オリンピックの象徴である「聖火」。東京2020オリンピックでは、ギリシャで採火された聖火が2020年3月に日本の福島県へと渡り、聖火ランナーたちの足で約4カ月かけて全国47都道府県をめぐります。それに先がけ、東京2020オリンピック聖火リレープレゼンティングパートナーを務める日本コカ・コーラでも、「キミ色で、走れ。」をキャッチコピーに聖火ランナーの公募キャンペーンを行なっています。またとない機会だから、ひとりでも多くの方に応募してほしい──そこで応募の気運を盛り上げるべく『Coca-Cola Journey』編集部がお話を伺ったのは、俳優の古原靖久さん。テレビの情報番組で、「東京1964オリンピックの聖火ランナーたちを訪ねる」という企画にレポーターとして出演中の“ヤスくん”こと古原さんに、取材を通して知ったオリンピック聖火リレーの魅力を語っていただきました。

文=『Coca-Cola Journey』編集部
写真=村上悦子

 

■聖火をつなぐことの意味を知って鳥肌が立った

ランナーとの出会いを通じて俳優・古原靖久が見つけたオリンピック聖火リレーの魅力
「ヤスくん」の愛称で親しまれている、俳優・古原靖久さん

──古原さんは朝の情報番組で東京1964オリンピックの聖火ランナーを紹介するコーナーに出演中ですが、この仕事をオファーされた当初はオリンピック聖火リレーについてどんなイメージを持っていましたか?

古原 スポーツ選手や有名人のような選ばれた人たちが火をつないでいくんだろうな、という漠然としたイメージです。ほとんどなにも知らない状態だったので、そもそも聖火ってなに? オリンピック聖火リレーってなんなの? というところから自分なりに調べました。すると「えー、そうなんだ!」と驚くことの連続でした。
まず聖火について言うと、あの火は今もオリンピックが開催されるたびに、オリンピック発祥の地・ギリシャのオリンピアで採火されるんです。しかも、太陽光線を利用してトーチに火をつけるという行為そのものが神聖な儀式になっている。調べるまではマッチかなにかで火をつけていると思ってたけど、そうじゃなかった(笑)。
その聖火は、ギリシャ国内でのリレーを経てオリンピック開催国へ空輸されます。わざわざギリシャから空輸するだけでもやばいのに、東京1964オリンピックでは、ギリシャから日本まで陸路で聖火を運ぶ計画があったらしくて。事前調査でルートにいろいろな問題があるとわかり、結局は空輸することになったわけですが、陸路で運ぼうという発想自体がすごくないですか?

──古原さんもすごい。めちゃくちゃ調べてるじゃないですか。

古原 やっぱり番組では「僕はオリンピック聖火リレーのことを知ってますよ」みたいな口ぶりで話すことが多いので、それなりに知識を身につけていないとまずいだろうと。こういう地道な努力を知られるのは恥ずかしいから、普段は見せないようにしているんですけど(笑)。

──そうやって事前にリサーチをして、取材やロケに臨んで。取材でお会いした東京1964オリンピックの聖火ランナーたちはどんな人でした?

古原 彼らは特別な人たちだと思っていたけど、実際にお会いすると必ずしもそうじゃなくて。これまで日本各地で数十人のランナーにお話をうかがってきましたが、その多くが一般の方だったことに驚きました。戦後間もない当時、みなさんが平和や復興への思いを背負って走ったということも、取材してお話を聞くまで知らなかった。
その最たる例が沖縄で、1964年といえば、沖縄がまだアメリカの統治下にあった時代。沖縄でも聖火ランナーが走ることが決まると、この時だけ公式の場で日本国旗を掲揚することが特別に許されました。沖縄の人たちは日本国旗を振って県内の各地を走る聖火ランナーを応援し、まるで日本に“復帰”したかのような喜びに湧いたそうです。
沖縄のロケでは、ひめゆりの塔の前を走った女性ランナーにも取材したのですが、彼女はこの企画でもっとも印象深かった聖火ランナーのひとり。当時、ひめゆりの塔の前を走ることにどんな意味があったのか、まだ高校生だった彼女がどんな思いで走ったのか。お話を聞いているうちにその責任の大きさに気づき、鳥肌が立ちました。

ランナーとの出会いを通じて俳優・古原靖久が見つけたオリンピック聖火リレーの魅力

 

■聖火リレーには、ランナーの数だけ物語がある

──古原さんが過去の聖火ランナーたちを訪ねる企画が始まって1年以上が経ちます。数多くのランナーたちとの出会いを経た今、古原さんにとってオリンピック聖火リレーというイベントへの期待や思いはどんなふうに変わりましたか?

