文=川島蓉子
写真=村上悦子

ifs未来研究所 所長 川島蓉子氏が、日本のビジネスシーンやカルチャーシーンなど、さまざまな分野でブランドの価値づくりに携わるキーパーソンにそのノウハウを聞いていく連載。第4回は、百貨店不況といわれて久しい中、伊勢丹新宿店の全面改装などアグレッシブな取り組みで売り上げ拡大を続ける「株式会社三越伊勢丹ホールディングス」の大西洋社長にお話をうかがいました

 三越伊勢丹と言えば、百貨店の雄として押しも押されもせぬ存在。代表取締役社長を務める大西洋さんには、紳士服担当の部長時代にお会いして以来、何度となく話をうかがってきた。時に強い語調で志を語り、時に穏やかに来し方を省みる── 一徹な方という印象を抱いてきた。
伊勢丹新宿店の大改装を行い、定休日を導入し、営業時間の変更も実施。中長期の未来を視野に入れながら、改革を一つひとつかたちにしてきた。手がけた変化が目に見えるので、一人のお客として「三越伊勢丹は変化しようとしている百貨店」だと感じてもきた。
そんな大西さんは、三越伊勢丹をどのように導こうとしているのだろうか。百貨店業界や時代をどのようにとらえているのだろうか。

[短期集中連載]
ブランドの未来、ビジネスの未来
第4回 「チャレンジ精神」がつくる百貨店ブランド
三越伊勢丹ホールディングス

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ブランドの未来、ビジネスの未来
第4回 「チャレンジ精神」がつくる百貨店ブランド
三越伊勢丹ホールディングス

独自性・先進性の伊勢丹、伝統と格式の三越

川島 今日はいくつかの観点から“ブランド”の考え方について聞いてみたいと思います。まず、伊勢丹というブランド、三越というブランド、それぞれをどのようにとらえていらっしゃいますか?

大西 伊勢丹も三越も、ブランドとしての社会的責任が大きいので、異なる役割を明確にしていくことが大事だと思っています。 

川島 どういった役割になるのでしょうか? 伊勢丹については、新宿店は別格といった言われ方をよくされますが。 

大西 百貨店の場合、地域とのかかわりが大きいので、すべてを伊勢丹と一括りにしてとらえるのが難しいことは、まず前提条件です。また、新宿店は別格というご指摘もよく受けます。お客様から見ると、伊勢丹という百貨店のイメージの恐らく半分くらいを新宿店が占めているのではないでしょうか。 

川島 新宿店の象徴的存在としての役割は大きいですね。それは具体的に、どんなイメージになるのでしょうか? 

大西 ファッションにおける先進性、独自性といったことは、新宿店が以前から追究してきたことで、イメージとして大きいと思います。だからこそ、現状に甘んじることなく、先進性や独自性を究めていかなければならない。他地域にある伊勢丹も、地域の独自性を大切にしながら、伊勢丹というブランドへの期待に応えることが必要だと思います。 

川島 頭では理解できますが、かたちにしていくのは難しそうです。 

大西 だからこそ挑んで欲しいし、当たり前にやっていくべきことと、とらえているのです。実は、ある地域の店で大きな改装に取り組んだところがあったのですが、できあがった店舗を見て「全然ダメ」と叱ったことがあります。 

川島 どんなダメ出しをされたのですか? 

大西 地域の独自性も、伊勢丹としての独自性も、どちらも盛り込まれていない。そこそこ時流にのったブランドを揃えているだけで、工夫や創造が一つもないと感じたのです。これじゃ、どの地域の伊勢丹なのか、そもそも伊勢丹なのかもよくわからない。そんなこと、お客様はすぐ見抜いてしまうんです。お客様が伊勢丹に対して抱いている期待値を常に上回っていくこと、そこに力を注ぐことが、真のブランドを築いていくことにつながるのだと思うのです。 

川島 挑戦することだって決して楽ではないのに、そこに“らしさ”を盛り込まねばならないとはハードルが高いですね(笑)。具体的にはどうすればいいのでしょうか? 

