コカ・コーラシステムの環境サスティナビリティーには、エネルギー削減や水資源保護といった地球環境保護活動だけでなく、原材料となる農産物を持続可能な供給源から調達する「持続可能な農業」への取り組みがある。先祖代々、茶農業を営む中谷武志さんも、持続可能な農業に取り組む生産者の一人。緑濃い山々に囲まれた「日本コカ・コーラのお茶製品」のふるさとを訪ねた。

 この道47年の大ベテランでも、毎年気がかりなことがある。その年の最初に摘み取る「一番茶」のでき栄えだ。茶の一大生産地で茶農家を営む中谷武志さんは、茶葉のできを確認するのに視覚や嗅覚だけではなく、味覚を使う。一番茶の新芽を手で摘み、それをよく噛んで食べるのである。
「うん、まろやかでおいしい。葉っぱだけでなく、茎にもちゃんと茶の味があるんです。今年は寒い日が続いたから例年より一番茶の時期は遅くなったけど、品質としては良いですよ」
 安堵の表情を浮かべた中谷さんは、さっそく摘採(てきさい)作業の準備に取り掛かった。山の斜面を利用した中谷さんの茶畑では、可搬型(バリカン型)の摘採機を使って二人一組で作業が行われる。中谷さんのパートナーは妻のすみ江さん。結婚40年目の夫婦の息はぴったりだ。摘採機の端をそれぞれが持ちながら、まずは切りたい高さに合わせて畝(うね)の表面に刃を当てる。刃の入りが浅いと収穫量が減ってしまい、深いと古い葉まで刈ってしまう。摘採機のスイッチをオンにしてからは、摘採機を持つ高さと移動するスピードを一定に保たないといけない。二人はゆっくりと、慎重に、互いの動きに気を遣いながら、そして時折、今晩のおかずを何にしようかと考えながら新芽を刈り込んでいく。
「今日はまだ“拾い刈り”。成長の早い木の新芽を7、8センチほど摘採しました。まだまだ芽が短い木が多いので、本格的な作業はもう少し先でしょうね」

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中谷さんの畑で青々と育った摘みたての一番茶葉。
冬から春にかけての気温上昇カーブがゆるやかな年は茶葉のできが良いという

 茶畑に春のやわらかい風が吹き、まっすぐ上に伸びた新芽が一斉に揺れて茶畑全体が波打った。摘採を終えた風上からは茶の香りが漂う。時刻はまもなく正午になろうとしていた。中谷さんは茶畑から一望できる川にかかる1本の橋を指差した。
「あの橋は一方通行でね。2時間ごと、偶数の時刻に進行方向が変わるんです。12時になったらトラックで向こう岸に渡って、一次加工をする工場まで生葉を運びます。それから工場で生葉を蒸したり揉んだりした後に、乾燥させて荒茶(あらちゃ)という状態にしたものを、製茶メーカーなどに出荷しています」
 摘採シーズン中の中谷さんの毎日は、この橋の通行時間に合わせて回っている。午前8時から10時の間に1度目の摘採をして茶の生葉を工場に運び、10時過ぎに茶畑に戻って2度目の摘採。12時になったら再び工場へ運び、進行方向が変わる午後2時まで昼食をとるなどする。3度目の摘採を終えてまた工場に向かうのは午後4時以降。茶畑と工場の間を1日3往復していることになる。

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山の斜面を利用した茶畑での摘採作業。摘採をすると辺りには茶の香りが広がる。
切り口から樹液が出ているためだ

遠回りをしてほかの橋を渡れば時間を気にせずに作業できるが、それでは効率が悪いし、何より生葉の質が落ちてしまう。緑茶の茶葉は新鮮さが命。摘んでから加工場に持っていくまでの時間は少しでも短いほうがいい。
 上流の山間部にある工場は、中谷さんが他の茶農家と一緒に使っている共同工場。昔はどの茶農家も自分の工場を持っていたが、コストに見合わないため共同工場のシステムが普及した。
 工場に到着した中谷さんは、摘んできたばかりの生葉を自動運搬機に流し込んだ。ここまで終えて、ようやく一息つける。その際の楽しみといえば、何と言っても昼食と、工場で揉んだばかりの荒茶で淹れたお茶だ。
「揉んですぐのフレッシュな茶葉は流通には乗りません。工場でしか味わえない贅沢ですよ」
 茶農家の自宅に工場があった時代は、茶農家が自分の手で茶葉を揉んでいた。その揉み方も個々に違っていて、「うちはこういう茶に仕上げる」というこだわりがあったそうだ。しかし共同工場システムになった今は違う。求められるのは一人の突出した技術や個性ではなく、工場としての水準の高さ。個人プレーの時代から、チームプレーの時代に変わったのである。

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中谷さんの茶畑。もともとは親戚が使っていた茶畑を中谷さんが引き継いだ。
ちなみに茶畑でよく見られる高い柱の扇風機は、茶葉に霜がおりるのを防ぐために設置されている

