2017年3月に開催された「第2回 5by20(ファイブ・バイ・トゥウェンティ)女性起業家支援シンポジウム」で、朝山あつこさんは、参加者の視線を一身に集めながら起業の魅力を語った。現在の彼女はNPO法人キーパーソン21の代表理事だが、起業するまでは3人の子育てに奔走する専業主婦だった。彼女を起業に駆り立てたものは、いったい何だったのか。

 四十にして惑わず──。ごく普通の専業主婦だった朝山あつこさんは、40歳の誕生日にその後の人生を大きく変える決断をした。「日本中のすべての子どもたちが、自分が将来働く姿を思い描きながら活き活きと毎日を過ごすような社会にしたい」。一人の主婦が掲げるにはいささか大きすぎる目標に向かって歩み始めたのは、身近な場所で起こったある出来事がきっかけだった。
「今から20年近く前のことです。長男が通っていた中学校で、学級崩壊がありました。真面目に授業を受けたい生徒もいるのに、一部の生徒が騒いでいて全く授業にならない。ついには長男が、『高校には進学しない。別にやりたいこともない』と言い出しました。専業主婦であり母親である私の仕事はただ一つ、子どもを育てることだけです。ただ、高校に行かないとなると、それは自立することを意味するので私の役割は終わります。そこで、『自立できるというならこの家から旅立ってもらうけど、どうする?』と問いかけて、彼に考える時間を与えました」  2日後、長男は朝山さんに「高校に行ってみたい」と申し出た。それは彼にとっての新たな一歩を意味した。高校に進学すると決めた彼は、夏休みになると塾に通い始め、教室以外の世界を知ることになる。 「勉強に取り組む同級生たちを見て、『塾で頑張っている人たちもいるのか』と気づいたようです。それまで教室という狭い世界しか見てこなかったから、学校生活はつまらないものだと思い込んでいても不思議はありません」

Print

「第2回5by20女性起業家支援シンポジウム」では、 多数の参加者が登壇者の話に熱心に聞き入った

 自分で主体的に考えるようになった長男はその後、目的意識を持って勉強に取り組むようになった。しかし当時の朝山さんは、自分の子どもが前向きに変わっただけで問題が解決したとは思えなかった。学級崩壊が社会問題化しているニュースを見て、日本中で同じことが起こっているのではないかと思い始めたのだ。
「私の息子のように、大人が関わり方を変えればやる気になる子どもはたくさんいるはず。そう思っていた時に、地元の川崎市が主催する女性起業家セミナーの存在を知り、参加してみることにしました。すでに起業している女性や、これから起業を目指そうとしている女性たちを目の当たりにして、私も息子と同じように驚きました。世の中には自分の知らないところで頑張っている人がたくさんいるんだ、と。息子の心配をしていた私自身が、外の世界を全く知らなかったのです」
 大人も子どもも、自分から外の世界に出ていかないと面白いことには出会えない。朝山さんは専業主婦という枠から飛び出してみて、初めてそう気づいたのだという。

Print

コカ・コーラシステムの5by20プロジェクトでは、2020年までに世界で500万人、
日本国内では7,500人の女性を支援する

ただ、外に出たからといって起業の道が用意されているわけではなかった。大学卒業後、すぐに結婚した朝山さんには仕事の経験も人脈もない。収支をプラスにするようなビジネスプランもない。あったのは、自分の思いついた社会変革をやり遂げたいという熱意だけ。そんな状態で2000年に立ち上げたのが、任意団体としてのキーパーソン21だった。 「ある日、一人の主婦が“そういうこと”に出会った。息子が『高校に行かない』と言わなかったら、私は起業をすることもなくそれまでの生活を続けていたと思います。最初は協力者もなく一人で思いたったことですが、自分のやろうとしていることを人前で話すと、いろいろな人たちが『手伝いたい』と言って力を貸してくれました」
 企業での実務経験が豊富な協力者たちが組織の土台づくりを進め、事業や組織の基礎を固めていく。一方朝山さんは、就業経験がないことを自分の強みととらえ、固定化されたキャリアに対する認識をゼロベースでとらえ直すことに終始した。
 2001年にNPO法人になったキーパーソン21はその後も子ども向けのキャリア教育事業を徐々に拡大させていく。その過程でユニークなキャリア教育プログラムが数多く誕生した。働く大人を学校の講師に招く「おもしろい仕事人がやってくる」。インタビューを通じて新聞記事をつくってもらう「かっこいいおとなニュース」。自分の好きなことが世の中の仕事につながっていることを発見する「すきなものビンゴ&お仕事マップ」など。子ども向けだけではなく、大人を対象とした教育研修、企業研修プログラムも生まれた。こうしたプログラムは当初、川崎市内の学校で提供されていたが、首都圏を中心に全国各地の学校や自治体、企業でも採用されるようになり、これまで延べ3万人以上の子どもと、5,000人以上の大人が受講している。

Print

キーパーソン21では、子どもたちへのプログラム実施や学習支援・居場所づくりのほか、
大人が子どもたちの成長を適切に支えるための研修や企業の教育CSR活動の支援なども行う

