1964年の東京オリンピックに関わった方々への取材をもとに当時の記憶をたどり、
2020年大会へと繋がる“何か”を探していく連載
東京オリンピックと『コカ・コーラ』」。
第2回は、コカ・コーラシステム(*1)の社員たちの当時の思い出を振り返ります。
後篇は、東京コカ・コーラボトリング(*2)OB佐藤清昭さんのエピソードです。

(前篇はこちら

文=野地秩嘉
写真=下屋敷和文

 

■身長2メートルのバスケ選手が歩く選手村

 佐藤清昭は1965年に法政大学を卒業し、東京コカ・コーラボトリングに入社した。東京オリンピック後の入社になるのだが、佐藤は在学中から同社でアルバイトをしていたから仕事の勝手もよくわかっていた。彼自身は、卒業後は教職に就こうと考えていたのだが、東京コカ・コーラボトリングの上司から「お前は、うちに入れ」と半ば強引に勧誘され、入社を決めたのである。

 「オリンピックの時は人手が足りなかったので、他の内定者と一緒にルート営業のヘルプをしました。ところが私は、コカ・コーラ社のオリンピックの最前線基地ともいえる代々木営業所の勤務になり、今の代々木公園のある場所に設置されていた選手村へ『コカ・コーラ』を配達する担当になったのです」

 彼が運んだ先は選手村に設置された「富士食堂」と「桜食堂」だった。どちらも男子選手向けの食堂で、富士ではアジア・中東選手向けの食事を出し、桜では欧米選手向けのメニューが多かった。

 「『コカ・コーラ』、『ファンタ』を運んで行って、食堂に補充するのですが、なにしろ飲む量がすごかった。選手のみなさんはスポーツ選手です。しかも体格がいい。僕は身長165センチで、当時の日本人としては背は低い方ではなかった。ところが、バスケットの選手ときたら2メートル以上の人がうろうろしているんです。

 製品を積んで運ぶルートトラックに『コカ・コーラ』や『ファンタ』を載せていたのですが、選手村の食堂前に止めておいたら、通りがかりのバスケット選手がてっぺんに積んであった瓶を抜き取って飲んでしまった。フリードリンクだからかまわないのですが、それにしてもびっくりです」

取材を受ける佐藤清昭さん

 

 

東京オリンピックのアルバイト料、日給450円也

 佐藤が選手村食堂に製品を運搬したのは、開会前の9月末頃から選手村が閉鎖された10月の末頃までである。勤務は午前8時から午後5時。日給は400円から450円。大学の学生食堂でラーメン一杯が50円、公務員初任給(大学卒)が19,100円(*3)だったから、アルバイトの報酬としては悪くはなかった。

 佐藤は続ける。

 「いろいろな思い出があります。『コカ・コーラ』は選手村で人気でしたけれど、フランスの選手だけはあまり飲まなかった。彼らはプライドがあるのか、アメリカ製品よりも自国のミネラルウォーターを飲んでいたんだと思います。

 仕事の合間には選手村を探訪しました。ケニアの選手と親しくなって、部屋に招待されたこともあります。『さくらさくら』の歌を教えて、一緒に歌った思い出もあります。嬉しかったのは選手村の富士食堂で食事したこと。なんといってもホテルのシェフがつくった料理でしょう。学生にとってはご馳走ですよ。あれはおいしかった」

佐藤さんの選手村への通門証。
当時の他の写真とともに丁寧にアルバムに保管されていた

 

 オリンピックが終わり、佐藤は大学に戻った。そして、翌年、入社。

 「入社してから数年は『コカ・コーラ』の売れ行きが倍々ゲームどころか、グラフの線が直角に伸びていく勢いだった。仕事は終わらないし、終わったとしても疲れ果てて寝るしかなかった。他社に比べて高給でしたから、同期には20歳代で都内に家を建てた人間がいます。忙しかったけれど、いい時代でした」

 あの時代の日本のキーワードは、進歩と成長だった。新しい製品は進歩の時代にぴったりだ。「コカ・コーラ」もまた進歩の象徴として消費者に歓迎されたのだろう。

*1 コカ・コーラシステム:原液の供給と、製品の企画開発・マーケティングを担う日本コカ・コーラと、
製品の製造、販売などを担うボトラー社、および、関連会社で構成されるシステムのこと。
*2 東京コカ・コーラボトリング:現コカ・コーラ ボトラーズジャパン
*3 出典:『続・値段の明治 大正 昭和 風俗史』週刊朝日編(朝日新聞社/1981)

水野勝文さん(写真左)と佐藤清昭さん。
代々木公園内のオリンピック記念宿舎前で(旧オランダ宿舎)

 

みずの・かつふみ / 早稲田大学を卒業後、1963年に日本コカ・コーラに入社。市場開拓担当だった東京オリンピック当時は、各競技会場で「コカ・コーラ」の販売をしていた。

さとう・きよあき / 法政大学を卒業後、1965年に東京コカ・コーラボトリングに入社。まだ学生だった東京オリンピック当時は、アルバイトとして選手村への飲料配達を手伝っていた。

<著者プロフィール>
のじ・つねよし / 1957年東京生まれ。早稲田大学卒業。出版社勤務などを経てノンフィクション作家に。著書に『キャンティ物語』『食の達人達』『高倉健インタヴューズ』『プロフェッショナルサービスマン』などがある。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。

*連載「東京オリンピックと『コカ・コーラ』」
第1回 映画『東京オリンピック』が写したものと映したもの
第2回 コカ・コーラシステム社員たちのオリンピック 前篇