大西 そのブランドの持っているDNAを紐解くことも、一つのやり方だと思います。もともと伊勢丹は、新宿駅から距離があるという悪条件を乗り越えるために、わざわざ来てもらう創意工夫を行った。ファッションという先進性と独自性を発信して、お客様に足を運んでもらってきた。そこをはずしてはいけないと考えています。 

川島 三越についてはいかがですか? 

大西 三越は、日本で最初に「デパートメント宣言」を行ったところであり、伝統と格式という強いイメージを持っています。それを維持しながら進化させていくことが大切です。 

川島 デパートという業態が持っている伝統や格式は、新しい商業施設が短期で築こうとしてもおいそれとはできない。大きな財産であり価値だと思うのですが、それが意外と大事にされていない気がします。 

大西 そうですね。ただ、伝統と格式だけを追い続けていてもダメなのです。 

川島 先ほどおっしゃった、維持しながら進化するということですね。 

大西 たとえば時代のベクトルは、日常を豊かにしていこうという方向にあることは間違いない。だとすると、三越なりの日常の提案を充実させていく必要があると思うのです。特に日本橋は、お帳場(単体の三越時代から続いてきた『売り掛け』の名残。上客のこと)という大きな財産がありますが、そのために“ハレの三越”になってしまっている。もっと時代にフィットするかたちに変えていかなければ、生き残ることは難しいでしょうね。 

川島 やっぱり厳しい(笑)。その日本橋三越は、大きなリニューアルに取りかかっていらっしゃるということですから、どうなっていくかが楽しみです。

大西 日本橋三越は、たとえば新宿伊勢丹に比べると、相対的にファッションのイメージが強くはないのですが、新しい服の提案を行うことや、ウィンドウで魅力的なオケージョンを発信していくなどの工夫が、もっと必要と考えているのです。「普通で上質なもの」をどう提案していくのか、そこが大きな課題と考えています。

品揃えは真似できても、人材は真似できない

川島 大西さんは、新しいことへの挑戦に向け、いつも檄を飛ばされています。たゆまぬ努力というものは、ブランドが強くなっていくために必要不可欠だと思う一方で、社員全員がそれを理解し、ついていくのは大変だとも思います。 

大西 そうですね、容易なことではないですが、大きな課題は、人の力を強くしていくことです。 

川島 さまざまな企業のトップの方と話していると、中間管理職を活性化させるのが難しいという話をよくうかがいます。「過去の成功体験を引きずり、新しいことに挑戦してくれない」「先行き不透明な中、維持や保身に走る傾向が強い」といった辛辣なコメントが飛び出すこともあるのですが、トップとしてどう見ていらっしゃいますか? 

大西 「バイヤーが現場に出て行かない」「新しい取引先を開拓しなくなってきた」という声を耳にしますし、実際、そういう保守的な側面があるとも感じてきました。これはいけませんね(笑)。僕自身は、徹底的に変革や挑戦の重要性について、言い続けてきました。

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ブランドの未来、ビジネスの未来
第4回 「チャレンジ精神」がつくる百貨店ブランド
三越伊勢丹ホールディングス

三越伊勢丹ホールディングス 大西洋社長


川島 なるほど。ただ、どんな挑戦をすればいいのかわからない人にとって、「挑戦しなさい」と言われても戸惑ってしまいそうです。 

大西 だから評価や組織の変革を行ってきました。変革への取り組みやチャレンジすることを積極的に評価していこうと、人事評価のやり方を変えたのです。また、多層化していた組織を少しずつシンプルにして、意思決定のプロセスを短くしました。 

川島 風通しを良くしてフットワークを軽くしようという意図から、大西さんがおっしゃるような組織改変をした企業をいくつも目にしてきました。ただ、意図したようなチャレンジが自発的に生まれてこないという悩みもよく聞きます。 

大西 そうですね。企業組織は長年かけてそのようなカタチになったという、いわば習慣のようなところもあるので、それを変えることは、人の気持ちを変えることでもあります。それには時間をかける必要があると思います。一方で、新しいことに挑戦せよと号令だけかけても、現実的には無理なので、社長直轄で新しいことをやる組織もつくりました。 

川島 社内の人を抜擢してつくったのですか? 

