世界各国で親しまれているコーヒー。
ところが、私たちにとって身近なこの飲み物の歴史は
意外と知られていません。
缶コーヒー市場売上本数シェアNo.1ブランド「ジョージア」( * )を
提供するコカ・コーラ社ならではの
コーヒーに関するウンチク、歴史などを厳選した
「『コーヒー』のトリビア」
後編をお届けします。
文=門間雄介


[トリビア26]

コーヒー豆は、石油に次ぐ貿易規模を誇る。

[解説]

世界市場での年間売上高が800億ドルを超えるコーヒー豆は、加工されていない産出品である1次産品の中で、石油に次ぐ貿易規模を誇っている。米『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙が2002年に発表したデータでは、コーヒー栽培で生計を立てている人の数は世界で約1億2500万人。また世界銀行の見積もりでは、コーヒー産業に直接的・間接的に関わる人は約5億人にのぼるという。


[トリビア27]

エスプレッソのカフェインの量よりアメリカンのカフェインの量の方が多い。

[解説]

カフェインの含有量はコーヒー豆の焙煎度合いに左右される。コーヒー豆を深く煎るほどカフェインは気化するので、1粒当たりのカフェイン量は減少する。同じ抽出量で比べた場合、深煎りのエスプレッソの方が浅煎りのアメリカンよりカフェインの量が少ないのはそのためだ。


[トリビア28]

コーヒーは体に悪いという噂からカフェ・オ・レは生まれた。

[解説]

17世紀から18世紀にかけて、フランスではコーヒーが人間の心身に悪いという噂がまことしやかに語られていた。そこで1685年、グルノーブルの医師シュール・モニンは鉢一杯の良質な牛乳を火にかけ、そこにコーヒーの粉末と砂糖を加えて飲めば体にいいという説を唱えるようになった。これが濃く淹れたコーヒーと牛乳を同量カップに注いでつくるカフェ・オ・レの起源である。


[トリビア29]

北回帰線から南回帰線の間は「コーヒー・ベルト」と呼ばれるコーヒー栽培最適地である。

[解説]

北回帰線(北緯約25度)と南回帰線(南緯約25度)の間に挟まれた環状地帯、通称「コーヒー・ベルト」は、年間平均気温約20度、年間平均降雨量1500~1600mmという気候条件に恵まれ、コーヒー栽培に適した火成岩質の土壌を有している。そのためこの地帯の約70カ国でコーヒーが栽培され、世界各国に輸出されている。


[トリビア30]

コーヒーの3原種、アラビカ種、ロブスタ種、リベリカ種のうち、生産量の70%を占めるのがアラビカ種である。

[解説]

コーヒー豆が取れるコーヒーノキ(コーヒーの木の和名)の中で3大品種と呼ばれるのがアラビカ種、ロブスタ種、リベリカ種。そのうち世界総生産量の約70~80%を占めるのがアラビカ種、約20~30%がロブスタ種で、リベリカ種は生産量が僅少なため日本にはほとんど輸入されない。アラビカ種は他の品種より高地栽培に適した品種で、品質に優れているが、気候の変化や病害に弱いため生産高は毎年大きく変動する。アラビカ種の主な生産国はブラジル、コロンビアである。


[トリビア31]

世界で最も高価なコーヒー、コピ・ルアクはジャコウネコの糞からつくられる。

[解説]

インドネシアの島々で栽培されるコーヒーの多くはロブスタ種。アラビカ種より苦味も酸味も少ないロブスタ種はしばしばジャコウネコに食べられてしまうが、ジャコウネコは種子であるコーヒー豆の部分を未消化のまま排泄する。そんなジャコウネコの糞からコーヒー豆を取り出し、洗浄・乾燥した後に高温で焙煎したコーヒーが、コピ・ルアクだ。芳醇な香りに特徴があるこのコピ・ルアクは、その希少性から高値で取り引きされており、世界で最も高価なコーヒーと呼ばれている。ちなみに「コピ」とはインドネシア語でコーヒー、「ルアク」とはジャコウネコの意味だ。


[トリビア32]

珈琲という当て字は、コーヒーの木が花かんざしに似ていることから考案された。

[解説]

日本に初めてコーヒーが持ち込まれた江戸時代、主に蘭学者たちはコーヒーにふさわしい漢字をいくつも考案した。そんな中、津山藩の宇田川榕菴が蘭和対訳辞典で紹介したのが「珈琲」の文字だ。これは実を付けたコーヒーノキの様子がまるで女性の花かんざしのようだったことから、「珈」(=かんざしの玉飾り)と「琲」(=玉をつなぐ紐)の字を当てた造語である。ちなみに宇田川榕菴は「酸素」「水素」などの元素名を翻訳したことでも知られている。


[トリビア33]

