文=エリザベス・コンウェイ

■ Web上で話題沸騰の「ミステリー・カー」

今から4年前、ケンタッキー州ルイスヴィル在住のジャネット・ケリーは、駐車場に駐めた赤色の愛車を見失ったことがあります。その話を聞いたとき、「似たような車が周囲に並んでも見分けがつくように、車にステッカーを貼ったらどうか。たとえば『コカ・コーラ』のステッカーとか、ケリーだけが気づくようなものにすれば……」と提案したのは彼女の友人でした。

しかし、です。グラフィックアーティストのケリーによる愛車の「差別化」は、ステッカー1枚を貼るどころでは済みませんでした。「『コカ・コーラ』に無我夢中になってしまったんです」と彼女は語ります。

今ではケリーは、自分の愛車を「ハピネス・カー」と呼んでいます。その車は何と、今年の6月、「ミステリー・カー」としてWeb上の話題をさらいました。車が地元のテレビ番組に出ていたことを家族や友人から知らされたケリーが、テレビ局のFacebookページをチェックしてみると、そこで「『コカ・コーラ』カーを運転する謎の人物」に関する情報を募集していたのです。

コカ・コーラ社の社員がスーパーの駐車場でケリーの車を見かけ、写真を撮りました。その画像はWeb上で急速に拡散され、「社員から社員へと受け渡され、巡り巡った挙句に私にたどり着いたようです」とケリーは言います。彼女は、車がカスタマイズ後何年もたってから話題になったことを面白がっています。

今や車はルイスヴィルの街中で注目の的となり、運転するケリーに近隣の住民や観光客が手を振ってくるようになりました。「以前は近所で見かけるおかしな車に過ぎなかったんでしょうが、テレビ番組やテレビ局のFacebookページに登場した途端、多くの人の関心を引いたようです」と彼女は語ります。

人々を笑顔で満たす
幸せの赤色の自動車=「コカ・コーラ」カー



■ 12歳の頃から「コカ・コーラ」が大好きだった

ケリーは小さいころから「コカ・コーラ」が大好きでした。小型のナイフセットを皮切りに、看板、衣服、ボトル、その他さまざまな「コカ・コーラ」グッズを12歳の頃から集め続け、今ではボトル72本を収納できる「コカ・コーラ」の自動販売機を含む膨大なコレクションができあがっています。

1986年に、ケンタッキー州政府の人事部門で働いていたケリーは、州のお祭りを宣伝するために訪れたハーデン郡で「コカ・コーラ」コレクターのアイテムの展示を目にし、そこで出会った女性からコレクターズ・クラブについて教えてもらいました。

「コレクターズ・クラブの存在を聞いて、『私以外にもそんな物好きがいるのね?』とその人にたずねてしまいました」とケリーは笑います。彼女はすぐにケンタッキー州の「コカ・コーラ」コレクターズ・クラブ中南部支部の会員となり、1987年には国際的な「コカ・コーラ」コレクターズ・クラブにも入会しました。

2011年、ケリーはコレクターズ・クラブ中南部支部のフェスティバルに参加した際、「シュミット コカ・コーラ博物館」(※)の存在を知りました。そしてその年が「コカ・コーラ」の125周年にあたっていたことも知り、ケリーはありふれた赤色の愛車を、記念の年にちなんだ特別な作品に仕上げることを思いつきます。さらには、冒頭の友人の“提案”もあったのです……。

その後、ケリーが駐車場で愛車を見失うことは二度とありませんでした。彼女が文字通り、愛車のカスタマイズに没頭していったからです。

※「シュミット コカ・コーラ博物館」は「コカ・コーラ」関連グッズのコレクションを展示する世界最大級の私設博物館でしたが、2011年に閉館しました。


■ これが、「コカ・コーラ」カーのつくり方です

グラフィックデザイナーという仕事柄、ケリーはビニールカット機能のついたプリンターを使い慣れていました。彼女は、お気に入りの「コカ・コーラ」の広告、ロゴ、スローガンをPC上で再現し、そのプリンターで印刷することにしました。Web上で「コカ・コーラ」関連のあらゆる情報を集め、1950年代の広告なども参考にしつつ、ビニールに型抜きした大量の画像や言葉を、空気が入らないように何層も重ねて自動車に貼りつけていきました。

人々を笑顔で満たす
幸せの赤色の自動車=「コカ・コーラ」カー

特に苦労したのは、車のボンネットを飾る「コカ・コーラ」ボトルのデザインです。ケリーはこれを作成するのに9時間以上もかけました。プリンターの調子が悪かったために、こみ入った形の輪郭をすべて手で切り抜くはめになったからです。車の装飾が一段落した2012年、ケリーは他の車に追突してボンネットを傷つけてしまいました。車が修理から戻ってくると、彼女は手のかかるボトルとロゴのデザインを最初からつくり直しました。

装飾のデザインから完成までには、おそらく400時間ほどかかっています。ケリーは絵筆とエナメルやアクリルの塗料を使って、完全に手作業で車を塗装しました。「コカ・コーラ」レッドを中心として、1960年代の広告に広く用いられた水色と、1950年代の広告に見られた鮮やかな黄色をアクセントに使っています。

「車のカスタマイズは全て、『コカ・コーラ』にまつわる私の長年の記憶が元になっています」とケリーは言います。追突事故の後、ケリーは一旦完成していた車の「デザイン刷新」を敢行しました。後部座席に「コカ・コーラ」の広告に登場するポーラーベアのマスコットを乗せ、車内の天井には「コカ・コーラ」ボトルを持ったポーラーベアのポスターを貼りました。また、車の外側を彩るビニールの装飾は外気にさらされるため、定期的に貼り換えています。

ケリーは「コカ・コーラ」のブランケットを買って、シートカバーまでつくってしまいました。手縫いこそしていないものの、ピンやマジックテープを使ってカバーを座席に取り付けたのです。ホイールの外輪から、ドアの内側、サンルーフ、その間をつなぐ隙間に至るまで、車のあらゆる部分が「コカ・コーラ」にまつわるもので覆いつくされています。