「すべてに共通するのは、自分を知るということと、社会を知るということです。業界や国の枠を越えていろいろな人と協働する時代に必要とされるのは、自分が何者であるかを語る力です。自分を知っているからこそ、社会の中で自分を活かせるようになるのです」
 とはいっても、自分を知るというのは簡単なことではない。大人でも難しいことなのに、どうやって子どもに自分を知ってもらうのだろうか。
「誰かに『こうあるべき』と言われた枠に収まっている時は、本当の自分ではありません。自分が素直に楽しいと思っている時、大切にしたいと思っていることに気づいた時に、本当の自分が見えてくるのだと思います。そういう時は心がわくわくして動き出さずにはいられませんよね。人間が能動的になるこの原動力を、私は『わくわくエンジン』と名付けました。それを見つけることができれば、自分のエネルギーをどこに向ければいいのかが分かり、自信を持って進みたい方向に進めるようになります。このわくわくエンジンはどんな人にも必ずあるもので、それを探すことが私たちのプログラムの根幹でもあります」

Print

女性起業家を支援するには、横のつながりを築き、課題や解決方法をシェアすることも大切──そんな考えのもと、
シンポジウムには交流会も設けられ、新たな出会いが数多く生まれた

 キーパーソン21の事業が世の中に与えるインパクトも年々大きくなっていった。2017年1月には、経済産業省主催の「第7回キャリア教育アワード」中小企業の部で最優秀賞を受賞。そして3月に、日本コカ・コーラが主催した女性活躍推進プロジェクト「第2回 5by20女性起業家支援シンポジウム」では、朝山さんが「先輩起業家」の一人としてパネルディスカッションに登壇している。 キーパーソン21の事業が世の中に与えるインパクトも年々大きくなっていった。2017年1月には、経済産業省主催の「第7回キャリア教育アワード」中小企業の部で最優秀賞を受賞。そして3月に、日本コカ・コーラが主催した女性活躍推進プロジェクト「第2回 5by20女性起業家支援シンポジウム」では、朝山さんが「先輩起業家」の一人としてパネルディスカッションに登壇している。
「私たちの教育プログラムでは、キャリアとしての起業家の魅力も伝えていますが、組織自体は小さいのでできることは限られています。5by20という規模の大きな活動をしている日本コカ・コーラといっしょになって起業家養成に取り組むことで、日本で起業する人が増えるといいですね」
 5by20とは、コカ・コーラ社が進めている、2020年までに世界で500万人の女性がビジネスに積極参加するための支援をするプロジェクトだ。日本コカ・コーラも、お茶の生産に携わる農家の女性を対象にした研修会や、農家同士の交流の場を提供するネットワーキングなどを開催している。朝山さんも登壇した女性起業家支援シンポジウムは、起業もキャリアの一つであることを意識してもらうために開かれたもので、参加者の中にはイベント終了後もその場に残って先輩起業家から話を聞く熱心な人もいたという。

 今はわくわくエンジンを全国に普及させようとわくわくしている朝山さん。その目標が「大きすぎる」という人はもういないだろう。

Print

あさやま・あつこ/神奈川県出身。専業主婦だった2000年に任意団体キーパーソン21を設立、
01年に法人化し代表理事を務める。現在まで延べ3万人以上の子どもたちにキャリア教育を実践。

「5by20」の取り組みに寄せて

内閣府男女共同参画局 大川内由美子さん

 コカ・コーラが進める「5by20」は、世界でも他に類を見ない規模の取り組みであり、その一環で日本コカ・コーラが開催した女性の起業支援シンポジウムは、本来の目的に加え、女性のエンパワーメントのひとつのあり方を日本の企業に提示する上でも、すばらしい取り組みです。私もシンポジウムに参加しましたが、起業について基礎から実務まで学ぶことができ、さらに先輩女性起業家とネットワーキングもできるなど、充実した内容で刺激を受けました。参加された起業を目指す女性も、大いに勇気づけられたのではないでしょうか。
 女性が自らの希望に応じ、個性と能力を十分に発揮できる社会を実現する上で、女性の起業は重要です。また、女性起業家の活躍は、社会にイノベーションをもたらします。内閣府男女共同参画局でも、女性の起業を支援する取り組みとして、起業事例や相談機関、創業時に受けられる低利融資などに関する情報を「女性応援ポータルサイト」などで発信しているほか、女性起業家と大企業・中堅企業との取り引き拡大に向けたビジネスマッチングのイベントも開催しています。
 国と民間が協働することで、より質の高い女性起業家支援が可能になると思います。それぞれの強みを活かしながら、ともに、女性が活躍する社会の実現に貢献していきたいですね。

Print

おおかわうち・ゆみこ/内閣府男女共同参画局総務課政策企画調査官。
民間企業で女性幹部育成研修を受け、会社に事業提案をした経験を持つ。
2016年より現職。「輝く女性の活躍を加速する男性リーダーの会」行動宣言、
男女共同参画推進連携会議などを担当。


女性のエンパワーメント原則(WEPs)は、国連グローバル・コンパクト(GC)と国連婦人開発基金(UNIFEM/現 UN Women)が共同で作成した7 原則。企業がジェンダ一平等と女性のエンパワーメントを経営の核に位置付けて自主的に取り組むことで、企業活動の活力と成長の促進を目指している。2014年、ザ コ力・コーラ カンパニーはWEPsのリーダーシップアワードを受賞した。