2015年11月7日、日本コカ・コーラ株式会社の渡邉和史は、日本で初めての「Olympic Moves」が開催された福島県の中学校体育館にいた。身体能力や運動経験によらない競技に次第に引き込まれ、笑顔をはじけさせる生徒たちを見て、渡邉は活動の意義を実感していた。2015年12月には東京都東久留米市でも実施。今後2年をかけて、都内の公立中学校を回る予定だ。
朝、通勤前に数キロ走る。みんなより一足先にスタートを切って、今日をどんな1日にしようかと考える充実感。子どもの頃から野球、サッカー、ラクロスと、常にスポーツに親しんできた渡邉和史にとって、スポーツは自身が楽しむものであるのと同時に、常に「ツール」だった。

「私生活では、心身のリフレッシュのため。ビジネスでは、日本の文化を世界に発信するためのものが、私にとってのスポーツです」

日米を行き来しながら育った渡邉は、アメリカでの高校時代に、ちょっとしたアイデンティティ・ロスを経験する。日本もアメリカも十分理解している。けれど、当事者として生き、何かを発信するなら……。突き詰めて考えた時、「やはり自分は日本人なんだと感じました」。

日本の大学に進学し、スポーツを通じて日本への理解を促進できることをテーマに就職活動をした。その後、広告代理店に入社し、自動車会社の南米マーケティング担当に。大きなプロジェクトの一つが、サッカーを通じて会社の好感度を上げること、良き企業市民と認められること。まさに望み通りの仕事であり、天職だと感じた。

南米で確かな実績を築き、仕事が楽しくてしかたない時に、ヘッドハンティングの声がかかった。その誘いを受け、渡邉はFIFA(国際サッカー連盟)に転職。2002 FIFAワールドカップ(2002年日韓大会)では、日本人がスポーツのビッグイベントで外国人をもてなす、日本人再度の最前線に立った。スポーツの影響力を常に目の当たりにし、そのパワーを最大限活用する仕事をし続けてきた渡邉に、日本コカ・コーラで働くチャンスが訪れる。 「オリンピックやFIFAワールドカップのトップスポンサーをつとめるコカ・コーラで、スポーツマーケティングの仕事ができるなんて、これほどうれしいことはない」

渡邉は、迷うことなく飛び込んだ。最初に手がけたビッグプロジェクトは、「アクエリアス」のキャンペーン広告。スポーツ選手やチームのスポンサード契約、製品プロモーション、イベント企画など、日本コカ・コーラとスポーツのつながりを活用して、仕事という名のピッチを縦横無尽に走り回った。

そして入社3年目、さらなるビッグチャンスが訪れる。2013年9月8日早朝、オリンピック・パラリンピックの東京開催が決定。渡邉は再び、今度はスポンサーの立場で、日本が世界中の人びとにスポーツの情報を発信する現場の中心に立つことになったのだ。

東京開催が近づくにつれて、日本でも数々のイベントが行われることになった。中でもコカ・コーラシステムがオリンピック・ムーブメントを牽引する役割を果たすためのアクションの一つが、今、渡邉のチームが注力する「Olympic Moves(オリンピック ムーブス)」だ。

東京オリンピック・パラリンピック組織委員会 スポーツディレクターの室伏広治さんがゲストに参加

東京オリンピック・パラリンピック組織委員会 スポーツディレクターの室伏広治さんがゲストに参加


2003 年にオランダで始まり、すでに世界各国で導入されているこのプロジェクトは、IOC(国際オリンピック委員会)と、ザ コカ・コーラ カンパニー(米国本社)が共同で展開するグローバルプログラム。今、いずれの国々でも、一部の子ども以外は運動の機会が少ないという現状がある。そこで、世界100ヵ国を超える国々で人々が健康的にカラダを動かす機会を提供し、スポーツイベントを支援するザ コカ・コーラ カンパニーが、スポーツを誰にとっても身近なものにするための活動の一環として発案した。

公立の中学校、高校が参加し、種目はオリンピックと同じ。予選を勝ち抜いたチームが年に1度の大会でぶつかり合う。実施国では、オリンピックや甲子園のようなスポーツの祭典として認知され、若者への運動機会の提供に成果を上げている。