お客様にハッピーを届けることを目的に
日々働くコカ・コーラシステム(*)の社員たち。
そんな社員たちの素顔に、安藤美冬さんが迫ります。
第1回目の登場人物は
日本コカ・コーラ 技術・サプライチェーン本部マネジャーの
中村遂彦(なかむら ゆきひこ)さんです。

文=安藤美冬
写真=下屋敷和文


「なんで?」と聞き回る子供でした

安藤 今の役職と、現在のお仕事について教えてください。

中村 日本コカ・コーラの技術・サプライチェーン本部という部署で、主に環境保全に関わる仕事をしています。コカ・コーラでは、ビジネスの成長のためには持続可能性(サスティナビリティー)が不可欠であると考えていて、それを実現するための重点分野のひとつに環境への取り組みがあります。中でも清涼飲料に欠かせない原材料である「水」の部分と、事業を行う上でエネルギーを使うので、「気候変動」。大きくはその2つに関わっています。日本のコカ・コーラ全体のこれらの領域の環境に関わる目標やビジョンを策定し、その達成や実現に向け、全国のボトラー社と一緒に様々な活動を全国で実施しています。

安藤 では、中村さんが今の仕事に就かれた経緯を教えて下さい。たとえば子供の頃の話とか、アメリカ留学に至ったきっかけなど、中村さんの人となりがわかるようなことを具体的なエピソードを交えてお聞かせいただければと思います。

中村 自分では認識してなかったんですが、「なんでの子」、だったって言われますね。親が言っているからとか、世の中がそうだからと言われても、納得できないことは納得できない。わからないこと、疑問に思ったことは「なんで?」「なんで?」と聞き回ってました(笑)。昔からどこか大人びているところがあった子供でしたね。

安藤 へえ~。それを裏付けるようなエピソードはありますか? 先生とかご両親をびっくりさせちゃったような。

中村 僕というより親にも関係あるエピソードなんですけど、小学校に進学する時のことです。ある日父親に聞かれたんです。「小学校へ行くか?」 って。それはどういうことなんだと聞き返したら、「お父さんは、お前は小学校に行った方がいいと思うけれども、行くかどうか決めるのはお前だ」と(笑)。

安藤 えっ。子供に対して小学校に進学するかどうかを自分の意志で決めろ、と。それを、父親に言われた訳ですか。珍しい(笑)。

中村 そうです。僕は名前も「遂彦(ゆきひこ)」といって、物事は自分で考えて決めなさい、そして自分で決めたことはちゃんと遂行しなさい、と親に教育されてきたように思います。そういうこともあっての父親の問いかけだったのですが、僕は「わからない」と答えました。だって、小学校がどんな場所かなんて、わからないじゃないですか。当時僕はヤマハピアノ教室に通っていたのですが、同時に2つの学校に行けるとは、とても思えなかった。だから通うのは小学校かヤマハピアノ教室か、どちらかにさせてくれと父親に言って、ピアノをやめました。

安藤 小さい子供の意志を尊重する父親って、とても珍しいと思います。

中村 父は、目的と理由をちゃんと説明して、それに納得すれば、いつも応えてくれましたね。たとえば、小さい頃から生き物を捕まえるのが大好きで、昆虫採集用の三段網がほしいと言ったことがあります。当時、自分で捕まえた昆虫をスケッチし図鑑にして記録していたのですが、この三段網があれば今は捕れない昆虫達を捕まえられるようになり、それが完成に近づくんだと説明し、既存の網は工夫の限りを尽くし限界まで使っていることを伝えたところ、クリスマスにものすごい三段網を買ってくれたんです。10メートルくらいに伸びる大きいの。

「環境に関わる仕事」へと繋がる原体験

安藤 中村さんって、かなり変わった子供だったんですね。いや、「変人」ですよね(笑)。これは、最高の褒め言葉として受け取っていただきたいのですが・・・・・・。

中村 はい(笑)。

安藤 そんな中村少年は、子供の頃何になりたかったんですか?

中村 これになりたい! という夢を具体的に描いていたわけではありませんが、自分が本当にやりたいと思えばなんでもできると思っていましたね。

安藤 では、その後どんな学生時代を過ごしたんですか?

中村 中学と高校への進学を考えるにあたって、海が好きだから、海の近くの学校がいいと。住んでいるのは東京なんですけど、結局、逗子の中高一貫校に通いました。片道1時間半くらいかけて。そこで生物部というところに入りました。

安藤美冬のPeople in Coca-Cola 〜ハッピーを届ける社員の素顔〜
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安藤 部活ですね。生物部ではどんな活動を?

