もはや日本は、その技術力だけでは世界で勝てない。
技術力を活かしたイノベーションが、世界で勝つための鍵になる。
発想の転換により社会問題への解決策を提示したピークシフト自販機などを事例に、
米倉誠一郎がイノベーションの本質を語る。

文=星野貴彦
写真=間仲宇


音楽の聴き方を変えた「ウォークマン」

 イノベーションのことを日本語では「技術革新」と訳してきました。しかしこの訳語はイノベーションのごく一面しか捉えていません。なぜならイノベーションの本質とは、新しい価値をつくることだからです。たとえば、ソニーの「ウォークマン」という製品。カセットプレイヤーとヘッドフォンを組み合わせただけのもので、再生専用でした。そこには何ら新しい技術は使われておらず、僕自身、友人の買ってきたウォークマンを初めて見たときも、「録音のできないテープレコーダーなんて意味がないよ」と言ったくらいでした。ところが、実際にそれを使用したとき、それはそれは大きな衝撃を受けました。音楽を聴きながら外を歩く。それは僕にとってまったく新しい体験で、僕の音楽の聴き方や概念そのものを変えてしまったのです。まさにウォークマンは、僕のライフスタイルに対して、まったく新しい価値をつくったわけです。


米倉誠一郎が語る
「ピークシフト自販機とイノベーション」

音楽の楽しさを再発見した「iPod

 アップルの「iPod」も同様です。テープがハードディスクになっただけで、特別新しいチップを開発したわけでも、特別新しいソフトをつくったわけでもありません。でもiPodは、世界中の人たちの音楽との向き合い方そのものを変えてしまった。米国の友人は、iPodが成しえたことを「re-discovery of joy of music(音楽の楽しさの再発見)」だと言いました。自分のポケットの中に1万曲もの音楽を持って歩くことができる。次に何が出てくるのか分からないシャッフル再生ができる。それまでの音楽は、レコードやCDといった製品パッケージに縛られていました。それはすなわちどの曲を、どの順番で聴くかという曲順の編集権は制作側にあったのです。しかし、iPodはそれをコンシューマー(消費者)に開放しました。ウォークマンとは違う形で、音楽の聴き方に新しい価値をつくることになったわけです。


米倉誠一郎が語る
「ピークシフト自販機とイノベーション」

「性能が良いのに売れない」のジレンマ

 そのような視点で見たときに、日本コカ・コーラの「ピークシフト自販機」は、自動販売機の価値の再発見だと思いました。自動販売機の冷却の対象であるはずの飲料を「冷却材」として捉え直せば、最大16時間冷却のための電力使用を停止することができ、夏の消費電力の95%削減※ができると考え、それを達成してしまったわけですから。

 日本の製造業の技術者たちは、よく、「うちの製品はこんなに性能が良いのに、なぜ売れないのか」とボヤきます。答えは簡単です。製品が良くないから売れないのです。製品が良いか悪いかを決めるのは、技術者ではなく消費者です。売れるものは良い、売れないものは良くない。ウォークマンやiPodやピークシフト自販機の事例を見ても分かるように、イノベーションは必ずしも派手な技術革新からもたらされるのではありません。既に見慣れたものを、発想の転換によって異なる角度から新しく見直して、そのうえで消費者のニーズをいかに捉えるか。そのようにして初めてイノベーションにつながるのです。

 僕は『経営革命の構造』(岩波新書)という本のなかで、「革命的なアイデアとは、必ず突出した個人の努力や失敗に基づいている」と書きました。イノベーションを生むのは不均衡であり個人の「突出」なのです。突出や行き過ぎが均衡を崩すと、それを埋めようと追随する動きが広がり、結果的に想定を上回る市場拡大が起きる。優れたイノベーションとは、まさに周囲を巻き込みながら、ライフスタイルをも変えてしまう力があるのです。

 いまこそ日本には、このイノベーションが必要でしょう。イノベーションを生み出す基盤となる技術力は、もう充分にある。その技術力をどのように編集し、どのタイミングで製品化し、どの市場に投下するか。社会的な課題解決に対して貢献したいという確かなビジョンとともに、イノベーションによって新しい価値を創造し、私たちの生活をより良いものにしていくことこそが、これからの日本を明るく照らすのではないでしょうか。

*従来機比で夏の日中に使用する消費電力を95%削減


プロフィール

よねくら・せいいちろう/一橋大学イノベーション研究センター教授。南ア・プレトリア大学GIBS日本研究センター所長
。研究分野:経営史・イノベーション史
。1953年東京生まれ。1977、1979年一橋大学社会学部・経済学部卒業。
1981年同大学大学院社会学研究科修士課程修了。
1990年ハーバード大学歴史学博士号取得。
1995年一橋大学商学部産業経営研究所教授、1997年より同大学イノベーション研究センター教授。現在、イノベーションを核とした企業の経営戦略と発展プロセス、組織の史的研究を専門とし、『一橋ビジネスレビュー』編集委員長、六本木アカデミーヒルズにおける社会人のための日本元気塾塾長も務める。