男性81.25年、女性87.32年。健康に関心が高い人は、この数字が日本人の平均寿命だとすぐに気づくだろう。超高齢化社会が進む中、重要なのは健康寿命を長くすること。そのためには身体を動かす方がいいと気づいていても、具体的になぜいいのかは答えられないという人も多いのではないだろうか。そこで、福岡大学 医学部内分泌・糖尿病内科准教授でスポーツドクターの野見山崇先生に「スポーツをした方がいい本当の理由」を教えてもらった。


筋肉が秘める大きな可能性

「糖尿病を始め、生活習慣病はスポーツで予防や改善が期待できることは多くの方がご存知でしょう。しかし、最近ではそれ以外に、認知症やがんなど、現代病の多くがスポーツで予防もしくは進行抑制できる可能性がわかっています」 生活習慣病の一つである糖尿病を専門とする野見山崇先生は、そう語る。しかし、なぜスポーツでさまざまな病気を予防したり、進行を抑制できるのだろうか。そのカギを握るのも、筋肉なのだという。「これまで、筋肉の機能は身体を動かすことと、体温を維持するための熱源くらいだと考えられていました。しかし、最近になって筋肉を動かすことでマイオカインが分泌されることがわかり、内分泌臓器としての筋肉に注目が集まっています」 マイオカインとは筋肉から分泌される生理活性物質の総称で、さまざまな種類があるという。「このマイオカインが認知機能を改善してくれる可能性が報告されています。実際に、認知症予備軍の人への調査では、ただクイズをやるより、運動をしながらクイズをした方が、認知機能の悪化を抑制できることもわかっています。それだけではありません。さまざまな生活習慣病の予防や改善にも、筋肉が重要な役割を果たしています。その代表と言えるのが、私の専門である糖尿病です」 糖尿病は、インスリンの分泌や働きが低下して引き起こされる疾患だ。そして、運動不足や身体活動の低下はインスリンの感受性を下げてしまう。「インスリンの分泌量は同じでも、運動している人は効率よく血糖値を下げられますが、運動していない人は効率よく血糖値を下げることができず、相対的な高血糖に陥りやすいもの。しかし、身体を動かすことで筋肉からマイオカインが分泌されることなどにより、インスリンが効率よく働きます。親が糖尿病だと子供も糖尿病になりやすいのですが、筋肉を鍛えることで、予防や進行を抑制できるのです」


 

生活習慣病から筋肉で身体を守る

さらに、生活習慣病としてとらえられ始めたがんの予防においても、筋肉は大きな役割を担っているという。「肥満や糖尿病は大腸がんや肝臓がん、膵臓がんのリスクを高めます。脂肪細胞が蓄積すると、がんを促進する物質が分泌されるほか、脂肪細胞が蓄積すると炎症が起こり、酸化ストレスによってがん化が促進されるのです。一方、運動習慣にはがん予防の期待がかかっています。B型肝炎やC型肝炎が薬で治るようになったため、肝臓がんの主な原因となるのは脂肪肝です。世界中で禁煙が進んでいますし、喫煙が原因のがんも減るでしょう。一方、増えると予想されるのが、肥満や糖尿病によるがん。そのため、がんも生活習慣病の一つととらえられているのです。若いうちから身体を動かして肥満を防ぐことが大切です」 せっかく身体を動かしても、消費エネルギー量より食事による摂取エネルギー量が上回ってしまえば太ってしまうと野見山先生は指摘する。「量とともに気をつけていただきたいのが、食事の内容です。野菜や果物は太らないと思っている人も多いのですが、ジャガイモやかぼちゃは糖質の塊ですし、アボカドは脂質の塊。果物や飴にも糖質が含まれています。肥満の方は、運動とともに食事制限を行って、摂取エネルギー量と消費エネルギー量のバランスを取ってください」。


 

若い女性にも増えている筋肉の低下

肥満を解消することは重要だが、痩せていればいいというわけではないようだ。というのも、歳を重ねると加齢によって筋肉が衰える「サルコペニア」になりやすい。そのため、若い頃からスポーツなどで筋肉を鍛えることが重要なのだ。 「ところが、最近では高齢者だけでなく、若い女性の間でもサルコペニアが増えています。太りたくないからと十分な食事を摂らない、日焼けしないよう日光を避けてビタミンDが不足している、運動不足で筋肉が十分でない、といったことが原因として挙げられます」 サルコペニアかどうか見極める、簡単な方法があるという。まず、左右の親指と人差し指で輪を作る。それを足首に通し、そのまま引き上げていく。手で作った輪が膝の手前で引っかかれば、筋肉が十分にある証拠。しかし、輪が途中で引っかからずに膝まで通ったら、筋肉が低下しているサルコペニアの可能性が高いと言えるという。「膝まで輪が通るようなら、ぜひ身体を動かして筋力をつけましょう。ただし、この方法はあくまでも目安なので、気になる方は医師の診断を受けてください。さて、サルコペニアのまま歳をとると、骨粗鬆症や寝たきりになる恐れがあります。若いうちは筋肉量が少なくてもインスリンが分泌されますが、そのまま高齢になるとインスリンの分泌が減り、インスリンに対する反応も悪くなることで、糖尿病をはじめとした生活習慣病のリスクも高まります。筋肉を増やすことで心臓の負荷を減らすこともできますし、筋肉を鍛えることはとても重要なのです」 例えば、電車を待っている間に踵を上げ下げしたり、椅子に座っている時に足を上げ下げするだけでも、筋肉を鍛えることができるという。「ただ筋肉を鍛えるだけではモチベーションが維持できない人もいるかもしれません。そんな方は、ぜひスポーツを始めてみてください。運動とは単なる身体活動ですが、喜びや感動を生むスポーツは一つの文化です。また、スポーツは、今の時代に必要なコミュニケーション能力や人との連携を強くしてくれるはず」実際に自分でやる人だけでなく、見ている人にも感動を与え、生活を豊かにしてくれるスポーツ。楽しみながら身体を動かすことで生活習慣病を予防し、より健康な身体を目指そう。

プロフィール

野見山崇先生
福岡大学医学部内分泌・糖尿病内科 准教授。福岡大学基盤研究機関膵島研究所長。1995年に順天大学医学部医学科を卒業し、2002年に順天堂大学大学院医学研究科(博士課程)内科学・代謝内分泌講座 修了。日本スポーツ協会公認スポーツドクター。剣道錬士六段。


参考資料/
厚生労働省 平成30年簡易生命表の概況

https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/life18/index.html

https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/life18/dl/life18-15.pdf