中村 カエルの解剖とかじゃなくて、水族館をやってました(笑)。生物部の部員は授業の傍ら、大体海に出ているんです。ほぼ1年中。授業の前、早朝6時に海に行って、漁師さんの仕事をお手伝いして、網をあげて、伊勢海老とか食べられるものは漁師さんが持って帰って。きれいな熱帯魚みたいなものは生かしたままポンプを入れて僕たちが持って帰りました。持ち帰った魚や、放課後に釣ったり、潜って網で捕まえたりした魚を部室で飼い貯めていき、1年に一度、文化祭で水族館をやっていました。魚の種類では、近くにある本物の水族館にも迫るほどの規模だったのが生物部の誇りでした。

安藤 今、中村さんは水や気候変動という切り口で環境保全の仕事をされていますが、そもそもの原体験は、昆虫を捕まえたり、海に潜っていた子どもの頃にあったんですね。

中村 そうですね。当時はすごく楽しかったし、図鑑で見たことないものを見ると、「こいつどこにいるんだろう、こいつ何食っているんだろう」って好奇心が次から次へと湧いてきました。

「知りたいことが、学校では学べない」

安藤 大学はオレゴン州立大学に進学されたそうですが、留学に至る経緯を教えて下さい。

中村 その前に高校卒業後、日本大学の畜産学科に進学しました。なぜかというと、当時はイルカと話してみたかったんですよ。哺乳類の中でも、クジラ・イルカ類は恐竜の少し後の時代から生息しているんですね。イルカの知能がもし今と同じくらいだったら、きっといま僕らが抱えてる多くの問題は、イルカに聞けばわかると思ったんです。それで、イルカと話をするために必要なことを学べる学科は獣医と畜産と水産だと思ったんですね。最終的には全部受けて、畜産に行きました。ただ、結局入学した後になってわかるんですけど、どこの学科もイルカについての、しかも話す研究なんてやっていなかったんですね。

安藤 へえ~!

中村 その経験をきっかけにして、途上国によく行くようになりました。

安藤 在学中に?

中村 そうです。知りたいことが学校で学べないのであれば、学校の時間は私にとって必要のない時間です。だから、イルカのことが知りたいなら自分で研究するしかないのだな、と。もともとあちこちに行くのが好きでしたし、価値観や考え方が違う人と話すのも面白いと思っていましたから、途上国に行くのは必然だったのかもしれませんね。で、現在のようにふらふら外国にいくようになって、オレゴンに留学することにつながっていきました。

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安藤 オレゴン州立大学に留学されて、農業資源経済を学んだ。これはおいくつの頃だったんですか? 

中村 日大を卒業した次の年(1999年)ですね。話が前後しますが、日大畜産学科在学中は、牧場で牛を飼っていたんです。今の畜産では牛に穀物をいっぱい食べさせて太らせるんですけど、私の在籍していた研究室では牛に草を与え、牛の糞を畑に戻して、その糞を肥料として成長した草をまた牛に与えるといった循環型の持続可能な飼育方法を研究していました。その方法によってちゃんと牛が育つのか。そして循環可能な飼育方法と経済性をどのようにしたら両立できるのか、といった観点で研究していました。いくら環境に良い育て方をしても、育った牛の肉質が悪くて値段が付けられなかったら農家さんは困ってしまいますから。

安藤 循環可能な飼育方法をいかに経済的にも両立させるか、について留学前に大学で学んでいたんですね。

中村 はい。そしてその頃、途上国によく行っていたんです。休みと併せて1ヶ月とか2ヶ月とか。そこで今の仕事にもつながる多くの有意義な体験をしました。たとえば当時のカンボジアは、牛の育て方も太らせ方も上手じゃなかった。そこで、自分の持っていた肥育の技術を教えてあげたんです。これを食べさせたらもっと太るよって。でも、そこでこんな返事が返って来るんです。「サトウキビのかけらを牛の餌にするなんて何を言い出すんだ。僕らが食べたいよ」、と。満足に食事をとれている人なんて回りにいませんでしたからね。大変ショックでした。そして卒業する頃、自分が勉強してきたことって一体何なのだろう、これはこれですごく価値のあることなんだけど、世界は広く、地域の農業にもそこで暮らす人たちにも、もっと幅広く役に立てる方法があるんじゃないかと思ったんです。そして、農林業や自然環境分野で有名なオレゴン州立大学の学部ホームページを見てお手紙を書きました。

人生を変えた「留学費用の仕送りストップ」

安藤 今まで色々と話を伺っていると、中村さんはまさに「信念の人」という感じがします。ここで、就職についてお話を伺います。子供の頃に夢中になったことが畜産の研究につながって、その後、行政の環境計画に関わる仕事を選ばれますが、そのきっかけは?

中村 アメリカで留学生活を送っていたある日、親から、「家を買うことになりました。費用がかかるので、遂彦君への送金は停止します。父より」というたった3行文字の書かれた手紙が来たんです(笑)。ビックリしました。この後どうしようかなって。そのとき「奨学金を使って大学院にいけばいい」と当時の先生から提案してもらっていたんですけど、詳しい事情もわからないわけで……。だから、一旦帰国することにしたんです。それで、帰国はしたものの、生活していかなくちゃいけないから、働かなきゃいけなくなるんですが、当時日本では「第二新卒」という制度がなくて、(就職活動期が一旦終了した)9月に入れる会社がなかったんです。

安藤 私も大学在学中に1年間、アムステルダムに交換留学したんですよね。それなりの経験もして、「この先の人生、自分いけるだろ」って意気揚々と帰国したんですけど、同じような事情で全滅しました。就職できなかった。

