文=ジェイ・モイエ


ニューヨーク市にある広大な公園、フラッシング・メドウズ・コロナ・パークは、
1939年と1964年の2回、ニューヨーク万博が開催された場所です。
この公園で昨年、ニューヨーク万博の50周年と75周年を記念するイベントが開かれました。
記念イベントでは往年の万博の様子が再現され、
楽しさ溢れる1日となりました。



■1939年万博:「コカ・コーラ」で世界を爽快に

過去2回のニューヨーク万博はあわせて9500万人以上の来場者を数え、そこでは「コカ・コーラ」も大きな役割を果たしました。1939年万博は、「明日の世界」というテーマを掲げた初の未来志向の万博でした。コカ・コーラ社はその会場に、1分間で100本のボトル詰めを行う最新のボトリング機械を設置し、来場者ののどを潤しました。

ザ コカ・コーラ カンパニー(米国本社)で「コカ・コーラ」のアーカイブを担当するテッド・ライアンは、当時の様子を次のように説明します。

「会場には、『コカ・コーラ』のソーダファウンテンと長さ24メートルのカウンターが設置されました。その上には、世界中で『コカ・コーラ』が飲まれている様子を画いた立体壁画と、21枚の巨大な写真スライドが展示されました」

また、「世界中を爽快に」という題名の短編アニメが上映され、「コカ・コーラ」が世界各地で人気を博している様子を紹介しました。「このような光景を目にするのは、人々にとって初めての体験でした。短編アニメの実現は、コカ・コーラ社にとっても大きな投資でした」とライアンは語ります。
伝説の「ニューヨーク万博」で
コカ・コーラ社が描いた未来って何だ?
Slideshow: Revisiting Coke's Presence at the 1939 and 1964 World's Fairs in New York
上の画像クリックで、1939年、1964年のニューヨーク万博の画像がご覧いただけます。※英文のみ


■1964年万博:「コカ・コーラ」が再び世界を爽快にする

ニューヨークで2回目に開かれた1964年の万博では、コカ・コーラ社はフラッシング・メドウズ・コロナ・パークに企業パビリオンを建設しました。「さわやかな世界」と名付けられたこのパビリオンでは、世界最大の電気カリヨンを納めた高さ37メートルのタワーから、アメリカ第2の国歌とも呼ばれる「アメリカ・ザ・ビューティフル」のメロディが流れました。カリヨンは600以上の鐘が組み合わさった特殊な楽器で、その演奏のために、世界中から著名なカリヨン奏者が招かれました(このカリヨンは万博の後、ジョージア州のストーン・マウンテン・パークに寄贈されています)。

コカ・コーラ社のパビリオンで、各種の清涼飲料がふるまわれたのは言うまでもありません。それだけでなく、パビリオンには軍関係者のためのラウンジや、アメリカン・ラジオ・リレー・リーグ(アマチュア無線の連合組織)が運営するラジオ局も設置され、毎日番組が放送されていたのです。

1964年ニューヨーク万博の期間中、「さわやかな世界」の来館者数は1日平均2万4000人にもなりました。そのときのパビリオンの目玉は「世界の休日」というアトラクションで、香港、インドのタージ・マハール、ドイツのバイエルン地方、カンボジア、ブラジルのリオデジャネイロという、有名な5つの旅行先へのバーチャルツアーが体験できる豪華な内容でした。

「このアトラクションでは、まるでディズニーワールドを訪れるかのような体験を得ることができました。立体壁画などで各地の風景が精巧に再現され、人々はカンボジアの熱帯雨林やバイエルンの山中にいるような気分を楽しんだことでしょう」とライアンは解説します。


■「コカ・コーラ」、ミラノ万博で世界を爽快にしている真っ最中

20世紀初頭から多くの博覧会に参加してきたコカ・コーラ社ですが、公式記録上の国際博覧会への参加は、「進歩の1世紀」をテーマとした1933年のシカゴ万博です。このときコカ・コーラ社は、シロップと炭酸水を混ぜ合わせて「コカ・コーラ」として提供する機械「ディスペンサー」を世界に初披露しました。

「いつの時代も、『コカ・コーラ』は人々が集まるイベントに自然に溶け込んできました。もちろん、万博もその一つです」とライアンは言います。

コカ・コーラ社は現在、2015年のミラノ万博に出展しています。