元『広告批評』編集長が、独自の視点でコカ・コーラ社に関するクリエイティブを分析します。連載第5回目は、「Social Good」を軸 としたコカ・コーラ社のコミュニケーション戦略について。


文=河尻亨一


 ここ5年くらいの傾向だろうか? 国内外の広告フェスティバルやマーケティング系イベントに足を運ぶと、必ずと言っていいほど耳にし、ときにはクドいほど強調されているキーワードがある。それは“Social”だ。

 ここで言う“Social”には二つの意味合いがある。一つは、いわゆるソーシャルメディアに関するもの。「このニューメディアを、クリエイティブやマーケティングにいかに活用するか?」という視点でのディスカッションやケーススタディ紹介は依然盛んだ。

 そしてもう一つは、ソーシャルグッド(Social Good)。つまり「広告を通じて社会に有益なアクションを起こそう」というトレンドである。

 この二つの“Social”の流れの中で、「カスタマーの共感を生む双方向のやりとり、つまりストーリーテリングはどうやれば生み出せるのか?」「ブランドの存在価値を高め、信頼感を得るにはどうすればよいのか?」というのが近年、世界の広告業界の大きな関心事になっている。

 今回は主に後者、つまり“Social Good”にフォーカスを当てながら、コカ・コーラ社にアプローチしてみたい。なぜなら、連載2回目でもご紹介した「Small World Machine」にも見られるように、コカ・コーラ社はさまざまな社会的課題に対するメッセージを届けるコミュニケーションや社会貢献活動にも、長年にわたって力を入れ続けている企業だからだ。

 その意味では、6月に取材したカンヌ・クリエイティブ祭における同社のセミナーが興味深かった。「Work That Matters」をテーマに、「よい仕事をし、世界をよりよい方向に向かうようにすることこそ、よいビジネスである」というカンパニーとしてのグローバルビジョンを、1950年代以降のクリエイティブの実例を紹介しながらプレゼンテーションする内容だったからだ。

「Work That Matters」は日本語に訳しにくいが、「(本質的に)大切なこと」といった意味だろう。セミナーでは、それを行うための9つの方針が説明された。たとえば、「人種的偏見にチャレンジする」「ジェンダーへのステレオタイプなものの見方を否定する」「人々に信じるに足る理由を提供しよう」「オプティミズムをかたくなに貫こう」といったルール群である。

 広告界で近年注目を集める“Social Good”だが、セミナーでは、コカ・コーラ社による取り組みはずっと早くからスタートしていたという事実が強く印象に残った。人種的偏見に挑戦する、つまり人種を分け隔てなく広告に起用したキャンペーンは、1950年代中盤にスタートしていた。

 これはキング牧師を中心とする、公民権運動が始まるのとほぼ同時期に当たっている。いまでこその“常識”だが、当時は大企業としてかなり勇気がいる決断だったのではないだろうか? ここからも、コカ・コーラ社が時代の潮流を読み、次の時代を先取りすることに長けていたことがうかがい知れる。

 そのDNAはいまに、そして世界に引きつがれている。このサイトの「知る・学ぶ」コーナーでは、日本コカ・コーラ株式会社におけるさまざまな環境・社会貢献活動が紹介されているし、「企業情報」コーナーでも詳細なサスティナビリティレポートが公開されている。

 コカ・コーラ社がこのような取り組みを積極的かつ継続的、全世界的に実施していることは、自然なことのようにも思える。当連載でもたびたび触れてきたように、社名でもあるブランドのコアとなるフィロソフィーが「Happiness」だからだ。人間であるならばだれもが求めるその根底が存在するゆえに、ブランドとしての姿勢にブレが生じない。

 つい先日(9月中旬)、シンガポールで開催されたSpikes Asiaというクリエイティブ祭に参加してきた。このフェスティバルにおいても、Social Goodをテーマにしたセミナーが多数開催されていた。

 そこでは「ブランドが社会的に無責任な振る舞いをするならば、その企業の製品はもう買いたくないと93%のカスタマーが考えている(Millward Brown社による調査)」、「世界のカスタマーは既存ブランドのうち73%に対して、それがなくなっても構わないと考えている(Havas Media Groupによる調査)」といったデータが示されていた。その一方で、「(説明責任を果たす)誠実な企業の売り上げはそうでない企業の3倍ともいわれている(Millward Brown社)」という。

 地域性やカルチャーギャップなどもあるため、これらのグローバルデータをそのまま鵜吞みにすることはできないが、いまという時代の空気はよく現れていると感じた。“悪い噂”はソーシャルメディアなどを通じて瞬く間に広がり、あらゆるブランド(個人や組織も)はそれまでに築き上げた資産や信用を瞬く間に失う可能性さえある。その意味では、冒頭で概説した二つの“Social”は実はつながっている。

 そして“Social”は従来メディアと比較してコントロールできない。だからこそ発想の転換と、よりヒューマンでエモーショナルなストーリーテリングが必要となる。だが、いくら流行だからと言って、付け焼き刃の“Good”は通用しないだろう。「Happiness」のような強い信念が必要だ。

“Social Good”を「社会貢献」と訳すと大ごとのようにも思えてしまうが、その言葉が示すところは実はもっと広く身近なものだと私は考える。それは「社会全体」というより、身の丈の「コミュニティ」に対する有形無形の価値の還元のようなものではないだろうか? 

 つまり“Social Good”とは、デジタルツールが引き起こした“Social化”による新しい関係性の中で、カスタマーがブランドに「もっと人間らしい振る舞い」を求める気持ちが強くなっていることの現れなのかもしれない。