中村 本当に受けられる会社がないんですよね。どうしようかと思った時に、たまたま環境関連のコンサルタント会社を見つけて、連絡してみたら入社できることになって。県や市町村の行政計画を立てる仕事だから大変だけどやりがいはあるよ、と言われ、それは面白そうだと思い入社しました。

安藤 企業の門戸が閉ざされている時期だったのに加えて、中村さんの世代は団塊ジュニアという人口が最も厚い層ですから、何かと競争が多くて最も就職が大変な時期でしたね。

中村 そうですね。その時に就職活動をしていた友達も、あまり成功してなかったですね。

安藤 それにしても、運良くこれまでの研究が生かせる会社に就職できて良かったですね。そしてその後、風力発電のベンチャー企業に転職されました。

中村 行政計画をたてる仕事もスケール感があって良かったんですけど、何かプロジェクトを実施してみたいと思ったんです。実際に自分の立てる事業プランがどこまで実現できるのか試してみたいな、と。そこで、風力発電所を開発するベンチャー企業に転職をしました。そこで関わったのは、漁港に風力発電設備を導入するというプロジェクトです。実は漁港って、すごく電気を使うんです。獲った魚は、すぐに冷やさないと痛みます。そのためには膨大な量の氷をつくらないといけない。魚が獲れても獲れなくても、電気で大量の氷をつくらなきゃいけないのです。このような理由で漁業は電気代がすごくかかる。そこで、電気代の負担を少しでも減らそうと考えたのが風力発電です。漁港は風が強いので、風力発電と相性がいい。海が荒れて漁に出られない時は発電して電気代稼いでくれますし、風が止まっている時は漁に出られる。電気代にお金を使わなくてよくなれば、網とか船とか道具や設備に投資できますよね。そうすれば漁業はもっと元気になるし、地域も元気になる。こうした姿勢や取り組みが評価されて、水産庁のモデル事業になりました。(後編に続く)

~Mifuyu Ando’s Eye~

 これまで起業家、クリエイター、作家、企業人など、数多くの人たちへのインタビューや対談を経験してきて実感していることがあります。それは、「教育のDNA」と呼べるものの存在。両親から受けた教育によって受け継いだ、その人の性格や価値観、才能です。中村さんも「教育のDNA」が色濃いひとりではないかと思いました。理系出身独特の(?)ロジカルで淡々とした語り口調にも、エネルギーが溢れています。眼鏡の奥からこぼれる目力もすごい迫力です(笑)。「なんでも自分で考えて、自分で決める」を徹底してきた父親が、幼年期の中村さんに小学校に進学する意思を確認したエピソードには、思わず驚嘆した読者も多いことと思います。

 「なんで? なんで?」と何事にも好奇心を持ってきた「なんでの子」中村さんは、生物部での活動に没頭した高校時代を経て、日大やアメリカへの進学、そして環境に関わる仕事への就職と、興味の赴くままに突き進んでいきます。キャリアも人生も、力強く設計してきた行動力の裏には、父親による「教育のDNA」の存在を感じずにはいられません。

 後編では、いよいよ中村さんが日本コカ・コーラに入社。世界を代表するグローバル企業で、独自のポジションを得て活躍していくストーリーをお届けします。お楽しみに!

安藤美冬のPeople in Coca-Cola 〜ハッピーを届ける社員の素顔〜
第1回 植物由来燃料で走るトラックの企画からヤンバルクイナの生態調査まで関わる日本コカ・コーラの環境専門家(前編)

◆プロフィール
中村遂彦(左)/日本コカ・コーラ(株)技術・サプライチェーン本部 環境サスティナビリティーグループ マネジャー。1975年生まれ。オレゴン州立大学農業資源経済学部卒業後、(株)日本環境工学設計事務所、(株)シースカイエナジー(株)などを経て日本コカ・コーラ入社。ヤンバルクイナ生態調査プロジェクトや工場水源域の保全など「環境」に関わるさまざまな事業で活躍中。趣味は、魚を捕ること、海に潜ること、火を扱うこと、塩に漬けること。

安藤美冬(右)/(株)スプリー代表。1980年生まれ、東京育ち。慶応義塾大学卒業後、集英社を経て現職。ソーシャルメディアでの発信を駆使し、肩書や専門領域にとらわれずに多種多様な仕事を手がける独自のノマドワーク&ライフスタイル実践者。『自分をつくる学校』学長、講談社『ミスiD(アイドル)2014』選考委員、雑誌『DRESS』の「女の内閣」働き方担当相などを務めるほか、商品企画、コラム執筆、イベント出演など幅広く活動中。多摩大学経営情報学部「SNS社会論」非常勤講師。TBS系列『情熱大陸』、NHK Eテレ『ニッポンのジレンマ』などメディア出演多数。著書に7万部突破の『冒険に出よう』がある。http://andomifuyu.com/


*注)日本のコカ・コーラシステムは、原液の供給と製品の企画開発や広告などのマーケティング活動を行う日本コカ・コーラ株式会社と、製品の製造・販売を行う全国のボトラー社や関連会社で構成されています。