本当の危機と向き合ったとき、人は変われる


──岡田さんは東日本大震災の後、サッカー教室を精力的に被災地で開催しました。
 
岡田 大震災の経験は、人それぞれが、自分の人生を見直す契機になったと思います。これまで享受してきた生活が、いかにもろいものか。自然現象の前では自分はいかに無力な存在なのかを知る経験になったと思います。NPOの友人たちが震災直後に被災地に入ったのですが、私のところに伝わって来る連絡は悲惨なものばかりでした。「バキュームカーが必要だ」とか「ご遺体にどう向き合っているか」という話です。「被災地にチキンラーメンを送ろうか」程度のことを考えていた私は、ショックを受けてしまいました。
 震災から時間が経つにつれ、多くの人から「節電努力をした」「被災地のためにボランティアで働いた」など、自分の生活パターンを変えた話ばかりを聞き、うれしくなりました。「このままではいけない」という気づきが多くの方に広がったのです。私もサッカー協会の理事として、被災地の復興支援活動とスポーツによる青少年教育を結びつけられないかと努力しました。自分で被災地に行き、サッカーの指導をしています。
Takeshi Okada’s Sustainability Vision
岡田武史が語る「企業の未来、地球の未来」

 
──自然環境保護活動と環境教育、そして民間企業を結びつける、意義深い取り組みを続けていますね。
 
岡田 劇作家の倉本聰さんがやられている「NPO法人富良野自然塾」(*)のお手伝いをしています。私の関係で四国の今治にもできましたが、今や全国に6ヵ所あります。私は同塾の環境教育活動のインストラクターもしています。地球の46億年の歴史を460㍍の距離に置き換えた「地球の道」をみなで歩きながら、その壮大な物語を学び、460㍍の歴史上のたった0.02㍉部分(産業革命以降)だけで、これまで46億年をかけて蓄えられてきた資源を使い尽くそうとしているという現実を学ぶのです。
 他にも、植樹活動や自然を五感で体験する「緑の教室」などのプログラムがあります。ネイティブ・アメリカンの言葉に「今の地球は次の世代から借りたもの」というものがあります。まさに現在の地球は借り物です。借り物だったら綺麗な状態で返さないといけない。そういう姿勢を学ぶのです。
 
 今の日本の社会での暮らしは、便利、快適、安全です。この姿は私たちの先輩たちの必死の努力で成し遂げられた素晴らしいものです。ところが、世の中が便利、快適、安全になった反動で、人間の生きる力は衰えてしまったのかもしれません。多少大げさに言えば、自ら狩猟する必要がなくベルトコンベアに流れてくる餌を与えられている家畜のような存在に人間はなってしまった。
 今回の2014 FIFA ワールドカップ™では、ボールにアグレッシブに働きかけ、試合終了の瞬間まで闘争本能を失わない「人として逞しい」選手の揃ったチームが結果を残したように思います。逆に、日本の快適すぎる環境は、日本サッカー界、ひいては今大会の日本代表の低迷に微妙に影響を与えている面があるかもしれません。

──サッカーもそうですが、「持続可能な社会」をつくるためには、人は強くなる必要がありそうです。人は変われるのでしょうか。
 
岡田 変われます。実際私自身、決して強い人間ではないのに変われた経験があるからです。それは、1998 FIFA ワールドカップのアジア最終予選でのことです。同予選では、大変苦戦を強いられました。予選の途中で監督が更迭され、私がチームの指揮を執り始めたのですが、引き分け試合が続き、「岡田はダメ」というメディアからの批判の大合唱が起こります。
 毎日自宅に脅迫電話があり、自宅の周辺を護衛のためパトカーが周回しているような状態でした。そのような中、日本代表はマレーシアでのアジア地区第3代表決定試合(対イラン)まで何とか進み、勝てばワールドカップ初出場、というところまで来ます。それは、一発勝負の試合です。試合前日、私はいままで感じたことのないような大変なプレッシャーに襲われました。恐怖に苛まれ「もし負けたら日本には住めない」と真剣に妻に電話したくらいでした。
 そんなときです。プレッシャーに晒され続けた結果、急にふっきれたんです。「自分の持っている力をすべて出し切ってもダメなら、それはもともと自分の力が至らないだけであってどうしようもない。この力のない自分を選択したサッカー協会が悪いんだ」と(笑)。そのように考えたら心がすーっと軽くなって、無心で試合に臨めました。結果として、予選を突破できました。

──強烈な体験です。
岡田 私はいろいろな人と出会いますが、監督でも、経営者でも、一流の人は「この人違うな」という雰囲気があります。「偉大な経営者は、投獄、倒産、大病を経験している」という話があるように、一流といわれる人は、精神を鍛えられる凄まじい経験をしているものなんですね。経験と環境が人を変えることもあるということなんです。
 
 地球環境問題を語るとき「地球が危ない」という言い方をします。しかし危ないのは地球ではなく人間です。地球には、46億年もの長い歴史があり、地球全体が凍る全球凍結など、いろいろな激変を乗り越えてきました。一方で生物は、この地球の環境の変化に適応できなければ絶滅してしまう。今、地球環境の異変が叫ばれていますが、人間はこの変化に適応していかなければなりません。東日本大震災の後、地元の若者たちが力強く立ち上がったように、環境が変化したとき、日本の若者は変われる力を持っています。環境が変わって自分の体内に宿る「生物として生き延びようとするDNA」にスイッチが入る経験をすることによって、自分の生物としての可能性に気づいてほしいんです。