1957年5月8日。日本で製造された「コカ・コーラ」が、初めてお客様に提供されました。それから61年。日本のコカ・コーラ社は、多くのファンの方々に支えられ、50以上のブランド、800以上もの製品(パッケージバリエーション含む)を展開するまでに成長することができました。
札幌在住のコレクター・末永修一さんも、そんな貴重なファンのおひとり。住宅リフォームの会社を営む末永さんは、その腕前を生かして、事務所や自宅を膨大なコレクション展示場にリフォーム。グッズやポスター、歴代の缶やボトルを、いたるところに展示しています。しかも「コカ・コーラ」だけでなく、「ファンタ」「ジョージア」など、日本のコカ・コーラ社の製品をほとんど網羅しているという徹底ぶり。
なぜ、これだけ圧倒的なコレクションを実現できたのか? そこには末永さんの、日本のコカ・コーラ社に対する熱い思いがありました。

文=小山田裕哉
写真=村上悦子

 

■そこにあるのが当たり前だった「コカ・コーラ」

──まさに圧巻のコレクションですが、コカ・コーラ社の製品を集め始めたきっかけは?

末永 最初は、東京コカ・コーラボトリング(当時。現在はコカ・コーラボトラーズジャパンホールディングスに統合)の25周年記念ボトルですね。1981年に発売されたもので、僕は14歳でした。子どもの頃に実家が帯広で商店をやっていまして、「コカ・コーラ」「ファンタ」を販売していたんです。当時の帯広には北海道コカ・コーラボトリングの工場がありましたから、担当の方がお店によく来てくれて、販促物をたくさん置いていってくれました。

北海道に驚きのコレクターがいた! 集めた点数、もはやカウント不可能! 超絶コレクターが語る“日本のコカ・コーラ社”愛

末永さんの「コレクション第1号」とも言える記念ボトル。
通常のグラスボトル(コンツアーボトル)とは形状が異なる

末永 そこで見本として持ってきてくれたのが、この25周年記念ボトルです。見たことがないボトルの形だったので、栓を抜かないで部屋に飾っておいたんですよ。それから記念ボトルや限定品が出るたびに集めるようになって、気が付いたら今みたいになっていたという感じです(笑)。

──「コカ・コーラ」関連のグッズを集めやすい環境にいらっしゃったんですね。

末永 しかも姉が喫茶店の経営もしていましたから、本当に「コカ・コーラ」がライフスタイルに溶け込んでいたんですよ。当時は販促物がたくさんつくられていて、商店や飲食店に配られていたから、家のいたるところに「コカ・コーラ」関連のものがありました。それこそグラスにカレンダー、ボールペン、壁の時計や食事に使うトレーまで、あらゆるものがありました。

だから、「集め始めたきっかけ」みたいなものは、はっきりとあるわけではないんですよ。ずっと「コカ・コーラ」は身近にあって当たり前という感覚です。

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末永修一(すえなが・しゅういち)さん / 1967年生まれ、北海道広尾郡広尾町出身、帯広市育ち。
総合住宅リフォーム工事の株式会社トータルメンテナンス代表取締役。

──しかし、末永さん「コカ・コーラ」だけでなく「ファンタ」「ジョージア」といった日本のコカ・コーラ社製品全般をコレクションされていますよね。どうして「コカ・コーラ」以外のブランドも集めるように?

末永 「コカ・コーラ」以外で最初に集めたのは「ジョージア」だったと思います。理由はなんだったかなあ……。「名前」かもしれません。

──名前、ですか?

末永 コカ・コーラ社の米国本社(ザ コカ・コーラ カンパニー)がジョージア州にあるからかもしれない。

「コカ・コーラ」のコレクションを始めて、どういう歴史があるのか勉強していくじゃないですか。それで本社がジョージア州のアトランタにあるとか、ボトルの色は“ジョージアグリーン”と呼ぶということを知って、コカ・コーラ社という会社と“ジョージア”は関係が深いと分かったわけです。

そうしたら、缶コーヒーに「ジョージア」という名前が付けられているのが気になってきて。最初は記念缶をちょっと集めるくらいだったんですけど、次第に何千本も集めるようになっていました。ほかのブランドも、記念缶の収集をきっかけに集め始めたものがほとんどですね。

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「ジョージア」は発売初期の缶から揃っていて、
取材に同行した北海道コカ・コーラボトリングの担当者も
「これは珍しい!」と驚くものばかり。
同じ製品でもキャンペーンシールの有無などの違いで、複数飾っている

 

「コカ・コーラ」愛の原点は、お母さんの笑顔

──では、「コカ・コーラ」以外のブランドも「これ」といった理由があって集め始めたわけでは……。

末永 ないですね。こうやってインタビューを受ける機会をいただいて、集め始めた理由を振り返ってみたんですけど、自分でも「なんでだろう?」って思うんですよね。「『コカ・コーラ』の魅力とは?」って聞かれても、考えたことがないんです。

僕の人生には「コカ・コーラ」が大きく影響しています。建築関係の仕事がやりたくて帯広から札幌に単身出てきたときも、実家から、すでに店から外していたこの丸看板を持ってきました。

──これをわざわざ持ってきたんですか!?

