地元を元気づけるイベントへ

 プロジェクトの実施を決定すると、まず始めに、企画運営チームをつくるため、学校内で有志を募った。結果として集まったのは、計12人の生徒たち。それは、1年生と2年生だけで構成される若き集団だった。生徒たちはすぐに放課後の時間を使って、どのような企画にするのか話し合うようになった。しかし、である。
 「当初は意見がバラバラで、そもそも発言する生徒も少なかったのです」
 そのように生徒のまとめ役を務めた及川哲郎先生(30)は話す。

WORLD CUP TROPHY HAS COME TO RIKUZENTAKATA.
—— 高田高校の校長先生が見た「トロフィーツアー」

及川哲郎先生


 月に1回、中山雅史さん(FIFA ワールドカップ トロフィーツアー応援隊長)も参加して、企画運営チームの全体会議を行ったが、生徒たちは聞き役にまわるばかり。会議を見学した横田校長も、「物怖じしている」と感じた。高田高校の教育方針は「自分の頭で考えて、自主的に動くこと」。校長の目の前にいるのは、その方針とは真逆の姿の生徒たちだった。

 ただ、横田校長は楽観視していた。「緊張はしていたけど、特に思いつめた様子もなく、時間が経つにつれて楽しそうに企画を考えているように見えたんです」(横田校長)。その言葉通り、生徒たちは会議を重ねるごとに、徐々に発言回数を増やしていった。そしていつの間にか、生徒たちで「地元を元気づける」というテーマ設定をしていた。高田高校の生徒だけが楽しむ企画ではなく、全世代の地域住民が楽しめる企画を優先して考えようと決めたのである。

生徒を育てた「小さな配慮」

 
 このようにして考えられた企画の一つが、FIFA TOHOKU HAPPINESS MATCHと称した試合だ。中山雅史さんをはじめ、北澤豪さん、福田正博さんらJリーグOBチームと、小学生・中学生・高校生の3チームとの試合である。

 中高年世代のための企画も用意した。その一つが、「チャオチャオ踊り」。これは、陸前高田市の伝統的舞踊で、盆踊りのときに住民がこぞって参加するものだった。東日本大震災以降、陸前高田市のメインストリートが損壊してしまったことで、例年行っていたチャオチャオ踊りができなくなっていた。そのため、生徒たちは慰霊の意味も込めて、企画に入れたのだ。

WORLD CUP TROPHY HAS COME TO RIKUZENTAKATA.
—— 高田高校の校長先生が見た「トロフィーツアー」

WORLD CUP TROPHY HAS COME TO RIKUZENTAKATA.
—— 高田高校の校長先生が見た「トロフィーツアー」

WORLD CUP TROPHY HAS COME TO RIKUZENTAKATA.
—— 高田高校の校長先生が見た「トロフィーツアー」

WORLD CUP TROPHY HAS COME TO RIKUZENTAKATA.
—— 高田高校の校長先生が見た「トロフィーツアー」

高校生たちが企画した「FIFA TOHOKU HAPPINESS MATCH」と「チャオチャオ踊り」


 物怖じしていた生徒たちが、いつしか自主的に企画を考えるようになった。「楽観視していた」とはいえ、生徒がここまで変わろうとは、校長先生も思っていなかったろう。
 「アットホームな会議の雰囲気が良かったのではないでしょうか」と横田校長は答えたが、その雰囲気を出すために「決して生徒たちのアイデアを否定しない」ということを先生たちは決めていたという。すべての会議に参加した及川先生も、「生徒の意見に対して偏見を持って見ない。生徒が言ったことを行動につなげるよう心がけた」と話す。このような心配りあってこその生徒の変貌であった。

 この先生たちの温かい眼差しは、その後も生徒たちの成長を、確実に手助けしたようだ。2014年1月の東京合宿の最中、生徒たちはJリーグの元選手やナオト インティライミさんのもとを直接訪れ、企画への協力依頼を行った。その場で快諾の返事をもらい、企画が単なるアイデアから、現実味を持ったプロジェクトへと変貌を遂げていったのである。


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