大西 同じような血の人材では、なかなか斬新なことはできないので、外の血を入れました。中途採用した人材に、思い切って新しいプロジェクトを担当してもらったのです。そして、新しく興したプロジェクトの内容や状況について僕が意識的に社員に伝えることで、鼓舞するようにしました。 

川島 ともすると、中途採用は社内に「お手並み拝見」的なムードが漂うものです。でも、トップ自ら「挑戦が大事」と言い続け、外部から入った人材の行動を取り上げて話に出すことで、わが身を振り返る社員もいるということですね。なるほどと腑に落ちました。 

大西 次のブランド価値をつくっていくのは、何と言っても人の力だと思うのです。店や品揃えについて真似されることはあっても、絶対に真似できないのは、人材です。 

百貨店というブランドのスタンダードをつくる

川島 百貨店、専門店、GMS、コンビニと、まさに流通業界における合従連衡は、このところさらに激化しています。そんな中で、百貨店というブランドのこれからの価値を、大西さんはどのように見ていますか? 

大西 流通業界全体の中で、5%程度のシェアを占めているのが、百貨店が置かれている状況で、かつてに比べて圧倒的に小さくなっています。一方で、業態それぞれの区分が体をなさないほど、各業態における質の多様化が進んでいる。コンビニのグレードが上がってきて、お中元やお歳暮を手がけるようにまでなっていますし、GMSも多様な業態を展開しています。ファッションで言えば、ファストファッションブランドは、まさに世界市場を視野に入れ、圧倒的なマーケティングで大きな影響力を持つようになってきている。そのような中にあって、デパートというブランドの価値を、改めて見直さなくてはならないと感じています。

[短期集中連載]
ブランドの未来、ビジネスの未来
第4回 「チャレンジ精神」がつくる百貨店ブランド
三越伊勢丹ホールディングス

川島 どんな風に見直していくべきなのでしょうか? 

大西 デパートとしての良質さを整えることが大事だと思っています。たとえばファストファッションは、価格が安くて機能性も優れていて品質もいい、コストパフォーマンスのバランスが見合っていてお客様にとって魅力的に映っている。素晴らしいことだと思います。一方で、デパートというブランドの価値はいま一つ明確にお客様に伝わっていないのではないかと。百貨店はファストファッションと同じ土俵で勝負すべきではないわけですが、では、どこで勝負すべきかとはっきりさせるべきだと思うのです。 

川島 「安くて品質が良くて非の打ちどころがないじゃないか」とファストファッションを礼賛する意見に、私はどこか違和感を覚えてきました。市場の価値軸はたくさんあった方が消費者にとっての豊かさにつながると思うからです。私は昔からのデパートファンでもありますし(笑)、もっともっとデパートにはがんばって欲しい! 

大西 上質さという価値軸をもっと立てていかなければならないのがデパートだと思うのです。スタンダードになるような価値をまずはつくって、それを土台としながら、お客様に広くライフスタイルを提案していくことが大事だと思っています。 

川島 頼もしいコメントで安心しました。デパートの未来が楽しみです。今日はありがとうございました。

 

 大西さんのお話を、順風満帆な成功談だととらえたら間違いだと思う。従来の価値観を捨てて新しいことに挑戦するのは、傍から見る以上に労と知恵を要する。
 以前うかがった話に、それは滲み出てもいた。思いが強くなると歯を噛み締めて表情が引き締まる、丁寧な言葉使いながら、ばっさり切り捨てる。真摯な姿勢と、頑固ともいえる強靭な意志が同居している。「変化に挑戦すること」は、トップ自らが苦しみながら断行するものと感じ入った。
 社員全員が、変化を最初から歓迎するわけでもない。トップが改革の旗を振っても、即座に反応しない人、後ろを向いてしまう人、異を唱える人、さまざまな抵抗があったに違いない。過日、別の会社の経営トップの方が「人はできれば変わりたくないもの。なぜなら同じことを続けることの方が楽だからです」と言い切られたことに深く頷いてしまった。
 しかし人間とは本来、好奇心が強く、創造的に生きることを渇望するDNAをどこかに持っているのではないか。そこにどう火を付けるかが要であり、大西さんは多面的にそれに取り組んでいる。改革を掲げるトップのもと、三越伊勢丹が、どう進化していくかが楽しみだ。