前列左から:ザ コカ・コーラ カンパニー 取締役
ヘレン・D・ゲイルアレクシス・M・ハーマンマリア・エリーナ・ラゴマシーノ
前列右端:ザ コカ・コーラ カンパニー 社長兼COOジェームズ・クインシー
後列:同社のグローバル女性リーダーシップ・カウンシルのメンバー(2016年11月16日時点)

文=ジェレミア・D・マクウィリアムズ

 

■「成功する女性」は何をしてきたのか

キャリアを磨き、会社の出世競争を勝ち抜いていくことは誰にとっても簡単なことではありません。まして、女性であれば、よりさまざまな困難が待ち受けているのが現実です。しかし、それを乗り越えて成功を掴んだ女性は、決して少なくはありません。そして彼女たちがどのような人生を歩んできたのかを知ることは、働く女性たちにとって大いに励みになることでしょう。

実際にそんなサクセスウーマンたちのキャリアに学ぶべく、先日、ザ コカ・コーラ カンパニー(米国本社)で、従業員をまじえて1時間のトークセッションが開かれました。登場したのは、3人の女性。ヘレン・D・ゲイル、アレクシス・M・ハーマン、
マリア・エリーナ・ラゴマシーノは、さまざまなキャリアを経て、現在はザ コカ・コーラ カンパニーの取締役を務めている人物です。

セッションの冒頭では、ザ コカ・コーラ カンパニーのジェイムズ・クインシー社長兼COOが登壇。「私たちは、女性の雇用、登用、人材育成、そして彼女たちが働き続けるための環境整備に真摯に取り組んでいます。これらは、ザ コカ・コーラ カンパニーが世界で最も消費者目線に立った清涼飲料企業を目指す上での重要なミッションです」と述べました。

その言葉に共鳴するように、3人の取締役からは多様な経験に裏打ちされた数々のアドバイスが飛び出し、会場は大いに盛り上がりました。

それではさっそく、そんな彼女たちの言葉をご紹介しましょう。

 

■キャリアは「一本道」とは限らない

──ご自身のキャリアと、キャリアにおけるターニングポイントについて教えてください。

ラゴマシーノ 私は、銀行で長年にわたって家族向けの資産運用サービスに携わってきました。
「未来を見据えて点と点を結ぶことはできないが、過去を振り返って点を結び合わせることはできる」と言ったのはスティーブ・ジョブズだったと思いますが、私も自分の情熱がどんな“点”につながるのかを理解するのに何年もかかりました。次第に分かってきたのは、「私は、顧客が築いてきた資産を彼ら自身やコミュニティー、さらには世界全体のために役立てる手助けをしたいんだ」ということでした。このことには、私がキューバ出身であることも深く関係していると思います。一度それを理解してしまえば、情熱を燃やせる仕事に全力を傾けることに、もう迷いはありませんでした。

ハーマン 私も似た経験をしていますが、たどった道筋は逆ですね。
私はアラバマ州で、経済的に恵まれない人々を支援するソーシャルワーカーとしてキャリアをスタートさせました。働いているうちに、それまでのやり方では状況が改善しないことに気づき、問題を根本から解決するための方法を考えるようになりました。まず行ったことは、担当する地域住民のうち、選挙の有権者登録を済ませている人のリストを整理し、登録していない人には登録を促すことでした。選挙権を行使するということは、たとえわずかでも、自分の人生を変えるために働きかけるということですから。また、貧困の大きな原因が失業であったことから、どうすれば地域に雇用を増やせるかも考えるようになりました。

当時の上司が、やりたいことを自由にやらせてくれたのは幸運だったと思います。週末も支援家族の情報を整理したり、路上にいる少年たちの居場所をつくるべく奮闘していました。その過程でミシシッピ州にある造船所のことを知り、少年たちが造船所で職業訓練を受けられるように働きかけました。そういった経験がやがて、ワシントンで政府の仕事をすることにつながっていったのです。

ゲイル みんな大丈夫? ついて来てる?(笑)

私の信念は、チャンスはおのずとやってくるものだということ、ゆるぎない指針を持っていれば、それが次のステップに導いてくれるということです。自分が何者で、自分にとって何が大切なのかを理解することがまずは大事です。

私が最初に就いた仕事は小児科医でした。医師になったのは、自ら変化を起こせる職業に就きたかったからです。私は、社会運動が活発だった1960年代に青春時代を過ごしたおかげで、自分も社会を良くしたいと自然に考えるようになっていました。やがて、自分一人で世界を変えることはできないということに気づきましたけどね。

小児科医として働くうちに、私は同じ子ばかりが何度も入退院を繰り返していることに気づきました。経済的な理由から医療機関へのアクセスが限られていたため、彼らの家族は救急外来をかかりつけ医の代わりに使っていたのです。私は、そのような構造をどうすれば変えられるかということに関心を抱くようになりました。そして、私は次のステップとして、公衆衛生関連の仕事に移り、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)に20年近く勤めました。CDCではいろんなことをやりましたが、特に注力したのがHIV/エイズに対する取り組みでした。

HIVに感染すると、貧しい人や社会から疎外されている人ほど、その後の苦しみもまた大きくなってしまうという状況を目の当たりにし、医療とそれを取り巻く社会問題の関係を深く考えるようになりました。その後CEOを務めた国際協力NGOの「CARE USA」は、極度の貧困の撲滅を目指しています。医療は今でも自分がキャリアのベースとしている重要な分野ではありますが、さまざまな経験を通して、医療に限らず人々の生活に関わるあらゆる要素を幅広く見ることの必要性を学んできました。

──みなさん、さまざまなステップを踏んできていますね。キャリアを通しての共通のテーマのようなものはあるのでしょうか?

ハーマン 私がやってきたことを一言で表現するなら、「既存の壁を壊す」ことですね。日々仕事をする中で、「自分は意味のある変化が起こる場にいたいのだ」ということが、次第に分かってきました。

ゲイル キャリアとは、必ずしも、何らかの目的を達成するための一本道ではないと思います。自分がいちばん輝けるテーマを、仕事の中に見出していく過程なのではないでしょうか。

ラゴマシーノ 同感です。私も、金融業界で順調なキャリアを築いていたにも関わらず、転職を選択しています。理由は、金融機関の主な目的が、家族を支えることから、家族にもっと多くのものを売りつけ、儲けることに変わってしまったように思えたからです。信念を貫いて転職するか、それとも、会社にとどまって高い収入と地位を維持するか。どちらを選択するか悩みましたが、自分の中の「今が去りどきだ」という声に従うことにしました。振り返ってみても、それはベストな決断だったと言えます。

 

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