アジア初のオリンピックとコカ・コーラ社

東京1964は、アジアで初めて開催されるオリンピックとして世界から注目されました。オリンピック聖火リレーの最終ランナーを務めたのは、広島に原爆が投下された1945年8月6日に生まれた坂井義則さん。犠牲者を追悼し、世界平和を訴えることが目的でした。また、東京1964は、公式競技のタイム測定にストップウォッチが使われた最後の大会となりました。

コカ・コーラ社の翻訳ガイドブックが大人気に

コカ・コーラ社は、アムステルダム1928以降オリンピックムーブメントをサポートしながら培ってきた経験を生かし、観客や報道関係者のためにガイドマップ、道路標識、観光情報、日英対訳の会話表現集を制作して大会の成功を支えました。この大会でコカ・コーラ社が制作した翻訳ガイドブックが大変好評で、メキシコシティ1968、札幌1972・ミュンヘン1972でも、これをひな型として使用したほどでした。

1964年の熱い思いと感動を再び東京へ

コカ・コーラ社はこれから、東京2020が東京1964を超える熱い思いと感動に包まれる場所となることを目指します。東京2020のパートナーとして、「スポーツには、世界と未来を変える力がある。」というビジョンを掲げる東京2020で、スポーツの素晴らしさや感動、最高水準のテクノロジーを活かした大会運営を支援いたします。また、東京を訪れる人々へのおもてなしを通じて史上最高のオリンピックと讃えられるよう、そして、開催によって生まれた技術や行動様式がレガシーとして未来へ継承される大会となるよう尽力していきます。