ifs未来研究所 所長 川島蓉子氏が、日本のビジネスシーンやカルチャーシーンなど、さまざまな分野でブランドの価値づくりに携わるキーパーソンにそのノウハウを聞いていく連載。第2回は、「特別な日常服」をテーマに服づくりを続け、確固たる人気を得ているファッションブランド ミナ ペルホネンについて採り上げます。

文=川島蓉子

写真=ミナ ペルホネン

水彩画の微妙な陰影を映し出したようなブラウス、薄く透けるオーガンジーに繊細な刺繍を施したドレス、白に微かなピンクを滲ませた起毛素材のスカート———ミナ ペルホネン(以下、ミナ)の服は、時を超えて長く着続けていけるものが多い。流行が移り変わっても古びないのだ。「真に価値あるものは時代を超える」とはよく言われるが、それは本当かと、一方で疑問も湧く。生み出した人の意図を聞きたいと思った。そんなことから、ミナのデザイナー皆川明さんにロングインタビューしたのは10年ほど前のこと。仕事に賭する思いを聞いた。そして、着る人にその思いが伝わるから、長きにわたって身にまとうのだと確信した。それはブレることがない、ちょっと意地悪に言えば頑固———今という時代にあって貴重な存在だ。今回の連載で、改めて話を聞きたいと思い、インタビューした。

ターゲティングせずに「考えたことを100%やり切る」

 ミナの服を着ている人は、年齢も世代も幅広いし、職種もさまざま。マーケティング的なターゲット設定がしづらい。「ターゲティングは特にしていません。自分たちがやり切ったことに対して共感してくれる方すべてがお客様です」。皆川さんはそう言い切る。マーケティングを無視しているわけではない。ターゲットを微細に決めて、プロフィールやニーズを網羅的に調査分析し、それに合わせたモノづくりをしていないのだ。では、どうしているのか? まずは「考えたことを100%やり切ることです」。考えたことと言っても思いつきではない。「生理的に暮らしに寄り添うこと。社会や経済の状況などを意識するのは当たり前」。それを前提に、「ネガティブがどうしたらプラスになるか」という方向でデザインする。そして「やり切る」。つまり、納得行くまで徹底して力を注ぐ。それが、「見たことがないけれど素敵なもの」となって、人の心を動かし惹きつける。購入されて日々の暮らしの中で着られるものとなる。

 1995年のスタート時から、皆川さんは、日本全国にある布の産地と組んで、職人さんとやりとりを重ね、ロングセラーを生み出してきた。工場に取材に行った時、職人さんたちの活き活きした表情が印象的だった。新しいことに挑戦すると、それがお客の反応を得て売れていく。ものが動いて良い循環が生まれていく。持続性を持って、これを行うのは容易ではない。そこに挑戦し続けてきたのがミナなのだ。そんなきれいごとを、と思う人もいるかもしれないが、真のマーケティングとは、この一連の仕事こそを指すのかもしれないと思う。

ブランドの未来、ビジネスの未来 vol.02

ミナの服は、どこか懐かしさを感じさせる一方で決して古びない強さを備えている。/ 2012-13AW紋黄蝶より photo by Yurie Nagashima


 

「おもてなしの仕方をどうするか」を考える

 半年ごとに色やスタイルの流行を提示してきたのがファッション産業だが、昨今はサイクルが短くなり、数週間で消費されてしまう流行も少なくない。そのような服のつくり方・使い方についての考えとかけ離れたところに、皆川さんの仕事はある。丁寧につくったものだからこそ長きにわたって使って欲しいという意図のもと、毎シーズン新しい生地を発表しつつ、過去に発表した柄もつくり続けてきた。

 

 考えてみれば、使い手は服を手に入れる時、最初からワンシーズンと決めることはまずない。気に入った服であるほど、慈しんで愛用したいと思うものだ。つくり手にとっても、精魂込めてつくった服が、ワンシーズン限りで消えていくのは儚すぎる。つくり手も使い手も短期で消費することをのぞんではいない。そのような本質的なところを、真摯に突き詰めてきたのがミナの軌跡と言える。

 

「ブランドとは、見え方であり身体のようなもの。それを支えているのは、DNAあるいは精神と言えるのではないでしょうか」。ブランドとして認知されるのは、人が生み出したもの=身体に加え、つくった人たちの精神。ミナの服を使う人は、身体を通して、その精神までも受け留めている。だから、身体と精神のバランスが取れたブランドは、強さを育んでいくということだろう。一方で皆川さんは、マーケティングを否定しているのではなく、「売れるようにする努力は大事。マーケティングとはいわば『おもてなしの仕方をどうするか』だと思います」。「やり切る」まで思いを込めてつくったものを、最適な方法を考えて売る。「そのための準備を怠ってはいけない」という。

 

買う人、売る人、つくる人、社会の人、「四方良し」が大事

「長いこと愛されるデザインは、製造者を守り続けることもできます」。短期的な流行で終わることなくロングセラーになっていけば、工場や職人は安定した仕事を得ることができる。「ミナは大量生産型のメーカーなのです」と、皆川さんは笑顔を浮かべながら言うが、そのココロは、一気に大量生産するという意味ではなく、ロングセラーを長期間にわたってつくり続けるので、結果的に生産総量が多くなる=大量生産というわけだ。これが、買う人、売る人、つくる人、社会の人の「四方良し」につながる。

ブランドの未来、ビジネスの未来 vol.02

魂を削るかのようにデザインをするデザイナーの皆川明さん。/ 2012SS紋黄蝶より photo by L.A.Tomari


 こうやって聞いていくと、ミナのモノづくりは、今の消費スタイルにフィットしていると感じる。東日本大震災後、それなりのものを短期で使い捨てする消費スタイルから、価値あるものを長きにわたって愛用する消費スタイルへのゆるやかな変化が日本人の中に見て取れる。それは、ミナが目指す方向と、見事なまでに一致している。

 前に触れたように、ブランドとは、身体と精神を意味するもの。ミナの服は、「やり切る」まで身体を鍛える。そこに、皆川さんをはじめとするスタッフの精神が満ちている。双方が強いことが、ミナというブランドを支えているのではないか。

 身体は立派だけれど精神が見えないブランドは少なくはない。一方で、精神はわかるのだけれど身体がそれを表現していないケースもある。身体と精神、双方を伝えるためには、表層的なブランドストーリーで終始してはいけない。どういう思いを込めてどうやってつくったのか、その実体を伝えることこそが肝要。皆川さんの話を聞いていて、本質を貫くこと、それを伝え続けることこそが、ブランドを強くしていくのだと深く感じた。