこに駆けつける』など、これらは明らかに私の写真に向けたコメントなのだ。
 あれ? ハングル語のような文字が読めない、と思って初めて、自分が英語のコメントをスラスラと読んでいることに気がついた。
 って、え?! これ、私のiPhoneじゃない! なにこの、バカみたいにデカい、シリコンでできたパフェ型のiPhoneケース!?
 さすがに気味が悪くなって、思わず手から放り出した。ただ、このパフェ型のケースはどこかで見た覚えがある。そう思った瞬間、ついさっき見ていた私服写真の中で、セレブが手に持っていたのがこれだと思い当たる。チェアの下に転がっていた飲みかけのコカ・コーラをギュッと胸に抱えて、深呼吸。その隣に落ちていたゴシップ誌を拾い上げ、さっきのページを必死に探す。
 「もぉ。あなたってば、世界一の、自分好き!」
 映画の字幕吹き替え版のような独特の喋り方で、女の声が私に言った。顔をあげ、失神しそうになった。スーパーグラマラスなビキニ姿で私に近づいてくるのは、最近グラミー賞を総なめにしたR&Bシンガーだ。
「あなたってクレージーよ」と言ってから、ディーバは続ける。
「パパラッチに撮られた自分の写真を、わざわざ雑誌を買ってまでして見るなんて、敵に貢献しているようなものじゃない。正気の沙汰じゃない!」
 眉間に皺を寄せてキッと私を見つめる、ディーバの吸い込まれそうな瞳からゆっくりと目線を離し、自分の体に向けてみる。
 どこまでも長細い、美脚。華奢なのにデカイ、美胸。まさかと思って肩にあたっている毛先を掴むと、今まで触れたこともないほど細くてこしのない髪の感触がして、色はやっぱりブロンドだった。
 どうやら私、ゴシップ誌で見ていた憧れのセレブに、乗り移ってしまったようだ。座っていた白いプラスチックのデッキチェアも、いつの間にか、ラタンで編まれたハイセンスなものに変わっている。目の前にあったはずの、25メートルの区民プールは消え、代わりに楕円のかたちをした虹色に光るジャグジーが足の先に見える。その奥には、“滝”付きの壮大なスイミングプールがあり、キラキラと光る水色の水面が、視界いっぱいに広がっている。
 聞こえているのは、底からブクブクと空気を送り出しているジャグジーの音と、遠方にあるウソみたいに巨大な、滝の音。ツクツクボウシの声なんて、どこにもしない。
 ここは、たぶんアメリカ、ハリウッド。
 隣で「オーマイグッドネス!」と叫びながらゴシップ誌を隣から覗き込んでくる、世界的なディーバは“あたしの”親友。
 “あたしたち”は今、高級ホテルにでもいるのだろうか。いや、でも他に人がいない。それに、ホテルのプールにしたら規模がデカすぎる。もしかしたら、アミューズメントパークを貸し切りにしているのかもしれん。まったく分からん。私は350円で入れる区民プールを利用している一般市民だ。想像すら追いつかん。
 ん? 急に黙り込んだディーバを不思議に思って見上げると、いつの間か私のゴシップ誌を両手で掴み、その腕をブルブルと振るわせながら立ち尽くしていた。
 「こんなのって、最低だわ・・・・・・」
 ディーバの声に私も立ち上がり、彼女が見ている雑誌を覗き込む。ディーバが、長年の恋人であるギャングスタラッパーとビーチでキスをしている写真が載っている。うっとりするほど絵になるショットだが、その真横には、ディーバのお尻から太ももにかけてのクロースアップが、キス写真の二倍の大きさで掲載されていた。
 「地獄に堕ちやがれ」と雑誌を静かに罵るディーバの横で、ページタイトルを確認したら、オーマイガッ! 夏の名物企画『セレブのセルライト特集』だった。いつもはおもしろがって見ていたけど、確かに本人たちからしたらたまったもんじゃない。でもでもでも、
 「あなたがとびっきりゴージャスなことに変わりはないわ」
 思わず言ったら、私の声ではない声が出て、ディーバにもフツウに通じたようだった。これは英語なのか日本語なのか。何故、字幕吹き替え版みたいな喋り方になるのか。すべてが不思議だ。おもしろすぎる。
 クッと笑いをこらえていたら、ヘリコプターの音が聞こえてきた。ディーバがグイッと、私の腕を掴んで小声で言う。
 「パパラッチよ。早く中に入りましょう?」
 マジか。ヘリまで飛んで来るものなのか! その事実にびっくりして開いた口を、“また奴らがきたのね”風に、私は見立てる。
「あなたの家の敷地内にいても、安心できない。こんなのって、どうかしてると思わない?」
 マジだ。どうやらここは、“あたしんち”のプールだったらしい。
「まったく、クレイジーだわ」
 両手を肩の高さに挙げ、やれやれ、という仕草で私は答える。せっかくなので、憧れのセレブに私はなりきる。
 さっきの写真がよっぽどショックだったのか、ディーバはもの凄い早さで腰にビーチタオルを巻き付けてから、私に背を向け歩き出す。ゴールドのジュエリーがジャラジャラついた華奢な腕を、一歩後ろにいる私に向けてまっすぐ伸ばす。私たちのあいだに転がっている、コカ・コーラの赤いラベルが目に入る。私は急いでPETボトルを拾い上げて胸に抱え、腕を前に伸ばしてディーバの手をギュッと繋いだ。
 プロペラがまわる音が、徐々に大きくなってゆく。ヘリがどんどん、近づいてくる。私たちは逃げるように足を速め、プールサイドを後にした。
(つづく)