(c)アンディ・ウォーホル財団

文=アメラ・マンダーシェルド

 

■ポップアートの巨匠は「コカ・コーラ」がお好き

アンディ・ウォーホルは、「コカ・コーラ」をはじめとするさまざまな身の回りの製品をモチーフにした鮮烈なポップアート作品の作者として知られています。彼が本格的に「コカ・コーラ」を描き始めたのは1960年代のことで、人の身長ほどの高さのあるキャンバスに描かれた「コカ・コーラ」ボトルが、最初の作品でした。その当時のウォーホルは、広告デザイナーとして10年ほどのキャリアを積んではいましたが、芸術家としては、まだ名声を獲得していませんでした。当時の彼は、ニューヨークのマディソン街を拠点に、ショーウィンドーのディスプレイや女性ファッション誌『ハーパーズ・バザー』の記事のイラストを手掛けていたのです。

しかしウォーホルは、「“本当の芸術家”になりたい」という野心を持っていました。自分の作品がニューヨークの美術館や画廊に飾られることを夢見た彼は、そのような場所にふさわしい作品を制作するために、表現の手法をイラストから油彩画へと変更。一方で、描く対象には、彼が日頃から好んでいた「コカ・コーラ」や「キャンベル・スープ」の缶など、身近なモチーフを選びました。前衛的な作品として世間の注目を集められるように、表現手法とのギャップが生まれるようなモチーフを選んだことは、彼にとって自然なことだったのかもしれません。

コカ・コーラ」を初めて描いてから10年後、ウォーホルは自身のさまざまな考えを綴った著書『The Philosophy of Andy Warhol: (From A to B and Back Again)』(邦題:『僕の哲学』)で、どんな人にも平等な飲み物=「コカ・コーラ」として、このように称賛しています。

<アメリカという国の素晴らしいところは、大金持ちが貧乏人と同じ商品を買うという伝統を生み出したことだ。みんながテレビで『コカ・コーラ』を目にする。大統領が『コカ・コーラ』を飲み、エリザベス・テイラーも『コカ・コーラ』を飲み、そして自分たちだって『コカ・コーラ』を飲むことができると分かっている。コークコークであり、いくら金を払っても街角の浮浪者が飲んでいるのよりおいしいコークを買うことはできない。すべてのコークは同じで、すべてのコークはおいしい。そのことを、エリザベス・テイラーも大統領も、一般庶民も、そして街角の浮浪者だって知っている>

 

■抗議の嵐が吹き荒れた「ニュー・コーク」騒動

やがて、芸術家として成功したウォーホルの作品は、米国のニュース雑誌『タイム』の表紙にたびたび登場することとなります。1985年4月にザ コカ・コーラ カンパニー(米国本社)が「コカ・コーラ」のフォーミュラを変更し、「ニュー・コーク」を発売したときも、『タイム』誌はウォーホルに1985年6月号の表紙を飾る作品の制作を依頼しました。「ニュー・コーク」は発売されるや否や、オリジナルの「コカ・コーラ」の味に戻すよう求める消費者の激しい抗議行動を巻き起こし、『タイム』誌にとって格好のネタとなっていたのです。

筋金入りの「コカ・コーラ」ファンだったウォーホル自身、伝記作家パット・ハケットに対して、「理不尽な話だ。『コカ・コーラ』はそのままにして、別の新しい製品を発売すればいいだけなのに」と不満を述べています。

ウォーホルが撮影したポラロイド写真

 

ちなみに、ウォーホルの出身地ペンシルヴァニア州ピッツバーグにあるウォーホル美術館のアーカイブ庫には、1985年8月20日に高級クラブ「ライムライト」で開かれた「ニュー・コーク」の試飲会へのウォーホル宛の招待状が保管されています。そのうえ彼は、ニューヨークの「コカ・コーラ」ボトラー企業から「ニュー・コーク」の6本パックとガラスボトルも贈られていました。それは、著名な「コカ・コーラ」ファンに対するボトラー企業の敬意の表れだったに違いありません。

 

■「ニュー・コーク」を描いた“幻の”作品

さて、『タイム』誌から「ニュー・コーク」をモチーフとする表紙の制作依頼を受けたウォーホルは、「ニュー・コーク」そのものを使って作品を制作することにしました。「ニュー・コーク」を紙の上にこぼし、できた模様を作品にしたのです。その形を決定するために、彼はこぼした液体の形状を何枚もスケッチし、最終的にはこぼれ出た液体を囲む鮮やかな輪郭線を加えることで、「ニュー・コーク」の目新しさを表現することにしました。

作品の構想スケッチ
(c)アンディ・ウォーホル財団

 

ウォーホルは「ニュー・コーク」の缶とこぼした液体をポラロイドカメラで撮影し、シルクスクリーン作品のための版を作成しました。シルクスクリーンでは、メッシュ地の布を版に使い、スクイージーというへら状の道具で、版の上にインクを伸ばします。インクがメッシュを透過すると紙に印刷されるという方法ですから、印刷したくない箇所に接着剤を塗ってインクの透過を防げば、形を表現できるという寸法です。1色ごとに版を変え、色を重ねる手順を繰り返すことで、多色刷りのシルクスクリーンは完成します。ウォーホルは、「ニュー・コーク」缶にはアメリカ国旗と同じ赤、白、青の3色を用い、こぼれた「ニュー・コーク」の液体は、茶色から赤、オレンジに移り変わっていくグラデーションで表現しています。そしてその液体の周りは、鮮やかな黄色で縁取りました。

完成したシルクスクリーン作品
(c)アンディ・ウォーホル財団

 

しかし、結局、『タイム』誌が1985年6月号の表紙にウォーホルの作品を使うことはありませんでした。ザ コカ・コーラ カンパニーが、オリジナルの「コカ・コーラ」の販売を7月10日に再開すると発表したからです。その後、『タイム』誌は「ニュー・コーク」の特集号を発売しますが、その表紙には「ニュー・コーク」の写真が使われました。写真の上に描かれた大きな「×」印が、短命に終わった製品の運命を象徴していました。

ちなみに、ウォーホルが制作した「ニュー・コーク」のシルクスクリーン作品は、ザ コカ・コーラ カンパニーで保管されており、現在は一般公開されていません。まさに“幻の”作品になっているのです(ザ コカ・コーラ カンパニーのウォーホル収蔵作品については、こちらの記事をご覧ください)。