日本全国に約98万台あるコカ・コーラ自動販売機。その“生みの親”はいったいどんな人物なのか。ユニークなアイデアを次々に生み出し、さらに環境に配慮した自動販売機をつくり続ける、日本コカ・コーラ、ベンディング事業部の中里泰雄に話を聞いた。


街に置かれた自動販売機をじっくりと見たことがある人は、それほど多くはないだろう。
ただ、実際にコカ・コーラ自動販売機を観察してみると、いろいろなアイデアが凝らされていることに気が付く。平面的かと思いきや立体的なデザインになっていたり、電子マネーが使えたり、ポーラーベア(白熊)のフキダシのメッセージにいろんなパターンがあったり。さらに機種によっては、47インチの大型液晶タッチパネルが搭載されているものもある。スマホを持っていればAR(拡張現実)も楽しめるのだという(※)。
そうすると、ふと疑問が湧いてくる。「いったいどんな人が、このような“仕掛け”を考えているのだろうか?」と。
というわけで、コカ・コーラ自動販売機開発のキーマンに会いに行ってみた。そうしたら、ユニークな自動販売機のイメージにぴったりの人物が現れた。
白い髭を蓄え、いつでもニコニコと穏やかな笑みをたたえている紳士、ベンディング(自動販売機)事業部の中里泰雄だ。現在は、自動販売機の企画を考えるグループのマネジャーを務めている。
中里に自動販売機のことを聞くと、ネタが豊富で話が止まらない。いったいどのような基準で新しい自動販売機像を描いているのか。
ベンディング事業部の中里泰雄
ベンディング事業部の中里泰雄

「自分が好きになれて、その自動販売機で清涼飲料を買うだろうか、ということですね」
お客様目線に立ち、その製品が好きだと思えるか、欲しいと思えるか。どうやら「好き」が中里の仕事の原動力となる重要なキーワードでもあるようだ。
「好き」という感覚を大事にしているのは、中里自身、入社するずっと前から無類の「コカ・コーラ」好きであるからだという。好きこそ物の上手なれとはいうが、アイデアを次々と生み出すことができるのも、常に「コカ・コーラ」のことを考えていられるからに違いない。
いかに「コカ・コーラ」が好きなのかを物語る、こんなエピソードがある。
小学校低学年の頃、父親の仕事の関係で東南アジアのシンガポールに住んでいた中里は、帰国して「コカ・コーラ」の瓶の表記が国によって違うということを発見する。
世界共通だと思っていた「コカ・コーラ」に、実は地域性があったのだった。さらに、日本国内だけで見ても地方色があるということを知ると、ますます興味を抱かずにはいられなかった。
「いても立ってもいられず、中学1年生の夏休みにアポなしで日本コカ・コーラを訪問したんです。どうしてもいろいろと話を聞きたくなってしまって。さらにその年の冬休みには、たった一人で夜行列車の『あずさ号』に乗り、木曽地方だけでテスト販売された350mlリターナブル瓶を買いに行きました。途中、雪が降りだして、とても寒かったのを覚えています。東京では母が毛布を持って迎えに来てくれました」
高校時代には「コカ・コーラ」の全国的なファンクラブの副会長を務め、大学時代にはCMのオーディションを受けて見事出演を勝ち取ったこともある。そんな経歴で入社まで果たしているのだから、「コカ・コーラ」が最も好きな日本人といっても過言ではないくらいだ。
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