森林が水を育むというのはよく知られたお話。しかし、意外な場所にも水を涵養する機能があった。製品の製造に使った水と同じ量の水を自然に還元することを約束しているコカ・コーラシステム。そのコカ・コーラシステムと水資源涵養で協働する、“地元愛”にあふれる兼業農家を訪ねた。

その男性は農家に生まれながら、米づくりに興味がなかった。ところが、初めて自分でつくった米を口にした瞬間、心の中で思わずこう叫んだ。

「こんなに近くにあったものなのに、今までどうして気がつかなかったんだ……!」

子どもの頃からずっと同じ米を食べてきたはずだった。しかしその存在はあまりにも身近で、考えたことさえなかった。この米が、いかにおいしいかということを。そして、自分がどれほど恵まれた場所にいるかということを――。
神奈川県海老名市で代々続く農家の長男として生まれ育った塩脇和弘さんは、本業を持ちながら農業を営む、いわゆる兼業農家だ。農業を始めたのは20歳代後半のこと。それまで、農家を継ぐつもりは全くなかったという。

「子どもの頃は作物を育てることに関心がなかったので、親の仕事を手伝ったこともほとんどありませんでした。耕運機に乗りたくて、それを使う時だけは自分も参加していましたけどね」

自分も農業を始めよう。そう思うようになったきっかけは、“地元愛”だった。

「仕事を通じて、地元の農家や酒蔵で働く人たちと接する機会が増えました。みなさんと接しているうちに、“自分もこの人たちといっしょに地元で頑張りたい”という気持ちが芽生えてきたんです」

海老名市は交通の便がよく、1時間もあれば東京や横浜に出ることができる。その“出やすさ”ゆえに、地元に残って働く人が少ないのだという。だからこそ、そんな中でも地元のために頑張っている人たちが、塩脇さんの目には輝いて見えた。自分にも何かできないか――。

考えた末に浮かんだのが、自分が生まれた時から最も近くにある農業だった。
その日から、塩脇さんは兼業農家として二足のわらじを履くことになる。
ただし、塩脇さんの本業は農業と無関係ではない。むしろ農業そのものともいえるほど、密接に関わる仕事だ。

『神奈川県相模川左岸土地改良区 技師』

塩脇さんの名刺にはそのような肩書きがある。
土地改良区とは、土地改良法によって認められた法人で、日本各地の農業の基盤整備や開発を行う組織である。現在、全国には4871の土地改良区があり、塩脇さんの勤める相模川左岸土地改良区は1930年以降、海老名市など5市1町の相模川左岸地区一帯の農地を開発し、保守してきた。塩脇さんの技師としての仕事は主に、用水路の管理である。

相模川左岸土地改良区の施設の一部

相模川左岸土地改良区の施設の一部2
相模川左岸土地改良区の施設の一部

兼業農家になったことで、本業における意識も変わった塩脇さんは、“過去の自分”をこう振り返る。

「自分は川から水を取って、用水路に流すことだけをやっていればいい。そう考えていました」

水を流すだけ、と簡単にはいうものの、責任重大な仕事である。もし用水路に水が流れなければ、作物は何も育たない。土地改良区の技師は、その地域一帯の農家の運命を握っているようなものなのだ。さらにいえば、川から取れる水の量は法律で決まっているので、その調整にも専門知識と経験が必要になってくる。水は限られた貴重な資源だから、必要だからといって、好きな時に好きなだけ取っていいわけではない。自分の田んぼにだけ水を引き入れる「我田引水」も禁物で、そうならないよう、塩脇さんが農家間の調整役を果たすこともある。

住宅街を流れる豊かな水
住宅街を流れる豊かな水

ではいったい、当時の塩脇さんには何が足りなかったというのか。