広告代理店ワイデン+ケネディ(W+K)ベッカ・ワドリンガーのデスクの上に置かれた
「The Wonder of Us」の手書き原稿

文=ジェイ・モイエ

 

■全米が最も注目するTVCMの中身は?

毎年2月上旬の日曜日、米国で「スーパーボウル(Super Bowl)」と呼ばれるアメリカンフットボールリーグ(NFL)の優勝決定戦が開催されます。そのテレビ中継は米国で1年を通じて最も高い視聴率を叩き出す、国民的行事と言っても過言ではない存在。そして、「コカ・コーラ」は2018年まで12年連続で、番組中にCMを放映しています。

最高視聴率を誇る番組ということは、そのCM枠は、広告を出す企業にとっての最大の見せ場ということです。しかし、今年の「スーパーボウル」中継で流れた「コカ・コーラ」CMには、有名人も登場しなければ、刺激的な映像効果もなし。その代わり、主役を務めたのは、大昔から受け継がれてきた言葉の芸術である “詩”でした。「The Wonder of Us(私たちという驚異)」と名づけられたCMは、シンプルな言葉の力によって、あらゆる人に「コカ・コーラ」ブランドの前向きなメッセージを伝えたのです。

動画:TVCM「The Wonder of Us」

  彼と、彼女と、彼女と、わたしと、彼らのための「コカ・コーラ」がある。
  わたしたち皆のために異なる「コカ・コーラ」がある。特に彼のために。

  誰の足もあなたの歩みと重ならない。
  誰の目もあなたと同じものを見ていない。
  誰もあなたの人生を生きていない。
  誰もあなたが抱く夢を抱いていない。

  同じようにふるまうほど
  退屈なことはない。
  だからたった一人の私がいて、
  十億人の異なるあなたがいる。

  見た目も、お気に入りも、好き嫌いも異なるわたしたち。
  でもわたしと、わたしたちのための「コカ・コーラ」があり、
  あなたのための「コカ・コーラ」がある。

  ─あなた自身の「コカ・コーラ」を─

CMでは、オリジナルの詩を複数の読み手が1行ずつ朗読する声と、さまざまな人々が「コカ・コーラ」を楽しんでいる映像が流れます。この詩を書いたのは、広告代理店ワイデン+ケネディに所属するコピーライターのベッカ・ワドリンガーです。彼女が詩文学の博士号を持っていることから、コカ・コーラ社では彼女のことを、親しみを込めて “ベッカ博士”と呼んでいます。今回、私たちはワドリンガーにインタビューを行い、「The Wonder of Us」の構想や、詩歌の世界から広告業界に進んだ異色の経歴について伺いました。

※本インタビューはスーパーボウルの開催に先立って実施されました。

 

■前向きな精神を伝えるものをつくりたかった


──CMの中にオリジナルの詩を入れることにした経緯を教えてください。

ワドリンガー 「コカ・コーラ」の前向きな精神を伝えるものをつくりたい、という思いが出発点でした。

「コカ・コーラ」の広告には、プリント広告「ボーイズ・オン・ア・ベンチ」 (1969年)、CM「ヒルトップ」(1971年)に代表されるように、あらゆる人を尊重する寛容の精神が貫かれています。今回もこの伝統を受け継ぎつつ、「コカ・コーラ」の魅力をいきいきと表現する特別な作品にしたかったんです。詩歌の研究をしてきた経験を活かしてオリジナルの詩を創作することは、新鮮な試みであるとともに、ブランドの本質的な価値観にも合っていると判断しました。

全米が熱狂する「スーパーボウル」で流れた、シンプルなメッセージ。 「コカ・コーラ」が信じた“言葉の力”とは?

オリジナルの詩を創作したベッカ・ワドリンガー博士

──CMの映像のコンセプトと詩は、どちらが先にできたのでしょうか?

ワドリンガー アイディアの中心にあったのは、常に詩の方です。アートディレクターのブラッド・トロストは詩の表現と映像の両方に力を貸してくれましたが、CMの映像のイメージを明確にする前に、まずは詩を完成させることを重視しました。編集プロセスにおいても、映像の確認以上に、詩と音楽の時間配分や完璧な朗読の録音に心を配りました。ほとんどラジオCMのような感覚で制作した、と言えるでしょう。「詩で視聴者に感動してもらう」ということが大前提だったんです。

──複数の声による朗読にしたのはなぜですか?

ワドリンガー CMには10人ほどの声が入っています。一人よりも複数の声で表現した方が、私たちが最も伝えたい、あらゆる人を大切に思う精神が強く伝わると考えたんです。「コカ・コーラ」ブランド全体のさまざまな魅力を一つのCMで伝えるために、一人だけの声を前面に打ち出すのは避けようと思いました。

──ご自身が広告業界に入ったきっかけは何ですか?

ワドリンガー 私は広告を専門的に学んだことはなく、詩歌の研究で修士号と博士号を取得しました。詩歌の世界から私を見出してくれたのはワイデン+ケネディです。私にとって最初の仕事は、「ダイエット コカ・コーラ」の2012年クリスマスシーズンの特別キャンペーンで使われる詩の創作でした。それ以来ずっと「コカ・コーラ」ブランドに携わっており、2014年にもスーパーボウル中継で流すCMの制作に関わっています。

──もともとコピーライターになろうと計画していたわけではないんですね?

ワドリンガー ええ、まったく考えたこともありませんでした! 大学教授になろうと思っていたんです。詩人を雇おうと考える広告代理店は多くありませんが、ワイデン+ケネディは大胆な決断をしてくれました。私は、広告づくりとは「クリエイティブな問題解決」であると考えています。多くの才能ある人たちと協力して作品を完成させていくこの仕事を、とても楽しんでいます。

仕事以外でも、詩に関わることは私の人生のとても大切な一部です。自作の詩が雑誌に掲載されていますし、2019年には、はじめての詩集『Terror/Terrible/Terrific』がオクトパス・ブックスから出版されることになっています。また、詩人グロー・ダールによるノルウェー語の詩集『A Hundred Thousand Hours』の翻訳もしました。詩の朗読会やトークイベントも開催するなど、詩人コミュニティーの一員として積極的に活動しているんです。

──詩に対する興味はいつ始まったのですか?

ワドリンガー 大学生のときです。最初は詩を読むことに夢中になり、次第に自分でも詩を書くことが大好きになっていきました。詩を読むことは、とても自然に、詩を書くことにつながっていくんです。それ以前から詩を読むことは好きでしたが、心から尊敬する詩人を見つけたのは、米国東部で唯一の詩学センターを有するペンシルバニア州のバックネル大学に進学してからですね。

全米が熱狂する「スーパーボウル」で流れた、シンプルなメッセージ。 「コカ・コーラ」が信じた“言葉の力”とは?

詩の全文が掲載された米国の新聞広告

──詩は死にゆく芸術形式だと考える人もいるようですが、今でも創作活動をしている人は多いのでしょうか?

ワドリンガー もちろんです! 今の時代に合った素晴らしい詩を書いている人は世界中にいて、詩人のコミュニティーが形成されています。

──スーパーボウルという大舞台を通して、作品が全米に届けられるのはどんな気持ちですか?

ワドリンガー 長年にわたって前向きさと多様性を発信し続けてきた「コカ・コーラ」広告に携われることを、誇りに思います。そして、このCMが全編を通して美しい作品に仕上がったことも大きな誇りですね。スーパーボウルの盛り上がりと喧騒の中で、そのシンプルな美しさが際立った存在感を見せてくれると確信しています。