著名人による慈善活動の中でも、自ら支援事業をおこし、それが本人の死後も継続しているという例はあまりないかもしれません。29年前、ハリウッド俳優のポール・ニューマンさん(故人)は、難病の子どもとその家族のための「医療ケア付きキャンプ場」を米国コネチカット州につくりました。その後、もっと多くの子どもにキャンプを楽しんでもらうべく、同様のコンセプトを持つキャンプ場を世界各地で展開。現在は、彼の遺志を受け継ぐ団体が世界16ヵ所のキャンプ場をネットワークで結んでいます。ポール・ニューマンさんがこのプロジェクトに込めた想いとは何か。来日した実娘のクレア・ニューマンさんにインタビューするとともに、北海道のキャンプに参加した家族にもお話を伺いました。

文=香川誠
写真=下屋敷和文クレア・ニューマンさん)

 

■名優はなぜ、キャンプで子どもを救おうと思ったのか

 映画『ハスラー2』(1986年)でアカデミー賞主演男優賞を受賞するなど、俳優として輝かしい実績を残した故ポール・ニューマンさん。彼は、実業家としての顔も併せ持っていました。1982年に立ち上げた食品会社の事業で、大きな成功を収めていたのです。

 1988年、彼は事業で得た利益を元手に、小児がんなどの難病にかかっている子どもとその家族が楽しめるキャンプ場を、米国コネチカット州につくりました。娘のクレア・ニューマンさんは、ポールさんがプロジェクトを始めたきっかけについて次のように語ります。

Coca-Cola Journey』の取材に応えるクレア・ニューマンさん

 

「事業の成功で大きなお金を手にした父は、そのお金を使って今まで世の中になかったものをつくれないかと考えていました。それが、重い疾患を抱えた子どもたちの心をケアするサービスです。重病の子どもたちは病気を治すことだけでも大変なうえ、身近に自分と同じような境遇の子どもがいないために病院や学校で孤立しがちです。父はそのような、とても苦しい状況に置かれた子どもたちを助けてあげたいと、とても強く感じていたようです」

 クレアさんによると、ポールさんは「すべての子どもとその家族が楽しめるキャンプであること」に強くこだわっていたそうです。そのため、このキャンプは、経済的な事情で参加できないということがないよう、参加費が無料となっています。また、すべてのプログラムが個々の状況に応じてカスタマイズされるので、「車椅子だから遊べない」といったようなこともありません。一緒に参加する家族も楽しめるように、参加する子の兄弟・姉妹向けのプログラムや親同士の交流の場も用意されています。

 最初のキャンプを成功させて間もなく、キャンプへの参加を希望する人たちの「ウェイティングリスト」はいっぱいになりました。一つのキャンプ場だけでは対応しきれなくなったため、ポールさんはニューヨークやフロリダ、さらにはアイルランドのキルデアやフランスのパリにも同じコンセプトのキャンプ場をつくりました。米国外にもプロジェクトを広げていったのです。そして2001年に、キャンプ場をネットワークで結ぶ団体「ホールインザウォール協会」(現名称『シリアスファン チルドレンズネットワーク』、略称シリアスファン)を設立します。ポールさんは2008年に亡くなりましたが、彼の想いは世界各地にキャンプ場という“遺産”として残りました。現在、シリアスファン公認のキャンプ地は世界に16ヵ所あり、クレアさんは同団体のアンバサダーを務めています。

 「参加した子どもと家族がとても癒やされたという話を多くの方から聞き、父は世界各地にキャンプ場をつくっていきました。活動を始める前は、まさかこのプロジェクトがここまで大きくなるとは思っていなかったでしょう。とにかく『子どもたちにハッピーになってほしい』という一心だったんだと思います」(クレアさん)

 シリアスファンで最も新しい16番目のキャンプ地は、北海道滝川市にある「そらぷちキッズキャンプ」です。2004年のプレキャンプ開始から徐々に施設の建設とプログラムの開発を進めてきたそらぷちキッズキャンプは、2013年にシリアスファンに仲間入りしました。多くの企業や団体がこのキャンプの活動を支援しており、北海道コカ・コーラボトリングもその一つ。キャンプの理念に共感した北海道コカ・コーラボトリングは、協賛品としてキャンプ中の飲料を提供しているほか、2010年から道内各地に設置している「そらぷちキッズキャンプ支援自動販売機」の売り上げの一部を寄付しています。

 2017年10月にキャンプ場を視察したクレアさんは、日本の子どもたちに歌を披露してもらい、感動のあまり涙したといいます。

「ティッシュが必要なくらいに涙が出たわ。北海道は、移住したいと思えるくらいに美しかった。そらぷちキッズキャンプは、父のビジョンを日本の文化に融合させた、すばらしい施設とプログラムを提供していました」(クレアさん)

 

■北海道の大自然の中で、笑顔を取り戻したある家族の話

 千葉県在住の山中ひづるさん(43)が「そらぷちキッズキャンプ」の存在を知ったのは2年前。当時13歳だった長女・のはなさんに小児がんが見つかり、抗がん剤治療を受けていたときのことでした。小児科医師であり、そらぷちキッズキャンプの代表理事を務める細谷亮太さんの著書『いつもいいことさがし』(暮しの手帖社)の中に、キャンプのことが書かれていたのです。

「とてもすてきなキャンプだと思いました。夫に話してみたら『行けたらいいね』と言うので、すぐにキャンプ事務局にメールをしました。それが2015年の秋のことですが、手続きがスムーズに進んで、2016年2月のファミリーキャンプに家族5人で参加させてもらうことができました」(山中さん)