古原 以前はオリンピックの前哨戦的な位置づけのものだと考えていました。だけど、今は聖火リレーあってのオリンピックだと思っています。東京1964オリンピックの聖火ランナーといえば、最終走者の坂井義則さんくらいしか知られていませんが、じつはその背後には全国で聖火をつないできた10万人ものランナーたちがいる。
当時は今ほどメディア環境が整っていませんから、オリンピックがどんなイベントなのかよくわからないまま走った聖火ランナーも少なくなかったようです。のちに坂井さんが国立競技場で聖火台に火をともす開会式の模様をテレビで見て「自分はこんなすごいことの一部を担ったんだ、と知った」という方もいらっしゃいましたね。

──これまでに取材を重ねてきた中で、古原さんの気持ちを最も動かしたエピソードはなんですか?

古原 そうですねえ……。これまで取材でさまざまな人に話を聞いてきましたが、どれもすばらしいエピソードなのでひとつを選ぶのはむずかしいです。台風でオリンピック聖火リレーが中止されて“幻のランナー”になってしまった方もいれば、走ったことがきっかけで結ばれたカップルがいたり、逆に別の道を歩くことになったカップルがいたり。聖火ランナーの数だけ物語があるんです。
だからこそ、少しでもオリンピック聖火リレーに興味があるすべての方に応募していただきたいですね。特別な資格や資質はなくても、誰もが自分なりの物語を持っているはずで、その物語のバリエーションは多ければ多いほどいい。

ランナーとの出会いを通じて俳優・古原靖久が見つけたオリンピック聖火リレーの魅力

 

■誰もが聖火ランナーになる資格を持っている

──それぞれが持っている物語が走る姿に表れるし、見る人もそれを感じて心動かされる、ということでしょうか?

古原 そうですね。たとえば前回の東京オリンピックが行われた1964年は、まだまだ男尊女卑の風潮が色濃い時代で、女性の聖火ランナーの数が少なかった。そんな中で女性ランナーの姿を見て世の女性たちは勇気づけられたと思うし、僕が取材した中には視覚障がいを持つランナーもいました。彼が走る姿に勇気をもらった障がい者の方々もいると思います。
少しだけ自分の話をすると、じつは僕は養護施設出身なんです。両親も頼る人もおらず、なんの特技や取り柄もない僕でも、芸能界に入って戦隊シリーズのヒーローを演じることができた。そのことで養護施設にいる子どもたちに夢や希望と与えられたんじゃないかなと思っています。同じように、僕がもしオリンピック聖火リレーに参加することができれば、誰かを元気づけることができるかもしれない。
特に、今は社会の多様化が進む時代です。障がいを持つ方々やLGBTの方々、前回のオリンピックを経験したような高齢者の方々、それから未来の日本を担う若者たち。あらゆる人たちが一緒になって聖火をつないでいくリレーになればいいなあと思っています。

──最後に、ここまでの話を聞いてまだ聖火ランナー応募に迷っているという方に、ダメ押しのひと言をください!

古原 自分には関係のない話だとか、どうせ応募しても受からないでしょ、と思っている人がいるなら、そんなことはないよと言いたいですね。まずは自分が行動しないと、チャンスはめぐってこない。これは僕が身を持って実感していることです。
ほんの少しでも走りたいという気持ちがあるなら、まずは応募してみましょう。誰もが聖火ランナーになるチャンスがあるんです! みんなで一緒に聖火をつなぎましょう! と言いながら、僕が走れるという保証はどこにもないんですけど(笑)。

 

【東京2020オリンピック聖火リレー 聖火ランナー公募キャンペーン】
東京2020オリンピック聖火リレーのプレゼンティングパートナーをつとめる日本コカ・コーラでは、6月17日から聖火ランナーの公募キャンペーンを展開中です。応募するには「Coke ONアプリ」をダウンロードし、製品のコカ・コーラオリンピック応援マークをスキャンしたり、自動販売機で購入したりすることで、ポイントをためます。そしてアプリから、走りたい都道府県を選び志望理由を記入して応募します。締め切りは8月31日。詳細は、こちらの特設ページでご確認ください。https://team.cocacola.jp/

 

ランナーとの出会いを通じて俳優・古原靖久が見つけたオリンピック聖火リレーの魅力

ふるはら・やすひさ/1986年、京都府生まれ。2005年テレビドラマ『野ブタ。をプロデュース』でデビュー。2008年2月にスタートしたスーパー戦隊シリーズ『炎神戦隊ゴーオンジャー』の江角走輔/ゴーオンレッド役で初主演。以来、数々の映画やドラマに出演するほか、バラエティ番組でも活躍。現在、NHKの情報番組「あさイチ」にて、東京1964オリンピックの聖火ランナーを訪ねる「ヤスくんが行く聖火の道」にレギュラー出演中。