 そのため、共同工場を使う農家全員が一定の品質を守るための共通システムが必要になった。中谷さんたちは一定の品質を守るために、すべての農家の農園で「JGAP」(Japan Good Agricultural Practice:日本版『適正農業規範』)の認証を受けることにした。「JGAP」とは、消費者の求める農産物を生産するための農場管理手法で、衛生管理や環境汚染防止、法令遵守などに取り組んでいる農場に与えられる認証だ。そして2014年からはコカ・コーラシステムが独自につくった農業サスティナビリティーの取り組み、SAGP(Sustainable Agricultural Guiding Principle:持続可能な農業の基本原則)の認証も受けている。中谷さんの農園でとれる一番茶は、「綾鷹」などの日本コカ・コーラのお茶製品に使われているのだ。コカ・コーラシステムはSAGPによって農場現場での「職場環境や人権」「環境保護」「農業管理システム」の世界的普及を目指している。
「昔は問題が起こったら原因を後から追跡調査するようなシステムでしたが、GAPやSAGPはどちらも問題が起こる前に手を打つようなシステム。私たちの共同工場から出荷される茶が安心・安全なものであるということを証明してくれているので、認証を受けたのは私たちにとっても良いことでした。消費者の意識が高まっているこれからの時代、こうした取り組みが求められるのは自然なことでしょうね」
 茶業界を含めた農業全体が大きな転換期に差し掛かっている時代だが、中谷さんはこの流れを至って冷静に受け止めている。それは中谷さん自身が、茶農家として時代の転換期をいくつも経験してきたからにほかならない。
 代々茶農家の家庭で育った中谷さんは、高校の茶業科を卒業するとすぐに茶農家になった。中谷さんで7代目だという。当時は茶業界全体の景気がよく、裕福な茶農家が多かった。しかし、今、時代は転換期を迎えている。
「お茶を飲む人が減ってしまったんでしょうね。今は急須のない家も多くなっている。良かった頃に比べると、生産農家の売り上げは3分の1程度にまで下がりました」

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共同工場に着いたらすぐに茶葉を納品する。昔は共同工場内に土足で入れたが、
現在ではJGAP、SAGPの基準に従い作業者全員が室内用の上履きに履き替える


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納品した茶葉は自動運搬機で共同工場内に運ばれ、荒茶に加工される。
茶葉の計量は、納品前のトラックの全重量から納品後のトラックの全重量を差し引いて行われる

 消費者の嗜好の変化とともに訪れたのが、後継者問題だ。新しく茶農家になろうとする若者が減っていくのと同時に、昔からの生産者たちも高齢化していった。共同工場を閉めてしまった茶農家組合も少なくないという。
「私たちにとっての『持続可能な農業』とは、まず生産者が持続可能であるということです。ただ高級品をつくればいいのではなく、多様な茶を生産することも大事。たとえば私は今、山間部と平野部で茶を栽培していますが、平野部の茶葉は収穫が早いのに対し、山間部の茶葉は収穫が遅れるものの山の香りが出るといった特徴もある。私たち生産者がこういった違いを出すことはもちろんのこと、生産、加工、流通、すべての業者がバランスよく継続できる体制が必要なのではないかと思います」
 良い話もある。中谷さんの母校の高校で、日本コカ・コーラ主催の「女性茶生産者の出張授業」が開かれたことがきっかけとなり、茶業を本気で目指そうかと考える生徒が現れ始めたのだという。
「健康志向の高まりからも、私は無糖茶がまた盛り返すと思っています。茶の種類によってはまだまだのびしろもあるし、外国向けの販路もまだ開拓の余地があります。若くて意欲のある人にどんどん興味を持ってもらいたいですね」
 チャンスの残された業界でもある。この土地でおいしい茶葉がつくれる限り、次世代へのバトンタッチを諦めるわけにはいかない。

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なかたに・たけし/高校の茶業科を卒業後、家業を継いで茶農家に。47年間、この仕事に従事している。 複数の畑で茶を栽培しながら、地元の農業協同組合の理事も務めている。

SAGPの取り組みに寄せて

東京2020組織委員会 田中丈夫さん

 日本コカ・コーラのSAGPは、環境面だけでなく、供給元となる生産者のみなさんの労働面にも配慮した先進的な基準です。「持続可能性」に配慮した大会運営を目指す私たちも参考にさせてもらっています。
 オリンピック・パラリンピックほどの大きなイベントになると、大会会場での食事から会場内のフェンスに至るまで、実に多くのモノやサービスを調達します。その調達過程においては社会的責任を果たさなければなりません。私たちが作成している調達基準では、法令の遵守をはじめ、省エネや3Rの推進、生物多様性の保全への配慮はもちろん、SAGPのように生産者の労働環境についても配慮を求めています。
 私たちが作成した調達基準は、今後さまざまな自治体や大型イベントでも利用してもらいたいと思っています。社会全体に「持続可能性」の考えが広まった時に、私たちの仕事は成功したといえます。
 国民参加型の面白い取り組みもありますよ。「都市鉱山からつくる!みんなのメダルプロジェクト」は、不要になった携帯電話などから金属を回収してメダルを製作し、それを選手たちに贈ろうというもの。こういう取り組みから、みなさんにリサイクルに興味を持ってもらえると嬉しいですね。

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たなか・たけお/公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 
大会準備運営第一局 持続可能性部長。民間企業で環境の仕事に携わり、2015年4月より現職。
「持続可能性」について、多くの人に理解してもらうことを最大のミッションに掲げる。