コカ・コーラを飲んだその瞬間から始まった夢か現か判然としない「リッチで豪華な夏休み」。
いつのまにかハリウッドセレブへと変貌していた主人公の目の前には
憧れていた世界が現実のものとして立ち現れてきます。
そして、ついには“世界で一番カッコいい”ハリウッドスターとのロマンスが・・・・・・。
ジェットコースターのような疾走感とあっと驚く結末。
作家のLiLyさんが描く「妄想世界」小説の後編です。
前編はこちら
文=LiLy
イラスト=大橋美由紀 

 “あたしんち”は、現代の女の子が夢見るお城、そのものだった。“お城”という言葉がミスマッチに思えるほどにモダンでハイセンスなのだけど、その巨大さがやはり、城級なのだ。余計なものを置かないシンプルな空間でありながら、白に限りなく近い淡いピンクを基調としているからか、暖かみもある。すぐに真似できそうでできないこの絶妙なセンスは、彼女のファッションにも通じている。
 あぁ、どうしよう。家をみて更に、大ファンになっちゃった!
 すべての部屋のインテリアをチェックしたくてたまらない。が、ディーバに不審に思われるような行動は避けている。ここはあくまで“あたしんち”。
 今、私は、群馬県にあるうちの実家(一軒家)よりも広いクローゼットの中に、ディーバといる。ここはまるで、最先端のセレクトショップ。ありとあらゆるデザイナーズクローズが、アイテム別に分けられて並んでいる。壁に作り付けされたゴールドのラックが、ズラ―ッと遠くの方まで続いている。すべての服をみようとしたら、丸一日は軽くかかる。
 「あぁ、もぅっ、嫌になるっ!」
 さっきからずっとiPhoneをいじっているディーバは、ビキニ姿のまま、豹柄のカウチの上に脚を投げ出して寝転んでいる。ダイナマイトな胸の谷間に、ギターのようなヒップライン。セクシーすぎて直視できない。

 「まだ着ていく服も決めていないっていうのに、彼ったら急かすようなことばかり言ってくるのよ」

 なんと、あのギャングスタラッパーと今まさにメールをしているところなのか。恋人なのだから当然だけど、別世界の中にいることを改めて実感した。頭が、クラクラしてきたところに、視界の奥の方に金色に光るドアを見つけた。入ってきたドアとは別の、クローゼットの中にあるそのゴールデンドアを開けた瞬間、泡を吹いて倒れそうになった。

 「お洒落な人は服より靴」とは、まさにこのこと。靴専用のその部屋は、ついさっきまで私が唯一のクローゼットだと思っていた洋服用の部屋の、約二倍の広さがあった。

 これは、サン・ローラン。あ、シャーロット・オリンピア。セルジオ・ロッシの隣は、ニナ・リッチ。心の底から驚いた。こちらの部屋は、アイテムごとではなく、デザイナーごとに専用の棚がつくられている。各、100足は、軽くある。セレクトショップみたいだなんて思った私が、バカだった。ここは、まるでミュージアム。

 セレブ、ナメてた! 半端じゃなかった、すみません!

 頭の中で呪文のように繰り返しながら、私はなにかに取り付かれたかのように試着を始めた。服の部屋と靴の部屋を往復しながら、目に留まったものをすべて身につけてみた。そして、自分の姿を鏡に映すたびに、キャーッ! と黄色い歓声をあげたくなった。

 服や靴よりも凄いのは、この美貌なのだった。何を着てみても、ズバ抜けて似合う! すべてがキマる! こんな快感、生まれて初めて! たまらない! 

 「そんなに熱心に服を選ぶなんて、珍しいわね」

 ディーバに言われて、ハッと我に返る。興奮しすぎて、セレブらしからぬ行動をとってしまった。怪しまれたのではないかと焦っていると、

 「そうとう、気に入っているのね、彼のこと」

 ディーバが、優しい目をして私に言った。

 か、彼って、誰?! しばらくつき合っていた石油王の御曹司と破局したニュースなら、数日前にチェック済み。既に新しい恋人がいるんだとしたら、流石すぎる。もう一年以上、好きなヒトすらいない私とは随分違う。

 「ねぇ、聞いているの?」

 “あたしの”服を勝手に試着しはじめたディーバが、私を振り返る。そうだ。今、私は“あたし”なのだった。

 「だって、彼って、セクシーだもの」

 知ったかこいた。わざとディーバから視線を反らし、履きかけていたシャーロット・オリンピアのパンプスのアンクルストラップをパチンと留めながら。

 「セクシー?」

 ウソでしょう? というような発音で、ディーバが大きな瞳を更に見開く。え、違うの? 内心とても焦った私に、彼女は続ける。

 「そんな使い古された言葉では、言い表せないほどの、男よ彼は」
 だ、誰!? これから会うっぽい“あたしの”お相手、一体何者?!
 胸が、ドキドキする。初めて味わうこの感覚に、私の心臓が興奮を隠せない。なんなのこの新感覚! 愛読書のゴシップ誌でさえまだ掴んでいないセレブの最新の恋愛情報が、私の身の上にキラキラと降ってくるこの感じ!