日本人が考案した珈琲の造語が中国でも使用されるようになった。

[解説]

お茶の文化が浸透していることもあり、近年までコーヒーがあまり普及しなかった中国。都市部の若者を中心に急速に消費量が伸びてはいるものの、それでも一人あたりのコーヒー消費量はまだ年間数杯程度と低水準にとどまる。そのような事情もあるからだろうか、中国ではコーヒーを表す漢字として、先にコーヒーが普及した日本の造語「珈琲」を用いることになった。ただし「口で飲む」ことから「咖啡」という漢字にアレンジされている。


[トリビア34]

温泉で抽出する粗挽きネルドリップ式のコーヒー風呂が存在する。

[解説]

既に使用を終えた粗挽きコーヒーのかすを使い、酵素の発酵熱を利用することで体を温めるコーヒー風呂は、美肌・疲労回復の効果があると言われている。日本国内のいくつかの入浴施設でコーヒー風呂を利用できるが、箱根小涌園には温泉で低温抽出する粗挽きネルドリップ式のコーヒー風呂が存在している。


[トリビア35]

昭和の流行歌『一杯のコーヒー』からは、もともと「一杯のビールから」というタイトルだった。

[解説]

1939年、霧島昇とミス・コロムビアによって歌われた『一杯のコーヒーから』は、ラジオ番組のテーマ曲として使用されたこともあって、流行歌として人々に広く親しまれた。これは、戦前の日本に既にコーヒーが浸透していたことを示す出来事だが、実はこの歌はもともと「一杯のビールから」という題名で作曲家・服部良一によってつくられた曲だった。ところがこの曲を持ち込まれた作詞家・藤浦洸は下戸だったため、服部に「コーヒーにしたらどうか?」と提案し、『一杯のコーヒーから』に変更されたという。服部も「ビールよりコーヒーの方が夢がある」と言って納得したそうだ。


[トリビア36]

日本最北端の地、宗谷岬にはコーヒー豆をかたどった記念碑がある。

[解説]

「日本最北端の地の碑」が建つ北海道の宗谷岬には、コーヒー豆をかたどった記念碑も建てられている。これは「津軽藩兵詰合の記念碑」と呼ばれるもので、幕末にこの地の警備に当たった津軽藩士が、厳寒による浮腫病で次々と命を失ったため、薬効があるとして幕府からコーヒーを配給された史実に基づくものだ。


[トリビア37]

イタリアやロシアではレモンスライスを浮かべたレモン・コーヒーが愛飲されている。

[解説]

エスプレッソ・コーヒーにレモン汁、オレンジ汁を加え、シュガー・シロップで甘味を付けた「カフェ・イタリアーノ」と、エスプレッソに砂糖とレモンを添えたイタリア風の飲み方「カフェ・ロマーノ」、そして、濃いめのコーヒーにレモンで風味を付けたロシア風の飲み方「カフェ・ア・ラ・ルッス」など、イタリアやロシアではコーヒーにレモンを加えた飲み方が浸透している。日本人にはあまり馴染みのない飲み方だが、実はコーヒーにレモンスライスを浮かべたレモン・コーヒーは、イタリアやロシアだけでなく、世界各国で親しまれている飲み方だ。ホットでもアイスでも、コーヒーにレモンスライスを浮かべて、砂糖はお好みで。ぜひ一度、あなたもお試しあれ。


[トリビア38]

パリ・ルーヴル美術館には金でつくられたコーヒー・ミルが所蔵されている。

[解説]

1715~74年に在位したルイ15世とポンパドゥール夫人は、ヴェルサイユの庭園の中でコーヒーの木を栽培し、自らコーヒーを淹れて客に振る舞うほどのコーヒー愛好家だった。彼らは黄金のコーヒー・ミルやコーヒー・ポット、さらに黄金でできたアルコール・ランプなどを愛用し、そのうちパリの名工ジャン・デュクロレが制作した金と象牙のコーヒー・ミルは、ポンパドゥール侯爵夫人のコレクションとしてルーヴル美術館に所蔵されている。


[トリビア39]

ナポレオンは「体を暖め勇気を引き出してくれるこのコーヒーを兵士たちに与えよう」と言って兵を鼓舞したという。

[解説]

フランス革命後に皇帝として君臨したナポレオン・ボナパルトにはコーヒーにまつわる逸話が多い。若い頃、フランスの高級カフェ『イタリア』でしばしば演説を行っていたナポレオンは、昇進し軍を指揮下に収めた後、「体を暖め勇気を引き出してくれるこのコーヒーを兵士たちに与えよう」と言って軍隊の飲料としてコーヒーを採用した。また1797年にウィーンへ入城した際、床に落とし粉々になったコーヒーカップを見ながら、「余は貴殿方の国をこのようにもできるのである」と威嚇したことでも知られている。