手紙、メール、話し合い……カップルのコミュニケーション手段は
いろいろあるけれど、「キス」は一瞬で相手に気持ちを伝えられる。
そして、「キス」した瞬間から、ハッピーは始まる。
Coca-Cola Journey』がお届けする
人気コラムニストによる"キス"についての特別エッセイ。
日本国内で初めてキスシーンの登場する映画が公開された
「キスの日」 (5月23日)の特別企画です。


文=山崎まどか

 エレベーターのキスで終わる映画を作ることを考えてみる。エレベーターの外から撮って、扉が閉まる瞬間に2人がキスするのが一瞬だけ見えるようなシーンがいいだろうか。定番だが、これから先は結ばれた主人公2人だけの世界で、他者は ―観客も含めて―もう入り込めないことを示している。あるいは、エレベーターの内部にカメラがある方がいいだろうか? エレベーターはベッドルームほど、プライベートな空間ではない。いつ、ドアが開いて、見知らぬ誰かが乗ってくるとも限らない。オフィスビルが舞台のロマンティック・コメディで、ドアが開く気配を察してさっと身を引く恋人の場面を、あるいは気がつかずに、上司や同僚にばっちり見られてから、慌てて互いから離れて乱れた髪やネクタイを直すシーンを、私たちは何回も見せられている。

 でも、クリシェで構わない。エレベーターのキスは素敵だ。くちびるが重なった瞬間、恋人たちの足は文字通り地上を離れ、空に舞い上がる。コカ・コーラの炭酸の泡がキラキラと吹き上がっていくかのように。こんなにキスにふさわしい場所もないだろう。そう、こんな時、エレベーターはパチパチと弾けて浮上していく泡のように、上昇していかなくてはならない。ところが、最近の映画では、下降していくエレベーターの中のキスの方が多い。ニコラス・ウィンディング・レフンの『ドライヴ』で、ライアン・ゴズリング演じる主人公は犯罪者を逃すドライバーを生業としている。彼は可愛い人妻に恋をするが、服役していた夫が戻ってきてトラブルに巻き込まれる。地階へと向かうエレベーターに乗っている時、ゴズリングは人妻役のキャリー・マリガンにキスをする。キスの直後、彼は一緒に乗っていた男を蹴り殺す。2人のキスは先のないキスなので、彼らは下がっていくエレベーターに乗っている。エレベーターが地階に着けば、キャリー・マリガンはそのままアパートから逃げることが出来る。

 話題の映画『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』でもそうだ。謎めいたCEOのグレイ氏がヒロインのアナスタシアにいきなりキスするエレベーターは下がっていく。エレベーターは、2人の出会いと別れのシーンにも使われている。全て下降するエレベーターだ。純情なアナスタシアが堕落していくことの象徴だろうか? だとしたら、エレベーターはむしろ上昇していった方が良かった。下降するエレベーターに乗って着床すれば、彼女は安全な地上に戻ってしまう。だけど上昇するエレベーターには逃げ道がない。惨劇も、素晴らしいことも、予測がつかないことは全て上階で待っている。ルイ・マルの『死刑台のエレベーター』で止まってしまうのは、主人公が現場から逃げるために乗る下りのエレベーターではなく、戻ってきた時に乗る上りのエレベーターだった。マリア・シュナイダー扮するヒロインが悲劇的な結末を目にする『ラスト・タンゴ・イン・パリ』のラストで、彼女が乗っていたのは上りのエレベーターだった。映画におけるエレベーターは上昇しなくてはいけない。キスを交わしている恋人たちを乗せているなら、尚更。

 危険な誘惑者は、下りのエレベーターにヒロインを押し込んでキスするより、上りのエレベーターに彼女を乗せる直前にキスをした方がいい。唇を離すと彼はヒロインを突き放してエレベーターのケージに押し込む。呆然と彼を見つめるヒロインの前でドアが閉まる。動悸がおさまらない彼女を乗せて、エレベーターは上昇していく。