「水が大切なものということは、頭では分かっていたつもりでした。でも実感が全くなかったんだと思います。地球レベルでいわれていることだから想像もしにくい。でも自分で農業を始めてみると、水の大切さが本当によく分かりました。水がないと、作物は何も育たない。作物は体に入るものだから、それを育てる水はきれいでないといけない。農業を始めてから、それが実感できるようになって、用水路の管理についても考え方が変わりました」

農業を始めてからは、水路ウォーキングや田んぼの生き物調査といったイベント、そして、冬期通水、冬期湛水(たんすい)といった新しい取り組みにも、積極的に関わるようになった。
冬期通水とは、稲作を行わない時期に用水路に水を流すことをいう。水の流れが止まると水質が悪くなり、ゴミなども溜まりやすい。水の流れをつくることで、水質を改善していくのだ。
冬期湛水とは、冬の間に水田に水を入れることをいう。これを行うことにより、稲わらの分解が促進されて土壌の質が良くなったり、除草効果が現れたりといった農業的なメリットがある。それだけではない。水があればそこに生物がすみつき、水鳥たちの休息地にもなる。環境面でのメリットも多くあるのだ。

冬期湛水にはもう一つ、目に見えない大きなメリットがある。それは地下水の涵養(かんよう)にも役立つということだ。

「冬期湛水を始めて5年ほど経った頃だと記憶しています。日本コカ・コーラの方が冬期湛水に興味を持って私たちを訪ねてきたんです。こちらからは冬期湛水の取り組みを説明する一方、日本コカ・コーラの方からは冬期湛水が地下水の涵養にも役立っているということを教えてもらいました。実はそれまで私は、水の循環といっても用水路の経路しか見ていませんでした。でもそれ以来、地下も含めた循環を意識するようになりました」

水田に水を張ると、その水が地面に浸透していき、地下水となる。日本の水田は豊富な地下水をもたらす役割も果たしてきたが、近年は水田そのものが減ってきている。住宅地の増えた相模川左岸地区も、土地改良区が発足した昭和初期に比べて、3分の1にまで減っているという。残された水田には、この地域の地下水を守るという大きな使命もあった。
コカ・コーライーストジャパンプロダクツの海老名工場は、この地区の地下水から清涼飲料をつくっており、その意味では、コカ・コーラシステムと相模川左岸土地改良区とは「同じ地下水を守る仲間」だ。この日から両者の交流が始まり、今では共同で地下水の涵養活動をしたり、地域イベントを開いたりしているという。

「地下水がない場所では稲作ができません。この土地でおいしいお米をつくることができるのは、良質な地下水が豊富にあるおかげです。私はそれが当たり前だと思っていましたが、自分が農業を始めたこと、そして地域の人々との交流を通して、それがとても貴重なことなんだと気づかされました」

コカ・コーライーストジャパンプロダクツ(株) 海老名工場
コカ・コーライーストジャパンプロダクツ(株) 海老名工場

この土地でつくられる米は市場に流通するほか、県内の学校給食にも使われている。そして米からつくられる地酒は海外に出荷されるなど、人気も高い。
自分たちに豊かな恵みをもたらしてくれる水を守るために、塩脇さんは仲間たちとともに水質と地下水量の保全に取り組んでいる。塩脇さんはこう語る。

「今ある田んぼや自然は、私たちの先祖が、次の世代が大切に使えるようにと残してくれたものです。見方を変えれば、今ある自然は“未来の子孫たちからの預かり物”。私たちは未来の子孫たちから預かったこの土地を、しっかり守らなくてはいけない」

大きなことをやろうとしているのではない。塩脇さんは、「その地域で当たり前にやってきたことを当たり前にやるだけ」と語った。 田植えの季節になると、この地域の田んぼに一斉に水が入る。キラキラと光を反射する水田に、小さな稲穂が整然と並ぶ。それを眺めるのが、塩脇さんにとって毎年恒例の楽しみとなっている。

「秋の実りを想像しながら地酒を飲む。これがまた、たまらなくおいしいんですよ」

塩脇さんはこれからも、当たり前のことをしながら、当たり前にあるものを守り続けるだろう。
プロフィール

しおわき・かずひろ/1973年神奈川県海老名市生まれ。94年より神奈川県相模川左岸土地改良区に勤務。2002年から兼業農家として稲作を始める。