 カリフォルニアの日差しも、想像していた以上に強かったようだ。水面に眩いほどの光を反射させていたプールサイドの様子から、てっきりまだ昼間だと思っていた。が、ディーバの真っ赤なマセラッティの助手席に乗ってガレージを出たら、外は既に夜だった。

 マラ・ホフマンの派手柄ミニドレスにゴールドのジミー・チュウでキメた私は、胸にコカ・コーラのPETボトルを抱きしめる。なんだかこれが、お守りみたいな存在になってきている。

 「あなたの肌に、その色とても似合っている。あげるわ」

 膝に置いたルブタンのクラッチバッグから、さっき貸してあげた“あたしの”シャネルの口紅を取り出して、運転中のディーバにサッと手渡す。勝手に私物をプレゼントしちゃえるほど、私、“あたし”に慣れてきた。

「わぉ。ありがとう、ハニー」

 あぁ、とても自然な流れがつくれている。私、なかなかうまくやれている。ハリウッドの中でも超一流セレブとの社交に、成功している。ロサンゼルスのカラフルなネオンが、真っ赤なマセラッティの後ろへと流れてゆく。あまりの気持ちの良さに窓をあけた瞬間、突然マセラッティがスピードをあげた。

「ど、どうしたっていうの?」

 怖くなって思わず大きな声を出した私の隣で、「奴らよ」とディーバは静かに答え、アクセルを全開まで踏み込んだ。開けた窓から顔を出して振り返ると、ものすごい勢いで飛ばされる髪の束の隙間から、後ろを走るジープが見た。カメラを構えた男が、身を乗り出している。

 「巻くわよ!!」

 叫んでいたのは、私だった。ディーバはそれを合図に、強引な車線変更を繰り返し、前の車を次々に追い抜いてゆく。揺れまくる車の中で、私は「F」で始まる悪い言葉を大声で連呼しながら、窓から腕を出して後ろのジープに向けて中指をおったてる。写真を撮られようが撮られまいがあくまで他人事なので、気分はただただ最高だ。経験しようと思ったからってできるもんじゃない、パパラッチとのカーチェイス。テンションがブチあがる。

 ディーバの運転テクニックは、素晴らしかった。プロのパパラッチさえ追いつけぬスピードで、レストランまで辿り着いた。真っ赤なマセラッティは、無傷のままだ。私たちはまるで何事もなかったかのように車を降りた。乱れた髪を手ぐしで整えながら、奥のVIPルームへと続く大理石でできた広い通路に、ヒールの音を交互にコツコツ響かせた。

 「なんて美しいんだ・・・・・・」

 中で待っていた男が、私をみた瞬間、立ち上がってそう言った。思わず声が漏れた、という感じだ。彼が口にしたのとまったく同じ感想を、彼に対して私も持った。初めて「生」で見る彼の美しさは、言葉にならない。

 驚いた、なんてもんじゃない。彼は、うちのおばあちゃんでさえ名前を知っている、ハリウッドスター。私がもう20年間、世界で一番カッコいいと思う俳優として名前を挙げてきた人物だ。まだ実家に住んでいた頃、彼のポストカードを二段ベッドの横の壁に貼っていたし、先週も、彼のヤバさについてメグミと熱く語り合ったばかりだった。

 ぶったまげた。

 でも、ちょ、ちょっと待って。彼の奥様は、世界で一番セクシーな女性として有名なアカデミー賞受賞女優。確かに“あたし”はホットだが、なんで“あたしなんか”とこんなことになっているんだろう。そう、思わずにはいられないほどの相手なのだ。

 それなのに彼は、「こんなにもセクシーな女性を、僕は人生の中で、みたことがない」と泣きそうな顔をしてため息を漏らす。

 これまでの私の人生で視界の中に入れたことがないほどに美しい男の顔が、ゆっくりと私に近づいてくる。

 ちょ、ちょっと待って。世界が一番だと認めたあのセクシー女優を、今、あたしは越えているっていうこと? ってことは、私、今、世界一?!

