後継者不足に悩む酪農業界。しかし、実は「酪農家になりたい」という夢を持つ高校生は少なくない。そんな彼らに向けて、日本コカ・コーラ全国農業協同組合(JA全農)は、全国各地の農業高等学校の生徒を対象に「酪農の夢」出張授業を主催している。岡山県立高松農業高等学校で開かれた出張授業には、畜産科学科の1年生から3年生の男女115人の生徒が参加した。登壇した二人の現役酪農家の話を聞いた酪農を志す生徒たちは、夢に一歩近づくことができたのか……?

文=香川誠
写真=村上悦子

 

■酪農は女性が活躍できる職場

 秋田県由利本荘市の酪農家、柴田瑞穂さん(新林牧場)の一日は、中学生の娘二人の朝食を準備することから始まる。ただ、それにかけられる時間は10分ほど。自宅の目の前にある牛舎では、120頭の牛たちがお腹を空かせて待っている。

 5時20分。朝食の準備を終えた柴田さんは、子どもたちに「起きなさいよ!」と声をかけてから牛舎へと向かう。搾乳(さくにゅう。乳搾りのこと)と餌やりは、365日、どんなことがあっても欠かせない。生き物を相手にする職業の宿命でもある。

 直線距離で750キロ離れた岡山県立高松農業高等学校で開かれる“出張授業”の講師として招かれたその日の朝も、柴田さんは飛行機の出発に間に合うギリギリの時間まで牧場で搾乳の仕事をしていた。

「私は『女性だから』というくくりでは生活していない」

 柴田さんがそう言葉を発した瞬間、会場は静まり返った。その意味を捉えようとする生徒たちの視線が彼女に集中する。柴田さんのその発言は、質問コーナーで「女性が酪農をするうえで大変なことはありますか?」と尋ねた女子高校生への回答だった。

「女性でも男性と同じことができる。体力面では男性に敵わないけれど、今は機械もあるので、力仕事は昔よりも少なくなっている。『女だから』と思わずに、がんばって」

 秋田訛りの軽妙なトークでときおり生徒たちを笑わせていた柴田さんも、このときばかりは真剣だった。ここにいるのは、酪農をはじめとする畜産に関する学科を学ぶ生徒たち。未来の酪農家たちを前にしたこの授業も、牛舎での仕事同様、真剣勝負なのだ。

コカ・コーラ社が取り組む女性支援の新しいかたち。 「“酪農女子”の夢を育む出張授業」レポート

新林牧場の柴田瑞穂さん

「酪農の夢」出張授業は、コカ・コーラシステム(*1)が推進する女性支援プロジェクト「5by20」(ファイブ・バイ・トゥウェンティ)の取り組みの一つ。酪農業を次世代につなげる目的で、全国各地の農業高等学校等に女性酪農家を招き、生徒たちに講演を行っている。5by20とは、女性向けにビジネススキル向上のための学習機会や同業者同士の交流・情報交換の場を提供するプロジェクトで、2020年までに世界全体で500万人の女性を支援することを目標に定めている。日本での取り組みには、出張授業や女性酪農家同士の交流会を実施している「酪農女子支援プログラム」のほか、「茶農業女子支援プログラム」「女性起業家支援プログラム」などがある。女性の活躍支援には男性の理解も欠かせないことから、男女問わずに参加できるプログラムもある。

コカ・コーラ社が取り組む女性支援の新しいかたち。 「“酪農女子”の夢を育む出張授業」レポート

コカ・コーラ社が取り組む女性支援の新しいかたち。 「“酪農女子”の夢を育む出張授業」レポート

当日は、日本コカ・コーラによる出張授業の目的の解説、
全国農業協同組合連合会(JA全農)による酪農の現状についての説明もあった。
生徒たちは熱心にメモを取りながら、話を聞いていた

 

■土の上を歩きたくて「Uターン就農」

 柴田さんが父親の経営する牧場で本格的に働き始めたのは2000年、19歳のときだった。彼女には、その前に上京して働いていた時期があった。兄に牧場を継ぐ意志がなかったことから、「ここにいたら自分が継がないといけない」と思った柴田さんは、逃げるように地元を飛び出したのだ。しかしほどなくして、都会生活に違和感を抱くようになる。

