しもやま・よしみ / 1947年岡山県生まれ。海とアメリカをこよなく愛すジョイマークデザインの代表取締役で、身近な人には「キャプテン」の愛称で親しまれている。15歳のときに上京し、22歳でジョイマークデザイン社を設立。79年にアパレルブランド『ボートハウス』を発表し一大ブームに。「坪単価世界一」とまで言われるほどの売り上げを誇った。その後も『キャプテンサンタ』ほか数々のブランドを世に送り出している。
ジョイマークデザイン http://www.joymark-design.co.jp/


ボートハウス』や『キャプテンサンタ』など、
数々の人気ファッションブランドを世に送りだした下山好誼さんは、
2万5,000点超の「コカ・コーラ」グッズを所有する
世界屈指のコレクターとしても知られています。
そもそもなぜ「コカ・コーラ」グッズを集めるようになったのでしょうか。
そのきっかけと収集にまつわるさまざまなストーリーをお伺いしました。
下山さんのお宝グッズコレクションはこちらでご覧いただけます!)

文=栗山晃靖
写真=森本菜穂子

 

■きっかけはニューヨークで買った1本の「コカ・コーラ

取材に訪れた別荘。アメリカ西海岸風の外装がおしゃれ

 

真夏の太陽がまぶしい7月下旬の昼下がり。取材スタッフは京急三崎口駅からタクシーに乗って“日本一の『コカ・コーラ』グッズコレクター”と言われる人物の別荘に向かった。畑と住宅が点在するエリアを走ること約15分、油壺湾の近くでタクシーを降り、徒歩で住宅脇の小道を下ると、アメリカ西海岸にあるような白い瀟洒な邸宅が現れた。外部からは、そこが貴重な「コカ・コーラ」グッズにあふれた場所だとは想像ができない。


手元の時計がちょうど待ち合わせの時刻を示したとき、「ごめんね~、待たせちゃった?」と後方からやってきた車の中から、陽気な声が聞こえた。「お昼食べに出ちゃってね。ごめんね、さ、入って入って」。車から降りた下山さんが笑顔で私たちを家の中に招き入れてくれる。玄関の先には、数々の「コカ・コーラ」グッズで満たされたダイニングが見えた。

コカ・コーラ」グッズがあるのはもちろんダイニングだけではない。2階へ上がる階段、寝室、客間、来客が多いときに使用するという別棟……いたるところに「コカ・コーラ」の赤があふれていた。一通り別荘内を案内してもらった後、数々の貴重な「コカ・コーラ」ボトルが並べられた大きな棚のある応接室で、インタビューは始まった。

取材スタッフを笑顔で迎えてくれた下山さん


──下山さんが「コカ・コーラ」グッズを集めだしたきっかけを教えてください。

下山 22歳のときにニューヨークへ出張に行ったんです。そのときに街で買った「コカ・コーラ」の缶を日本に持って帰ってきたのがはじまりですね。その後、アンティークショップに足を運んだりするうちに、少しずつコレクションが増えていきました。本場であるアメリカには、日本で見たことのない「コカ・コーラ」グッズが数えきれないほどありましたから。

別荘のキッチン。ヴィンテージの家具や家電と「コカ・コーラ」グッズがマッチしたインテリア


──そもそも下山さんは「コカ・コーラ」のどこに惹かれたのでしょう?

下山 「コカ・コーラ」のロゴデザインです。これを話すといろんな人に驚かれるんですが、実は僕はグラフィックデザイン科の出身で、洋服の勉強をまったくしていないんです。だからどうしてもまずグラフィックに目がいってしまうんですよ。あと、現地の人たちの「コカ・コーラ」を飲んでいる姿がものすごくカッコよかった。「これぞアメリカ!」と興奮したのを覚えています。

──「コカ・コーラ」はアメリカを代表するブランドですものね。ちなみにアメリカへの憧憬は昔からあったのでしょうか?

下山 15歳のときに岡山から上京したのですが、1964年当時はアメリカにルーツを持つ「アイビーファッション」の全盛期。そのころ僕は婦人服メーカーで働いていたんですが、配達先の銀座のみゆき通りで、「みゆき族*1と言われる若者たちに出会ったんです。彼らはみんなアイビーファッションに身を包んでいて、それがとにかくカッコよかった。当時の最先端のブランド『VAN』にも強い影響を受けましたね。そうしたファッションを通して、アメリカそのものにも憧れを抱くようになっていったんです。

思い出をたくさん話していただきました

 

■すべてのグッズに思い出と思い入れがある

──コカ・コーラ コレクターズクラブ*2に入会していた、数少ない日本人でもあったそうですね。

下山 コレクターズクラブでは、全米のメンバーが集結するオークションのようなイベントが定期的に開催されていて、ここでもよく買い付けをしていました。当時は買い付けたグッズを日本に運ぶための「マイコンテナ」も持っていたぐらい、ものすごい量を集めていたんです。

──マイコンテナとはすごいですね!

下山 多いときはコンテナ内の3分の2が「コカ・コーラ」グッズでしたから。量がすごいので郵便だと追い付かないんです(笑)。

「『コカ・コーラ』のカイト(凧)もあるなんて!」と驚きの連続の別荘探訪でした


──当時の印象に残っているエピソードがあれば教えてください。

下山 ある「コカ・コーラ」グッズのオークションでのことなんですが、他のことにお金を使いすぎたために、1800年代につくられた「コカ・コーラ」のガムケースがどうしても買えなかったことがあるんです。そのとき、最終的にガムケースを手に入れたのは、アメリカのコカ・コーラ ボトラー社の社長でした。その社長は、製造工場内にミュージアムをつくり、自身のコレクション本を出版してしまうほど、業界内では有名な人でした。オークションでは、「負けるもんか!」と競い合いましたが、そこは「コカ・コーラ」好き同士。すぐに仲良くなって、後で「コカ・コーラ」の製造工場や、ミュージアムも見せてもらいましたね(笑)。

*1 みゆき族:1964年ごろ、銀座のみゆき通りや並木通りでたむろしていた若者たちの総称。男性はアイビーファッションを少し崩したスタイル、女性はロングスカートを履き、二つに折ったハンカチーフを頭に巻いていた。
*2 コカ・コーラ コレクターズクラブ:1974年に設立され、「コカ・コーラ社に関連する製品の保存と収集の促進」を目的に活動する非営利団体。欧米を中心に40以上の支部を有し、地域ごとに定期イベントを開催している。

 

次のページ>> 下山さんがグッズを買うときの「マイルール

「1」 「2」 次のページ≫