文=ジェイ・モイエ

 

■広告史に残る傑作CMにグーグルが注目

ザ コカ・コーラ カンパニー(米国本社)が1971年に発表したCM「Hilltop」は、使用された楽曲「I’d Like to Buy the World a Coke」とともに、広告史上に名を残す傑作として知られています。

CMのアートディレクターを務めたハービー・ガボアは2012年にはすでに引退し、広告界の伝説的な存在となっていました。そのガボアが、ある日、グーグルから思いがけないオファーを受けます。そのオファーとは、このCMの楽曲内で歌っていた「世界中に『コカ・コーラ』を買ってあげたい」という夢を、最新のデジタル技術によって実現させてほしいというものだったのです。

動画: 1971年のTVCM「Hilltop」

 

2012年11月にザ コカ・コーラ カンパニーを訪れたガボアは、「Hilltop」制作当時の苦労話から、グーグルとの共同プロジェクトの概要まで、ユーモアたっぷりに語ってくれました。今回は、広告業界の40年の歩みを物語る、彼の貴重な証言をご紹介したいと思います。

 

■「Hilltop」のアイディアは空港で生まれた

「Hilltop」の制作を手掛けたとき、ガボアは広告会社マッキャンエリクソンのクリエイティブディレクター ビル・バッカーの下で働いていました。その当時バッカーは「Things Go Better With Coke」「It’s the Real Thing」といったスローガンを盛り込んだCMを制作し、すでに広告業界にその名を轟かせていました。

1971年1月、バッカーがロンドン行きのフライトを待っていたときのこと。ふいに一つのアイディアがひらめき、それを手元の紙ナプキンに書き留めました。「I’d like to buy the world a Coke and keep it company.」(世界中の人たちに『コカ・コーラ』を買ってあげたい)──後に彼の最高傑作とも評されるCMソング「I’d like to buy the world a Coke」の、冒頭の歌詞が生まれた瞬間でした。

数週間後、ニューヨークにいたガボアのもとに、歌詞にメロディをつけた音源がバッカーから届きます。そのときのことを、ガボアは次にように振り返ります。「再生ボタンを押した私は衝撃を受けました。それはピアノで片手で弾けるほどシンプルであるにもかかわらず、とても美しい曲でした。当時は、荒々しく刺激的なパフォーマンスをするジャニス・ジョプリン、ローリングストーンズ、トム・ジョーンズといったアーティストの人気の最盛期でした。しかし、バッカーたちは、大胆にもその流れに逆らって、曲のテンポを大幅に落としたんです。そのような選択ができることは素晴らしい才能だと思います」。

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2012年11月、ザ コカ・コーラ カンパニーにて
アーキビストのテッド・ライアンと対談するガボア(写真右)

 

■「予算なし、時間なし、人員なし」。撮影はトラブル続き

CMソングの映像化という役目を引き受けたガボアは、「世界を一つにするコーラス隊」というコンセプトを思いつきました。そして、世界中から集まった若者たちが丘の斜面に整列し、皆で合唱するという撮影プランを提案します。そのプランを実現するには、当時の平均的なCM制作費用の倍に相当する10万ドルもの予算が必要でしたが、ザ コカ・コーラ カンパニー広告担当マネジャーのアイク・ハーバートは、その提案にゴーサインを出しました。

無事に提案が通り、ガボアたちは撮影の準備を進めます。最初は、英国のドーバー海峡に面した崖の上での撮影を予定していました。キャスティングもカメラの準備も整い、「さあ、撮影」という段になって、撮影クルーの前に悪天候が立ちはだかります。「現場では毎秒30メートルくらいの強風が吹いていて、あと4日間は止まないだろうと言われたんです」とガボアは語ります。

彼らは英国での撮影を断念し、撮影ロケーションをローマに移して、キャスティングも一からやり直しました。しかし、運の悪いことに、ここでも悪天候による数度の延期を余儀なくされます。ようやくヘリコプターを使ったクライマックスのシーンを撮影する頃には、残された時間はわずかで、資金も枯渇寸前でした。

ところが、その晩映写室で確認したところ、CMを完成させるためには映像の尺が足りないことが判明したのです。さらに悪いことは重なるもので、制作会社が別の仕事があるということで、ローマを去ってしまいました。お金も、映像も、人手もないという最悪の事態でした。

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CM「Hilltop」のワンシーン

 

■起死回生の「主演女優スカウト作戦」

マッキャンエリクソンの上層部がローマでの撮影続行を認め、予算を捻出してくれたのは、ガボアたちにとって不幸中の幸いでした。制作コストは、最終的に25万ドルまで膨れ上がりました。

しかし、クルーの不運はまだまだ続きます。大使館や現地の学校を通じてコーラスのキャストを揃えたものの、主演を予定していた女優が土壇場で撮影を放棄。彼女の代役を見つけるために、ガボアは同僚と一緒にローマの街中を歩き回る羽目になったのです。「35歳の男二人が女性に近づいて、『おきれいですね、CMに出てみる気はありませんか?』なんて声をかけて回っているのを見るまでは、まだまだ人生やりきったとは言えませんね」と、ガボアは当時の苦労を笑い飛ばします。

結局、彼らはナヴォーナ広場で乳母車を押していた英国人家庭教師に声をかけ、主役に抜擢しました。「Hilltop」は、やっとのことで主演女優を得たのです。

今度こそと無事に撮影を完了させ、ニューヨークに戻ったガボアは、要求が多いことで知られる上司のバッカーに映像を見せました。「バッカーを振り返って見ると、なんと、彼は泣いていました。そして『この1本のCMとともに、世界が私のことを記憶してくれるなら、けっこう良い人生を生きたと言えるだろう』とつぶやいたんです」とガボアは語ります。

テーマソング「I’d Like to Buy the World a Coke」とともにTV放映されるや否や、「Hilltop」はたちまち米国中で話題になりました。ザ コカ・コーラ カンパニーには称賛の手紙が10万通以上も届き、米国全土のラジオ局にはCMソングのリクエストが殺到。戦争や暴動のニュースがあふれる時代にあって、「Hilltop」が伝える希望と寛容の力強いメッセージが、消費者の心に深く響いたのです。

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