「毎日通勤のためにアスファルトの道を歩いているうちに、『やっぱり私は土の上を歩きたい。牛の世話をしたい』という思いが強くなり、半年ほどで秋田に戻りました。ちょうどそのとき、父が若い頃にお世話になった北海道の酪農家の方が、後継者不在のため牧場の牛を売却するという話がありました。『私が継がないとうちの牧場もいずれそうなるだろうな』と思うと、寂しさがこみ上げて」

 そんな経緯で就農を決めた柴田さんだが、子どもの頃から両親を手伝っていたこともあり、仕事の覚えはスムーズだった。牛の繁殖に必要な家畜人工授精師の資格も取得し、私生活では結婚して二女に恵まれた。測量士だった夫も「酪農をやりたい」と会社を辞めて牧場を手伝うようになり、本格的な家族経営がスタートした。

「この仕事をして一番よかったと思うのは、子どもたちに自分が働いている姿を見せられること。帰りが遅くなると、『分娩あったの?』と聞いてくる。子どもとこういう会話ができることを幸せに感じています」

 酪農家としての幸せをそのように語る柴田さんだが、一般的には酪農業というと「キツそう」なイメージがつきまとう仕事でもある。そこで柴田さんは酪農の現場を少しでも知ってもらおうと、さまざまな搾乳の機械と方法を生徒たちに紹介した。一頭一頭、牛床(ぎゅうしょう。牛のベッド)にいる牛から搾乳し、つないだ配管で生乳を回収する「パイプラインミルカー」、牛が自分で搾乳設備に入り一度に多頭数の搾乳ができる「ミルキングパーラー」、それをさらに大規模化した「ロータリーミルキングパーラー」、そして最新の「搾乳ロボット」。それぞれ牛の管理のしやすさ、牛に与えるストレスの大きさなどの点でメリットとデメリットがある。どの搾乳方法を選択するかが、その牧場の牛乳づくりの理念に直結する話でもあるのだ。

コカ・コーラ社が取り組む女性支援の新しいかたち。 「“酪農女子”の夢を育む出張授業」レポート

柴田さん一家の家族写真

「酪農って、とても大変だって思うでしょ? でも私たちはつらいと思っていない。仕事がスムーズに進んだ日は気分もよくて、とても楽しい」

 牛の健康管理など、押さえておくべきことは多いが、酪農経営は思った以上に自由度が高く、奥が深い。牧場の経営スタイルもそれぞれ異なる。乳搾りに専念する牧場もあれば、牛乳を使った製品開発も手掛ける牧場もある。

 ある酪農専門誌によると、家族経営の牧場の「適正な飼養頭数」とは、「毎日家族が揃って同じ時間に夕食をとれる頭数」なのだという。120頭を飼育している柴田さん一家は、今はそれができている。そのため柴田さんは、牛の頭数を増やして生産量を伸ばすつもりはないという。家族との時間を大切にしながら、一頭あたりの生産量を増やすための改良改善を重ねていく。

 

■従業員の視点から見た、酪農の楽しさと厳しさ

 出張授業には、滋賀県甲賀市信楽町の山田牧場で働く長﨑清子さんも登壇した。柴田さん同様、長﨑さんもこの日は牧場で朝の搾乳をしてから会場に駆けつけた。長﨑さんが就農した経緯は、柴田さんのそれとは大きく異なる。

 岡山県出身の長﨑さんは商業高校を卒業後、中国四国酪農大学校(岡山県真庭市)に進んだ。長﨑さんは非農家出身だが、担任から紹介された酪農家との交流がきっかけとなった。中国四国酪農大学校で酪農を学び、「動物とたくさん触れ合える仕事がしたい」と2009年に山田牧場に入った。「とりあえずでも構わない、まずはやってみよう」という気持ちで就農したが、山田牧場は牛乳や乳製品の加工販売をしていることもあり、仕事ではお客と話す機会が多い。働くうちにそのことに喜びと楽しさを感じ、「この牧場で働くことが、自分には合っている」と思うようになった。

