文=ジャスティン・フレッチャー

 

■重さ20トンを超える巨大なネオンサイン

今から62年前の1954年、ロンドン中心部の繁華街ピカデリーサーカスに、巨大な「コカ・コーラ」のネオンサインが掲げられました。それは、約13メートル四方の金属板の上に総延長1.6キロメートル近くものネオン管が張り巡らされた、重さ20トン以上の巨大な代物でした。

現代であれば、電子技術を駆使したさまざまな映像表現が可能です。しかし、当時のネオンサインでは、広告コピーを発信することが「表現」のすべて。ですから、シンプルでインパクトのあるコピーを発信することが重要で、ピカデリーサーカスのネオンサインには、「Have a Coke(『コカ・コーラ』をどうぞ)」「Delicious(おいしい)」「Refreshing(さわやか)」の三つのコピーが掲示されました(17秒かけて『Have a Coke』という言葉を表示した後、『Delicious』と『Refreshing』という二つの単語を黄色く光らせ、最後に回転する光の輪の中に『コカ・コーラ』ロゴを登場させました)。

無数の人や乗り物が行きかっていたピカデリーサーカスには、このような大型のネオンサインがたくさん設置されており、それぞれが、サイズやデザイン、ネオンなどでインパクトを出そうと競い合っていました。


 

■世界有数の広告スポットの大ベテラン=「コカ・コーラ

もともとピカデリーサーカスは、ピカデリーリージェント・ストリートという2本の大通りが交差し、商店や劇場が集中する、ロンドン随一の繁華街でした。1906年に地下鉄が開通すると、さらに大勢の人で賑わうようになり、そこに目をつけた炭酸水のブランド「ペリエ」が1908年に初めて広告物を掲示。これがきっかけになり、ピカデリーサーカスは一流のブランドがこぞって広告物を掲げる、世界有数の広告スポットになっていったのです。これまで50以上のブランドが広告物を掲示してきましたが、「コカ・コーラ」は最も長期にわたって掲示し続けているブランドです。

ちなみに1954年の「コカ・コーラ」のネオンサインの制作を請け負ったのは、英国のクロードジェネラル・ネオンライツ社でした。設計から設置に至るまでの様子はモノクロ写真に記録されており、革張りのアルバムに収められて、ザ コカ・コーラ カンパニー(米国本社)のアーカイブ庫に保管されています。

モノクロ写真を見る限り、技術者は図面に従って機械で金属板を切断し、金属板に塗料を塗り、文字の形に沿ってネオン管を配置していったようです。その後作業員は、仮設の足場が組まれた作業現場で、何枚かに分かれていた金属板をそれぞれ組み上げていき、最後のパーツをはめ込んだとき、ついにネオン管に明かりが灯ったのでした。


 

■最大の危機を乗り越えて……

こうして美しいネオンサインが完成し、何百万人もの観光客や通行人がそれを目にするようになりました。しかし設置から5年後、ネオンサインは早くも存亡の危機を迎えます。「コカ・コーラ」の輸出部門にあたるエクスポート・コーポレーションの役員が、ネオンサインの維持費の高さを指摘し、その費用対効果に疑問の声を投げかけたのです。

コカ・コーラ」の広告担当役員を務めていたデロニー・スレッジは、このネオンサイン撤去の提案を受けて、1959年にエクスポート・コーポレーションポール・オースティンに手紙を書きました。その中でスレッジは、ネオンサインの存在意義を次のように訴えています。

「いかなる仮説を検証しても、ピカデリーサーカスのネオンサインを撤去するという解には至りません。これまで世界中で築かれてきた『コカ・コーラ』ブランドの価値を、このネオンサインがさらに比類なきものへと高めていると、私は確信しています……これこそ、競合他社が容易には太刀打ちできない、われわれの強さの証といえるでしょう。当然コストはかかりますが、それだけの価値はあるのです……『コカ・コーラ』をお客様に提供するわれわれが、ありきたりのことをありきたりの方法でやるだけで満足しているとするならば、『コカ・コーラ』はありきたりの製品と見なされても仕方ないでしょう」

それから60年以上の時が流れましたが、「コカ・コーラ」の広告は今では最新技術を用いたLEDディスプレイに置き換わり、ピカデリーサーカスの夜を照らし続けています。世界で最も有名な広告スポットの一つで、それはまさに“ありきたり”とは無縁の存在感を放ち続けているのです。