 首筋からふわっと、男物の香水独特の甘苦い香りがして、彼に抱きしめられていることに私は気づく。私の腰を抱く彼の腕の力がそっと抜け、彼の美しい顔が正面にやってくる。私たちは、見つめ合う。

 この流れは、もしやキス!?
 平然をなんとか装いながらも、私は内心、激しく乱れた。も、もちろん私だって、日本国内レベルのイケメンとのキスなら経験済みだ。が、これはありとあらゆる意味でレベルが違う。グラミー賞を総なめにしたディーバである親友と、スマッシュヒットを連発するギャングスタラッパーの恋人が見守る中、ナンバーワンハリウッド俳優の彼が、私のことが欲しくてたまらないといった様子で潤ませた目を、近づけてくるのだ。

 の、の、喉が、カラッカラに乾いてきた。

 いつだって大胆なセレブらしからぬ行為だと分かりながらも、私は「ちょっと待った」とハンサムすぎるその顔をそっと押し返す。喉を潤さずに、スターとキスなど、出来るものか。

 超高級レストランの薄暗い間接照明の中、急いでPETボトルのキャップをクルクルまわす。今朝、区民プールで開けた時と比べると、随分と気の抜けた炭酸音が、シュァ、と小さくマヌケに響く。喉の奥を、コカ・コーラの程よい甘さが、とろとろと滑り落ちてゆく。

 ツクツクボーッ、ツクツクボーッ、ツクツクボーッ。

 突然、フラッシュのような強い光を浴びて、目がくらむ。パパラッチされたのではないか、とまず思ったが、次の瞬間、見覚えのある25メートルプールが視界に映る。空になったPETボトルがデッキチェアの下に転がっていて、その隣に私のiPhoneが落ちている。

 すぐに手にとり、まずはインスタを確認した。「いいね!」はたった1件。メグミから。何が起きたのか分からなくて混乱した私の目の前で、iPhoneの画面に、雫がポトポトしたたり落ちる。髪が、濡れていることに気づいて、毛先を掴んで目の前まで持ってくる。やはり、ブロンドではなくなっている。

 プールに入った覚えなどないのに、髪だけでなく、全身がびしょ濡れだ。プールの方に視線を投げると、かけていたはずのサングラスが、水色のプールの底にポツンと黒く、沈んでいるのがハッキリ見えた。

  ツクツクボーッ、ツクツクボーッ、ツクツクボーイ。

 ツクツクボーイ!?? すぐ隣の枝にとまっていた俺のハニーに名前を呼ばれ、ハッと我に返る。木の、すぐ斜め下には────

 ネイビーと白の、ストライプ柄のビーチタオル。を、敷いたプールサイドのデッキチェア。の、上に深く腰掛ける、目が覚めるような黄色のビキニを着た黒髪の美女。

 どうやら、元に戻ったようだ。そう、俺はしばらくのあいだ、あの子に乗り移っていた。

 七日間しかない人生だ。一度でいいから、人間としてもこの世界を感じてみたかった。生まれてから六日間、東京中を飛び回りながら人間観察した結果、どうせなるなら、超がつくほど華やかな感じの美女がいい、と考えた。だから、最終日の今日、彼女がプールに入ってきたのが見えた瞬間「この子しかいない」と神さんにお願いしたのだった。

 初めて二本足で立ち上がった感覚や、指でスマホとやらに触れてみた感触、そして水の中で泳ぐたまらない快感・・・・・・! 興奮止まらず、俺はハニー相手にまくし立てる。

 ツクツク/ツクツクボーッ/ボーッ/ツクツクツクツクツクツクツクボーッ!

 「もしもし、メグミ!? 仕事中にごめん、ってか、聞こえる? なんか蝉がチョーうるさくて、もしもしっ?! 信じてもらえないと思うんだけど、ものすんごいことが起きたのっ!!」

 どうやら彼女も、俺が乗り移っているあいだ他の誰かの中にワープしていたようだ。この声のトーンから察するに、彼女もまた、憧れの人になっていたのだろう。iPhone片手にまくし立てる、チョーうるさい声に負けじと俺も、思いっきり声を張り上げる。二日年下のハニーに俺は、惜しみなく語りまくる。

 この世は猛烈に暑く美しく、火照った身体で潜り込んだ水の中はどこまでも青く冷たくて、そんな日に飲むシュワッシュワの黒い液体が格別に美味かったことを、話して最後に、別れを告げる。

 ツクツクボーッ!! ツクツクツクツクツクツクボーイッ!!
The End