「うちの牧場で加工、販売している『ノンホモ牛乳』は、スーパーなどで売られている一般的な牛乳とは違い、65℃で30分間の殺菌工程のみをして瓶詰めした商品です(*2)。とてもおいしい牛乳なんですが、2日くらい経つとクリーム(脂肪分)が浮いてくる。腐っていると勘違いされないように、販売時にお客さまへの説明が必要です。『振ってからお召し上がりください』と伝えるようにしています」

 牛の飼育と販売所での接客に加えて、ホームページの更新なども長﨑さんの仕事に含まれる。一人何役もこなすのは大変かもしれないが、どれも長﨑さんにとっては好きな仕事だ。商業高校出身の長﨑さんは、酪農に触れたタイミングこそ高松農高の生徒たちよりも遅かったが、牧場の従業員として酪農に携わるようになり、今では「牛がいない生活は考えられない」というほど、大好きな牛から毎日パワーをもらっているという。

コカ・コーラ社が取り組む女性支援の新しいかたち。 「“酪農女子”の夢を育む出張授業」レポート

山田牧場の長﨑清子さん

一方で、決して楽しいことばかりではないという現実も、生徒たちに説明した。

「『牛がかわいい』という気持ちだけではやっていけません。必要なのは、覚悟と誠意。牛の体調が悪くなったときに、自分に何ができるかを考えないといけない。先輩に叱られてへこむことだってある。酪農とはいえ、牛だけではなく、人間とも向き合わなければいけない仕事なんです」

 生徒から出た「子どもたちに何を一番大事に伝えているのか」という質問に対しては、こう答えた。

「牛が肉になるところまで話します。うちの社長はよくこう言っています。『お肉になることが牛の最後の仕事。だからおいしいと思って食べてもらいたい』」

 

■「酪農の夢」に向かって一歩前進

「今日の授業を通じて、自分で酪農を営みたいという気持ちが、前よりも強くなりました」

コカ・コーラ社が取り組む女性支援の新しいかたち。 「“酪農女子”の夢を育む出張授業」レポート

畜産科学科2年生 松下仁美さん

 冒頭の柴田さんに「女性が酪農をするうえで大変なことはありますか?」という質問をした畜産科学科2年生の松下仁美さんは、出張授業の終了後にそのような感想を述べた。彼女は2年生の夏休みに岡山県内の牧場で研修をしてから、「いつか就農をして、自分の思い描く理想の牧場をつくってみたい」という思いが強くなった。まだ不安な気持ちもあるが、現役酪農家の二人から大きな勇気を得ていたようだ。

 同じく2年生の有安健志さんは、岡山県内で牧場を経営する両親のもとで育った。妹、弟と3人で牧場を手伝っているが、長男である有安さんはひときわ経営への意識が高い。

コカ・コーラ社が取り組む女性支援の新しいかたち。 「“酪農女子”の夢を育む出張授業」レポート

畜産科学科2年生 有安健志さん

「遠いところから二人の現役酪農家が来てくださって、普段はなかなか聞けないような話が聞けた。将来、自分が牧場を経営することになったとき、女性にも酪農の仕事に関わっていただくことになることは間違いないので、女性ならではの考え方を知っておくことも大事だと思いました」

 チャレンジの種はまかれた。5by20は今後も、酪農を志す生徒たちの夢を応援していく。

 

*1 コカ・コーラシステム……原液の供給と、製品の企画開発・マーケティングを担う日本コカ・コーラと、製品の製造、販売などを担うボトラー社、および、関連会社で構成されるシステムのこと。
*2 一般的に多く出回っている牛乳は、牛乳に圧力をかけて乳中の脂肪球を砕き、均質化する処理(ホモジナイズド)をしたのち、120℃~130℃で短時間(2~3秒間)殺菌処理をされている。

 

5by20とは──
コカ・コーラシステムでは、2020年までに、世界でコカ・コーラシステムのバリューチェーンに関わる500万人の女性を支援することを目標に、「5by20」と名づけられたプロジェクトを展開しています。女性のビジネス参加による経済的成長を支えると同時に、地域や社会のニーズに応えていく取り組みです。日本ではこれまで、製品の原材料である農産物および酪農品に着目したプログラムや、女性起業家支援のためのプログラムを実施しています。