ifs未来研究所 所長の川島蓉子氏が、日本のビジネスシーンやカルチャーシーンなど、さまざまな分野でブランドの価値づくりに携わるキーパーソンにそのノウハウを聞いていく連載。第1回は、観光激戦区箱根で独自のコンセプトを打ち出し人気を博しているハイアット リージェンシー 箱根 リゾート&スパについて採り上げます。

文=川島蓉子
写真=森本菜穂子


 新幹線で品川駅から小田原まで約30分、そこからシャトルバスで40分強。ハイアット リージェンシー 箱根 リゾート&スパ(以下、ハイアット箱根)には、東京から1時間半ほどで行き着ける。小田原駅からの道中は、箱根の山並みを見やりながら、緑に囲まれた山道を上がっていく。強羅に入ると、ホテルや旅館、企業の研修施設などが並んでいる。賑やかな温泉地というより、閑静なリゾートという表現が似合うエリア。その一画に、ハイアット箱根が建っている。広々としたクルマ寄せを挟んで2つの建物が並んでいる。いかにものラグジュアリーでなく、上質で端正な佇まいが好ましい。

 オープンして7年目に入るが、いつ訪れても老若男女で賑わっている様子。安定した人気を得ている理由を、GM(General Manager)=総支配人を務める野口弘子さんにうかがった。

[短期集中連載]
ブランドの未来、ビジネスの未来
第1回 ハイアット リージェンシー 箱根 リゾート&スパの「ing」マーケティング

山の中腹、緑に包まれた施設は、視覚面でも宿泊客にくつろぎ感を与えてくれる。


コンセプトは“箱根のわが家”
 世界に500ものネットワークを持つハイアットグループの中で、総支配人を担っている女性は北米を除くと5人だけだという。その事実が、野口さんの豊かな才を物語っている。

 ただご本人は、バリバリ仕事ができるキャリアウーマンという感じでは決してない。にこやかな笑顔で迎え入れ、「ようこそ箱根にお帰りなさい」と声をかけてくる。軽い世間話をしながら、訪れた人の気持ちに寄り添ってくれる ──控えめで温かみにあふれた人柄が、ハイアット箱根というブランドの一画を担っている。

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第1回 ハイアット リージェンシー 箱根 リゾート&スパの「ing」マーケティング

ハイアット リージェンシー 箱根 リゾート&スパ総支配人の野口弘子さん。


 前職であるパーク ハイアット 東京のマーケティング部長から、ハイアット箱根の総支配人に抜擢され、つくり上げたコンセプトは“箱根のわが家”。
「ホテルを丸ごと引き受けるのは、新しいブランドをつくり上げるのと同じで、伝えるメッセージと方向性が大事。我が家のようにくつろげるホテルを目指しました」(野口総支配人)。非日常的な緊張感、取り澄ました高級感を上手に遠ざけながら、日常を離れた解放感、質の高いくつろぎ感といったものを配した。

 だからなのだろう。のんびりと滞在を堪能し、さて帰ろうかという段になると、またすぐに訪れたくなる。この温かいくつろぎ感に、また包まれたいと強く思う。

 ハイアットグループが持っている上質な品性、洗練された風情といったイメージを踏襲しながら、ハイアット箱根ならではというメッセージを加えた場所。訪れる人にとって、それが、確かな独自性となっている。

時代は”グローカル”へ進む
 一見すると、さりげない居心地とサービスだが、その裏には、細かい工夫が重ねられている。「リビングルーム」と名づけられたラウンジでは、朝7時から10時、夕方4時から夜7時まで、フリードリンクでくつろげる。大きなガラス張りの窓から緑がのぞめる「リビングルーム」は、どっしりした暖炉を囲んで大きめのソファが配された空間。暮れていく夕空を背景に、シャンパンを飲みながら談笑している家族連れ。早朝のひとときに、コーヒーを味わいながら読書に耽っている女性 ──1人でもグループでも、自由に楽しめる空気が漂っている。「リビングルーム」でくつろぐサービスは、リゾート気分を豊かに彩ってくれる。これは、ハイアットグループでも珍しいサービスの1つだという。

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第1回 ハイアット リージェンシー 箱根 リゾート&スパの「ing」マーケティング

ホテルの「顔」でもある「リビングルーム」。最上級のくつろぎ感が得られる場所だ。


 フランスの1つ星シェフを自ら連れてきたこと、オリジナルのどら焼きをつくったことなど、新しい企画に事欠かない。こういった工夫について、「マーケティングとは常にingだと思います。手を加え続けていくのは当たり前のこと」と野口さんはさらりと言う。創造的な試みを続けることを怠らない。

 中には、ハイアットグループでも初めてという事例が少なくはない。世界的グループであるが故に企画を通していくのが難しくないのかと尋ねてみると「ルールに縛られることで、あきらめたくないのです。新しい挑戦って楽しいじゃないですか?」(野口総支配人)。ハイアットというグローバルな視点の中で、箱根ならではのローカルなコトをやっていくこと。“グローカル”に考えることこそが必要だという。

 旅で訪れると、その地ならではの良さは誰もが感じること。それを、地元に住んで体感している野口さんが、送り手視点でなく、受け手=お客様視点に立ち、サービスとして工夫している。だから地元べったりでなく、東京の上から目線でもなく、ちょうどいい塩梅で提供できる。そこが魅力になっているのだと思う。

豊かな時空間を過ごすことで完成するデザイン
 一方で、日々のサービスを充実させることにも力を注ぐ。たとえば“インテリジェントハウスキーピング”というものを続けている。これは主に、リピーターに対して行っているサービスで、椅子やテーブル、クッションやゴミ箱など、好みの配置を把握し、事前にセッティングしておくというもの。「80室と限られているのだから、せめてそれくらいは」と野口さんは言うが、手間隙かかるサービスには違いない。手厚いサービスを重ねていくことが、継続的なファンを増やしていくことを知っているか ──新しいことへの飽くなき挑戦と、継続していくことへのこだわりと、双方を手を抜かずにやっていることが、ハイアット箱根のブランド力を支えている。

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第1回 ハイアット リージェンシー 箱根 リゾート&スパの「ing」マーケティング

ホテルのホスピタリティーが凝縮されたかのような半纏と浴衣と巾着袋。和を感じさせつつ、シノワズリーの雰囲気も備えるデザインと優しい肌触りが特徴だ。常連になると、名前が刺繍されるのだとか。


 館内のデザインの意味について聞いたところ「心地良さや使いやすさがベースにあって、そこに統一感やおしゃれ感を加えてくれる。そんな存在がデザインではないでしょうか。人が豊かな時空間を過ごすことではじめて完成するデザイン。そんなことを目指しているのです」(野口総支配人)。建物やインテリアといったハードだけで完結するのではなく、ハイアット箱根のライフスタイルを提案していくのが、野口さんの目指すところなのだろう。

 グローバル展開を強く意識しているブランドは、ローカルを意識した戦略を必ずと言っていいほど組み込んでいる。エルメスしかり、シャネルしかり。人が暮らしを営んでいる地元・自国の独自性を強く意識することが、結果的に、人の気持ちを動かす魅力につながっていく ──野口さんの話を聞いて、ハイアット箱根の諸施策は、それを熟知している強いブランドだからこそなせる技なのだと思った。

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第1回 ハイアット リージェンシー 箱根 リゾート&スパの「ing」マーケティング

ホテルの名物、日本初のレジデンシャル・ドッグのHARUくんもアットホームな雰囲気づくりに一役買っている。