末永 車に最低限の服と布団と、この丸看板だけ積んで札幌に来ました。狭い独身用の社宅に飾ってましたね。その後、独立して自分で会社をやるようになってからは、実家で使っていた「あんどん」と呼ばれる照明付きの看板も持ってきました。

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札幌に出てくるときに何よりも優先して持って来たという丸看板。
今現在は会社事務所出入り口の、一番目につくところに鎮座している。
1971年にはロゴは四角型へ変わったため、
丸型の看板はそれ以前の品ということになる

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これが実家で使っていたという、思い入れの深いあんどん看板。
数十年前のものとは思えないほどきれいで、
実家の商店でも、ここに移ってからも大切にされていたことがうかがえる

末永 僕は「コカ・コーラ」さえあればうまくいくんです。なぜかと聞かれても分からないんですけど、とにかく熱い思いがあるのは確かです。

──それだけ「コカ・コーラ」に思い入れがある一方で、コレクションには海外の「コカ・コーラ」グッズは少ないですね。

末永 海外の「コカ・コーラ」グッズで現在集めているのはアメリカの記念ボトルくらいですね。お話をしていて思うのは、僕は「コカ・コーラ」が好きっていうよりも、“日本のコカ・コーラ社”が好きなんだと思います。だから「ジョージア」「ファンタ」「スプライト」「ミニッツメイド」も集める。

ただそれも「なんで?」って聞かれると、よく分からないんです。

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末永さんのコレクションの中では珍しい、海外の記念ボトル。
記念ボトルは、従業員など限られた人にしか配布されないものも多いため
手に入れるのに苦労するとのこと

──うーん……。やはり、ご実家の商店が工場の近くにあったように、子どもの頃からコカ・コーラ社が身近なものだったという理由が大きいのでしょうか?

末永 ……そう言われてみると、感謝の気持ちみたいなものかもしれませんね。実家では「コカ・コーラ」「ファンタ」「ジョージア」もめちゃくちゃ売れていて、そのおかげで小さな商店にも関わらず、35年以上も続けていくことができました。今みたいにコンビニがあちこちにある時代じゃないですから、箱で買っていく人もいっぱいいて。

大げさじゃなく、コカ・コーラ社の製品のおかげで食べさせてもらっていたという実感があるんです。「コカ・コーラ」がたくさん売れてオフクロが笑顔になっていたことが印象的で、それに対する感謝の気持ちが根っこにあるのかなと思います。

 

■とにかく日本のコカ・コーラ社について知りたい!

──「感謝の気持ち」がコレクションの原動力というのはすごいですね。

末永 だから、「趣味で集めている」という感覚もあんまりないんです。むしろ、僕にとっては集めるのが自然なことというか。

──なるほど。愛でるためにコレクションしているわけではない、と。

末永 はい。だから僕は、缶やPETボトルも好きですけど、日本のコカ・コーラ社が出しているパンフレットやチラシも好きなんですよ。

──さっきから気になってはいました。どうして「工場見学の案内」といったチラシや、CSR活動について報告した「サステナビリティーレポート」までしっかり飾ってあるのだろうかって。

末永 僕は日本のコカ・コーラ社がやっていることを全部把握したいので、こういうのを読むのが、本当に好きなんですよね。

──ちなみに、それだけ思い入れがあるコカ・コーラ社に就職しようと思ったことはないんですか?

末永 いや、憧れたことはありますけど、僕では仕事にならないでしょう。製品を自販機に入れるのも、全部ピカピカに磨いてからじゃないと気がすまないと思いますし(笑)。こうやって部屋に飾っていても、ラベルの向きがずれていたりすると気になって仕方ないんです。だから棚もすべて缶用、ボトル用できれいに見えるようにミリ単位まで採寸してつくりました。

北海道に驚きのコレクターがいた! 集めた点数、もはやカウント不可能! 超絶コレクターが語る“日本のコカ・コーラ社”愛

トイレまで「コカ・コーラ」一色!
壁には、製品についてくる「おまけ」がびっしりと飾られている

──末永さんのご職業も存分に発揮された、素晴らしいレイアウトだと思います。しかも、ここには古いものだけでなく、どんどん増える新製品もほとんどカバーされています。各地域の限定デザインまでコンプリートしていらっしゃいますが、こういうものはどうやって集めているんですか?

末永 最初は休みをとってあちこち旅して買って歩きましたが、コレクターとして国内で名を知られるようになるにつれ、日本中に仲間ができてくるんです。それでかなり集めやすくなりました。たとえば、「ドクターペッパー」は沖縄で限定デザインがたくさん発売されているのですが、新デザインが出るたびにコレクターの方と情報交換したり、時には一緒に探しに行ったりしています。

北海道に驚きのコレクターがいた! 集めた点数、もはやカウント不可能! 超絶コレクターが語る“日本のコカ・コーラ社”愛

日本国内の記念缶。
ご当地キャラクターが描かれた地方限定のものから
お正月やクリスマスなどの季節限定のものまで、とにかく多彩!

北海道に驚きのコレクターがいた! 集めた点数、もはやカウント不可能! 超絶コレクターが語る“日本のコカ・コーラ社”愛

日本で販売されているブランドをほぼ網羅。
特定のブランドではなく、日本のコカ・コーラ社をまるごと愛している。
こんなコレクターは、末永さん以外にいないのではないだろうか

──そんなふうに情報が次々入ってくるようになると、コレクションが集まるスピードもどんどん加速していくのでは?

末永 だから、もうコレクションの点数を数えるのはあきらめました(笑)。10年前にコレクターとして初めて地元の新聞の取材を受けたときは3万5,000点と答えていたんですが、今はその何倍になっているか想像もつきません。ここに飾っているのは一部で、倉庫にしまったままになっているものもたくさんあります。

──今後は、国際的なスポーツイベントが目白押しで、関連する限定デザインがたくさん発売されそうですから、ますますコレクションは大変なことになりそうですね。

末永 本当ですよ(笑)。でも、コレクションをやめることなんて想像もつかないので、同じく「コカ・コーラ」好きのカミさんと一緒に、これからも集めていきたいと思っています。