国境や性別、文化の壁を越えて世界中の人たちを感動と歓喜の渦に巻き込み、笑顔とハピネスでつなぐスポーツの祭典・オリンピックが、2020年、再び東京にやってくることになりました。

1928年 アムステルダム大会から数えて90年以上にわたり共に歩み、築き上げることになるコカ・コーラとオリンピックのパートナーシップ。
ワールドワイド・パートナーとして私たちが誇るこの絆と、そしてコカ・コーラらしい驚きとスケール感に溢れるさまざまな取り組みを通じて、ここ東京からたくさんの笑顔や感動、ハピネスを発信し、皆さんと一緒に2020年 オリンピック東京大会を盛り上げてまいります。

文: Journey編集部

<コカ・コーラとオリンピック 両者のパートナーシップにみる主な歴史>

◇1928年:アムステルダム大会

米国の選手団にむけて1,000ケースの「コカ・コーラ」が貨物船で運ばれました。
オリンピックで初めて「コカ・コーラ」の広告が登場しました。

オリンピックがまた東京にやってくる

コカ・コーラとオリンピックのパートナーシップは、このアムステルダム大会から始まりました。



1932年:ロサンゼルス大会
コカ・コーラの提供で各選手の記録表示盤(レコード・キーパー)を導入しました。観客は円盤状の表示板を回して、18種目の世界記録と各選手の記録を比較することができるようになりました。

1956年:メルボルン大会(夏季)
会場の420カ所に自動販売機を設置しました。また、大会観戦を促す新聞広告を掲出しました。

1964年:東京大会(夏季)
参加者が、より素晴らしいオリンピックを体験できるよう、交通案内、ガイドマップ、観光情報、必須アイテムである日英会話集を制作しました。ここでの取り組みは、その後の大会でも見本として使用されています。

オリンピックがまた東京にやってくる

日本で初めて開催されたオリンピックにおいても、コカ・コーラはさまざまな支援を行いました。



1968年:グルノーブル大会(冬季)

1968年:メキシコシティ大会(夏季)
冬季と夏季の両方において全米の視聴者向けにオリンピック放送番組を提供した初のスポンサーとなりました。
また、オリンピックをテーマにしたテレビCMで、自宅でオリンピック観戦を楽しむ人の増加に貢献しました。

1972年:札幌大会(冬季)
大会期間中の飲料提供に加え、大会開幕の1ヶ月前には北海道内の中学校に「オリンピック記念世界地図」30万枚を寄贈し、若い世代にオリンピックを身近に感じてもらう機会を提供しました。

1972年:ミュンヘン大会(夏季)

アメリカで17種の大型記念メダルを製作し、その売上をアメリカオリンピック委員会へ寄付しました。

1980年:レークプラシッド大会(冬季)
大量のグッズを製作して市民に提供しました。オリンピックにちなんでデザインされた8種の記念ボトルの特別セットなどは特に人気が高く、これ以降、オリンピック関連の記念グッズへの関心は驚異的な勢いで広まりました。

1984年:ロサンゼルス大会(夏季)
コカ・コーラは、オリンピックとしては初の公式企業スポンサーになりました。
大会マスコットの「イーグルサム」はオリンピックを記念した23種の「コカ・コーラ」の缶に描かれました。

1988年:カルガリー大会(冬季)
「コカ・コーラ オリンピック競技大会公式ピントレーディングセンター」を初めて開設しました。1日17,000人以上が訪れ、ピントレーディングが「大会で最も人気のある観客用スポーツ」として新たな伝統を生み出す拠点となりました。

1992年:バルセロナ大会(夏季)
開催国以外のランナーが聖火リレーに初めて参加するという「オリンピック聖火ランナー」のスポンサーとなり、50カ国以上から集まった150人の一般の方々に、聖火リレーに参加していただきました。
オリンピックがまた東京にやってくる

大会の盛り上げに大きな役割を果たす聖火リレーも、コカ・コーラとのパートナーシップから始まりました。



1996年:アトランタ大会(夏季)

オリンピック100周年記念大会で、聖火リレーの単独プレゼンターを務め、約70カ国から500人ものランナーを選出しました。また12エーカー(約48562m2)の広さを誇るテーマパーク「コカ・コーラ オリンピックシティ」では、運動能力をテストできる体験型のハイテクゲームのコーナーなど、20近くのアトラクションや特別イベントを開催しました。

1998年:長野大会(冬季)
おなじみの「コカ・コーラ オリンピック競技大会公式ピントレーディングセンター」と超人気の「ピン・オブ・ザ・デイ」に加えて、新たにファンプラザを設け、来場者に軽食やグッズ、 インタラクティブなエンターテインメントなどを提供しました。また、切り絵アートプログラムのスポンサーとなり、大会の記念として日本の伝統芸能である切 り絵3,500枚をオリンピック選手や関係者にプレゼントしました。その図案はオリンピック村の室内装飾にも使われました。

オリンピックがまた東京にやってくる

日本国内で開催された2回目の冬季オリンピック。コカ・コーラの支援は多岐に渡りました。



2008年:北京大会(夏季)

北京と6つの共催都市でさまざまな体験コーナーやスペシャルイベントを開催しました。コカ・コーラならではのキーワードである“世界とのつながり”や、“絆”、“さわやかさ”というメッセージを世界中の人々に向けて発信しました。

2012年:ロンドン大会(夏季)
オリンピックならではの感動や鼓動を“Beatというキーワードで表現し、”Move to the Beat”キャンペーンを世界中で展開。オリンピックの持つ躍動感や魅力を、音楽を切り口にすることで、特に若い人たちに対してオリンピックの魅力を積極 的に発信していきました。

オリンピックがまた東京にやってくる

ロンドンオリンピックでは、オリンピックの躍動感を“Beat”(音楽)を切り口に表現しました。