B級グッズのコレクターとしても知られる経済アナリストの森永卓郎さん。本業も趣味もハッピーに両立させてしまう秘密は何なのか? 学生時代、日本コカ・コーラボトラーズ育英会(現:コカ・コーラ教育・環境財団)の奨学生でもあった森永さんに、当時の思い出を語ってもらった。


──今日は2014年10月にオープンしたばかりの個人博物館「B宝館」(埼玉県所沢市)にお邪魔させてもらっていますが、アニメキャラクターのグッズからお菓子の箱まで、よくこれだけの数を集めましたね。

森永:所蔵数は約10万点あります。東京国立博物館よりも多いんですよ(笑)。自宅に置いていた時は、妻に「ゴミと区別がつかない」なんて言われていましたけど、今は旅行に行くと「これまだ置いていないんじゃない?」といっしょに探してくれます。

──いつから集めるようになったのですか?

森永:大学4年生の時に、友達と3人で1ヵ月間のアメリカ旅行に出掛けました。長距離バスに乗ったりモーテルに泊まったりという貧乏旅行です。その時に飲んだ「コカ・コーラ」の缶が日本のものと少し違っていて、ちょっと面白いなと思って持ち帰ったんです。それがコレクター人生の始まりでしたね。社会人になってからも、海外出張に出掛けるたびに現地の「コカ・コーラ」缶を持ち帰るようになりました。アルミ製の缶はちょっとした衝撃で凹んでしまうので、スーツケースに詰めるだけでも一苦労でしたよ。缶を心配する僕の様子が怪しかったのか、空港で取り調べを受けたこともあります(笑)。

コカ・コーラ缶のコレクションの前で語る
コカ・コーラ缶のコレクションの前で語る

──多くの収集品がある中で、「コカ・コーラ」缶が最初の一品になったのはなぜでしょう?

森永:学生時代にコカ・コーラの奨学金をもらっていたことが影響していると思います。奨学金をもらうようになってから、僕は常にコカ・コーラとのつながりを感じていましたから。月に1万円という額ですが、固定で入ってくるというのは大きな安心感がありました。当時は今よりも国立大学の学費が安くて、奨学金で学費を払えばお釣りが来るくらいだったんですよ。父の会社が経営危機に陥っていた頃だったので、本当に助かりました。夏休みなどに家庭教師のアルバイトをしていましたけど、学期中は大学の勉強に集中することができました。

──学生時代は、将来どんな仕事に就きたいと思っていましたか?

森永:僕が子どもの頃、世の中の大きな関心事といえば公害問題でした。僕も関心があって「いつか環境対策エンジンをつくりたい」と思っていました。それで理数系科目を選択して大学に進みましたが、教授から「高校で教えている電子軌道の話は嘘だ」と言われてショックを受けてしまい……。それだけならまだしも、教授から説明された理論が生理的に受け付けられなかった(笑)。結局、経済学部に転部しましたが、環境問題には関わりたかったので、エネルギー需給の研究をしました。大学卒業後は企業の研究員として、主に経済や収入の格差の研究に取り組むようになりました。出向や転職で転々としますが、その研究は今日に至るまで続いています。

学生時代の森永さん(ご本人提供)
学生時代の森永さん(ご本人提供)