 のはなさんと2つ下の妹、7つ下の弟にとって、初めての雪国体験。子どもたちは大はしゃぎで積もった雪に飛び込んでいったそうです。しかし、のはなさんが重い病気を抱えながらの3泊4日というスケジュールに、不安はなかったのでしょうか。

「キャンプ場の看護師さんとは事前に綿密な打ち合わせをしていたので、大きな心配はしていませんでした。抗がん剤の影響で娘の体調は思わしくなく、元気もありませんでしたが、いざキャンプが始まるといきいきし始めて、夕食ではおかわりをするほど。私と夫も驚きました。乗馬や雪上バナナボートなどのプログラムで、みんなと一緒に体を動かしたのがよかったんだと思います」(山中さん)

 北海道の大自然の中にあるそらぷちキッズキャンプには、宿泊棟のほか、食堂棟や「森のほけんしつ」(医療棟)など、参加者が安心して過ごせるための設備が整っています。キャンプなので、もちろん「遊び」も大事。森の中にあるツリーハウスは、子どもたちの冒険心をかき立てる人気スポットです。乗馬や収穫体験、アーチェリー、虫取りなど、プログラムもたくさん用意されています。

乗馬体験をする山中のはなさん(左側)

北海道のふかふかの雪でかまくらづくり

 

このキャンプに参加したことで、山中さん一家には二つの変化があったといいます。

「一つは、同じような体験をした家族とつながりができたことです。そらぷちに参加した家族同士の交流は今も続いていて、関東地方と中部地方に住む3家族が再び集まって山梨県で2泊のキャンプをしたこともあります。もう一つの変化は、家族に明るい笑顔が戻ったことです。娘の手術が成功した後も抗がん剤治療が続き、私たち家族は鬱々とした日々を送っていましたが、キャンプで他の子どもたちと遊んだことで前向きなエネルギーをもらいました。今は家族みんな、いきいきと毎日を楽しんで暮らしています」(山中さん)

 初めて参加したキャンプの半年後、のはなさんは夏のキッズキャンプに一人で参加しました。病気のため、これまでできていたことができなくなっていた彼女でしたが、2度のキャンプ参加で自信を取り戻したようです。高校1年生となった現在は投薬治療も終わり、病気になる前と変わらない日常生活を送っています。高校では卓球部に所属し、運動も再開。看護師の仕事をしている山中さんも、医療ボランティアとしてそらぷちキッズキャンプに関わり続けるなど、キャンプは「楽しむこと」を超えて、山中家の一人ひとりの人生をも大きく変える体験となりました。

ボランティアとしてキャンプに参加した山中ひづるさん

 

■「子どもは、与えた以上のものを返してくれる」

 ポール・ニューマンさんが始めた医療ケア付きキャンプは、世界中の子どもたちと家族の人生を前向きに変えています。これまでおよそ30年間で86万4千人以上の子どもたちと家族がキャンプに参加しました。

 キャンプが変えるのは参加者の人生だけではありません。協力医師やスタッフ、ボランティアの人生をも変えていると、クレアさんは語ります。

「キャンプに参加したある小児科医は、キャンプの前後で治療に対する考え方が変わったと言います。従来は、まず治療をすることが最優先。『どういう子なのか』を知るのはその後のことでしたが、キャンプ後は、まず子どものことを知ったうえで治療をするようになった。つまり順序が逆になったわけですね。このように医療のプロでさえも、ケアの概念を変えられるような体験をするのです」(クレアさん)

 そしてクレアさん自身も、キャンプを通じて人生が変わった一人でした。

「父が常に言っていたのは、『子どもたちは、与えられた以上のものを必ず返してくれる』ということです。子どもたちは、キャンプで体験したいろいろなことを話してくれます。その一つひとつが、すばらしい思い出として私の記憶に残っています。こんなこともありました。カウンセラーとしてボランティアで参加していた私は、子どもたちと一緒に森の中に入っていきましたが、その際に植物のツタで私の足がかぶれてしまいました。いつもなら私が子どもたちを医療棟に連れていくところなのですが、このときは子どもたちが私の足を洗って、かゆいところにローションを塗ってくれたんです! 白血病などの深刻な疾患を抱えている子どもたちが、ですよ。甘やかされて育った私はそれまで、人生の重要性というものを理解していませんでしたが、このような体験を通じて、自分の人生をかけて子どもたちに恩返しをしたいと思いました」(クレアさん)

 今後はこのプロジェクトを「子どもたちの気持ちを最優先に、急がずに思慮深く成長させていきたい」というクレアさん。このプロジェクトを継続、成長させるうえで不可欠なのは、言うまでもなく企業や個人からの支援です。

「私たちの活動を初めて知ったという方は、ぜひ私たちのウェブサイトを見てください。このキャンプには、財務的な支援と、ボランティアによる支援が必要です。皆さんのサポートが、子どもたちの人生を前向きに変えることにつながります」(クレアさん)

 難病とたたかう子どもたちとその家族が心を癒やす場所。今日も世界のどこかのキャンプ場で、子どもたちはとびきりの笑顔を輝かせていることでしょう。

クレア・ニューマン / 1965年生まれ。父である、故ポール・ニューマンさんの遺志を継ぎ、シリアスファンチルドレンズネットワーク アンバサダーとして、医療ケア付きキャンプ場の国際的ネットワークの拡大に力を注いでいる。

 

シリアスファンチルドレンズネットワーク https://www.seriousfunnetwork.org/
そらぷちキッズキャンプ http://www.solaputi.jp/
北海道コカ・コーラボトリング https://www.hokkaido.ccbc.co.jp/